第22話 弥縫的 ナ 手段

 俺の胃液まみれの球に抱きつくマクレリア。


 これはどういう種類の羞恥しゅうち責めなんだろうか。いったい誰に需要があるというのだろう。


 ヤバい、また吐きそう。やっぱ俺ってグロ耐性皆無だな。


 「ルゥ! 早く来てぇ」


 恍惚とした表情で謎の球をなでるマクレリア。


 俺はなにを見せられているんだろう。出来れば見たくないぞ。なんならいますぐそれを捨てきて欲しい。というより早く体を洗ってくださいお願いします。


 「ちょっとマクレリアさん」

 「なぁに」

 「それはなにをしてるの?」

 「なにって、ヨシヨシだよぉ。あっ、ルゥ早く。キレイにしてあげて。ドロドロしてる」


 そうだね、ドロドロしてるね。でもそうやって言葉にするのは止めてね。なんかすごく恥ずかしい気分になるから。いまボク、目のまえの出来事が新しすぎてどう反応していいのかわからないんだよ。これ以上ボクをイジメないでね。


 ルゥは魔術を展開。惚れ惚れするような精密な操作で、玉とマクレリアを洗浄する。洗浄した水がベッドに付着しないように外に捨てるというアフターフォローつき。やっぱスゲー、この人。


 「ちょっとルゥ! 水が冷たい! お湯でしないとっ」


 ルゥが怒られてる。心なしかシュンとしているような気が。いや、気のせいか? たぶん気のせいだろう。


 にしてもマクレリアのこの豹変ぶりはなんだ。ちょっと理解が追いつかん。


 なんか怖いな。スゲー怖い。なにがなんだかさっぱりわからんが、怖いよ。


 「すいません。これは一体どういう状況なんですか?」

 「どういうってなにがぁ?」

 「なにがって全部。その変な球体とか僕が眠っていた間になにがあったかとか」


 いつもチョロチョロ飛んでるマクレリアがベッドの上で球を抱きかかえてヨシヨシしてる。飛んでないマクレリアって珍しいな。前世だったら写真撮ってSNSに投稿するレベルで珍しいぞ。てっきり飛んでないと死ぬ種族かと思ってたわ。いや、思ってないけどね。


 「変な玉って……。これはねぇ、ラピット・フライの卵なんだよぉ」

 「卵? まさか。俺の口からでたんですよ? ○ッコロ大魔王じゃないんだから」

 「○ッコロ大魔王?」

 「まえの世界に口から卵を産む大魔王がいたんですよ。いやそれはどうでもいいです。どうしてそれが卵だと思うんですか?」

 「見間違うわけないじゃん! 何個もみてきたの! こうやってヨシヨシすると優しい子が生まれてきます」


 いかん。マクレリアがトリップしてる。


 子煩悩なのかな? マクレリアって優しいからな~。そっかそっか。元気な子供が生まれるといいですね。こうしてる場合じゃないぞっ! 子供服がいるな。オムツも哺乳瓶もだ。よし任せろ。こういうときための創造する力だ。とびきり可愛いお洋服をだな……。


 止めよう。現実逃避してもはじまらない。とりあえず落ち着こうか。


 マクレリアが冷静さを取り戻すのを待って話を聞いてみた。


 俺が眠っていた三日間、マンデイの消費する魔力は日に日に増え続けた。光合成みたいに光をエネルギーに変化させてまかなってはいたものの、明らかに足りない。ということで不足分はルゥが補給していた。


 ちなみに俺の体からも魔力が抜け続けていたらしく、放っておけば餓死一歩手前までいくレベルだったそうだ。ルゥとマクレリアは栄養不足にならないように処置をした上、魔力を補ってくれてくれたいたらしい。


 一度ならず二度までも。本当にありがたい。


 いくら鈍感な俺でも気がつく。というか確信した。これは絶対に、100%、間違いなく管理者の仕業だ。


 あのドジッ子、また俺になんかしたな。ルゥたちがいたからよかったものの、外でこの状態になってたら死んでたぞマジで。今度会ったら本気でクレームいれてやる。


 俺の口から吐き出された謎の球だが、ルゥの鑑定によるとラピット・フライの卵で間違いないとのことだった。


 卵の状態は良好、羽化するまでにどれくらいかかるかは不明。だがどうして俺の口からそれが出てきたのかはさっぱりだという。そうだよな。わかるはずない。俺にもわからん。ドジッ子の考えは予測不能なのだ。


 「たぶん管理者関連のなにかだと思うんですけど」


 ルゥが手招きする。だがマクレリアは卵を抱いたまま動かない。


 「ルゥが呼んでますよ」

 「いいのいいの。もう止め。どうせ話さなくてもわかるんだから」


 だよな。ルゥとマクレリアはテレパシー的なので会話してる。思い当たる節がありすぎるもん。


 「まぁなんとなく気付いてはいましたが」

 「どうしてそう思うの、って言ってる」

 「まぁ似たようなことは何度もありましたからね。たぶん、というか絶対に管理者関係のなにかです」

 「いい神様だねぇ。なんか大好きになっちゃったよ」

 「はい。悪い奴じゃないです」


 今度はルゥが俺に手招きをする。近づいてみるとルゥは、ゆっくりとした動作で俺の頭を掴んで魔力を流しはじめる。


 あれか。よし、あれだな。


 俺は管理者に関する記憶を思い出していく。


 出会いの場面。この世界について教えてくれていた時期。改造。休止する直前のやりとり。警告。


 しばらくして魔力の流れが止まった。ルゥは安楽椅子に腰かけ、そのまま動かなくなる。表情がないからなに考えているのかさっぱりわからない。


 「あぁ、なるほどねぇ」

 「なにかわかったんですか?」

 「君、神様に寂しくなるって言ったでしょ?」

 「あぁ、言いましたね」

 「でも神様がここに降りてくるわけにはいかない。だから自分の代わりになるなにかを創造するための設計図みたいなものを君のなかに埋め込んだんじゃないかな、だってぇ」

 「そういえばなんか言ってましたね。なんとか的な手段がうんぬんって」

 「じゃあそれだねぇ。にしてもラピット・フライを生み出すなんて神様もお目が高いよぉ。戦闘力はばっちり、頼りになるよぉ。え? ダメダメ! ダメに決まってるじゃない!」


 ん? ルゥに視線を送ると、無表情でマクレリアを見ている。怒ってる? いやわからん。頼むからもうちょっと感情表現をしてくれ、ルゥ。


 「ルゥがなにか?」

 「いまのうちに卵を破壊した方がいいだろうって。そんなのダメに決まってるじゃん!」

 「どうして破壊するとかそういう話になるんですか?」

 「ラピット・フライの性格だよ」

 「好戦的、でしたっけ」

 「ちゃんと教育するからっ! 優しい子にするからっ!」


 そういえばマクレリアはラピット・フライの最後の生き残りだったな。確かにここで破壊するのは気の毒だ。彼女にとって五百年ぶりの同族だし。


 五百年は長いなー。その間、この人たちはずっと二人でいたんだもんなぁ。


 「ルゥさん、俺も破壊には反対です。どんな性格の子が生まれるかなんてわかりません。それにこの卵がもし管理者の生まれ変わりだったとしたら、戦力になるかもしれない」


 自分で言っておいてなんだが、この卵がもし本当に管理者の生まれ変わりだとしたら不安しかない。戦闘力の高いドジッ子って害悪以外のなにものでもないだろ。


 ルゥが長いヒゲをさする。


 「ヤダ。言わない」


 マクレリアがそっぽ向く。


 「マクレリアさん。ちゃんと通訳してくれないと会話になりませんよ」

 「はぁ、もう。もしこの卵が孵化して一般的なラピット・フライの性質をもった成虫になったらファウスト君を守りながらの戦闘になる。すぐに処理できたとしても、その後自分たちが助かるとは限らない。だって」

 「どういう意味です?」

 「ラピット・フライは全生物中でトップクラスにクイックネスがあるのぉ。だから攻撃が当らない。でも一番の武器はその敏捷性じゃない。強力な毒魔法なの」

 「毒、ですか」

 「もし戦闘になったらぁ、ルゥの攻撃がかわされるかもしれない。そしたら魔法一発くらいは発動できるでしょ?」

 「まぁそうかもしれませんね。でも一発くらいじゃ」

 「その一発がマズいの。接触性の毒、水溶性の毒、揮発性の毒、ラピット・フライはどれでも使える。接触性の毒はまだいい。ルゥに触れるのは難しいからねぇ。水溶性の毒はほとんど暗殺用。問題は揮発性の毒だねぇ」

 「たしかに厄介そうですね。ですがルゥさんには魔術がありますし僕は風の魔法が使えます。どうとでもなりそうですが」

 「じゃあ質問、君はすべての毒を不干渉地帯の生物が傷つかないようにあの壁の向こうまで運べる?」

 「それは……、どうでしょうか」

 「ラピット・フライが攻撃に用いる揮発性の毒はわずかに吸引しただけでも体の自由を奪う。植物は枯れる。どうなると思う?」


 なるほど、そういうことか。


 「スタンピードですね」

 「ルゥはそれを懸念してる」


 それはマズいな。その状況で魔法を発動しておいて、悪意のない攻撃でした、では通用しない。


 あの赤い熊やマンデイを一撃で壊した憎きシカ、主様を相手に戦闘しなくてはならないわけだ。仮に逃げ切ったとしてもそこは王国領。ヨークや兵士がいる。空気を読んで助けてくれるなんてことはまずないだろう。


 よりにもよってなんでラピット・フライになって生まれ変わったんだアイツ。やっぱドジッ子だわ。安定と信頼の管理者クオリティー。実家のような安心感だ。


 「ダメダメダメーッ!」


 さて、どうするか。


 マクレリアのこの様子を見た後で卵を破壊するなんて出来ない。といって、このままにするにはリスクが高すぎる。ルゥはかつてラピット・フライと戦ってるんだ。そのうえで破壊した方がいいと主張しているのだから説得力がある。


 だがこの卵が管理者だとしたら破壊したくないなぁ。なんだかんだアイツのことは好きなんだし。


 よし。


 「ルゥさん、提案なんですが」


 ルゥがこちらを向く。あっ、困ってる。なんとなくわかるようになってきたかも。相変わらず表情はないが。


 「一度育ててみましょう。それで成体になるまえに判断をして、無理そうなら不意打ちで仕留めます」

 「ダメだよそんなのっ!」

 「しょうがないじゃないですよマクレリアさん」

 「うう」


 その時、マンデイのベッドの方で物音がした。


 !!!


 音のする方を振り向くと、マンデイが上体を起こしているではないか!


 「マンデイ……? マンデイ!」


 俺はすぐに魔力の導線をマンデイに繋ぐ。


 (マンデイ)

 (ファウスト)

 (よかった。本当によかった。心配したぞ)

 (うん)


 なにか違和感がある。なんだ。


 (あれ? マンデイお前)

 (うん)

 (見えてるのか?)

 (うん)

 (俺が見えるのか?)

 (みえてる)


 色々なことが一度に起こりすぎて頭が破裂しそうだ。懸念材料は山ほどある。わからないことだらけだし、不安も数えたらキリがない。


 だが、いまは。


 (おかえりマンデイ)

 (ただいまファウスト)

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