第23話 牧歌的 ナ 日々

 いやぁ、マンデイはやっぱり可愛いなぁ。幸せだなぁ。


 目が見えるようになったマンデイに文字を教えてみた。俺たちがしていた会話は音声を具現化したもので文字ではない。つまりマンデイは文盲なのだ。


 一応ルゥの図書館で絵本を探してみたんだけど、彼がそんな物を所有しているはずもない。だから俺が造ることにした。魔力の無駄使いだって? やかましい。なんのために授かった力だと思ってるんだ!


 シンデレラ、舌切り雀、えんどう豆と姫、一万回死んだ猫、桃太郎。


 記憶している童話を本にしてマンデイに読み聞かせた。知的好奇心が強いのか、マンデイは真剣に俺の声に耳を傾けている。まぁ、マンデイに耳はないんだけどね。


 いままで薄々感じてはいたけど、この子、かなり頭がいい。単純な学習能力という点でいえば天才の部類にはいるんじゃないだろうか。いや親馬鹿とかじゃなくて、ガチで。とにかく物覚えがいいんだ。将来はお医者さんか弁護士さんかな?


 発生したばかりのマンデイの目は、自由に動かすことが出来ない。だから首を動かして文字を追うしかないわけだ。


 俺が読んだ箇所に一生懸命ついてくるマンデイ。すこし意地悪して速めに読んじゃう俺。


 (はやい。ゆっくり)


 あぁ可愛い。幸せだ。


 いままでのマンデイの瞳は俺が創造した張りぼてだった。だが、いまの瞳は光を感じとっているのだ。


 この瞳が、マンデイがちゃんと生きているんだって教えてくれる。


 自分の目でものが見えるってのは凄いことだ。心からそう思う。


 しかし、いいニュースの裏には悪いニュースがあるのが世の常だったりする。


 活発化していたマンデイの核は、いまだに大量のエネルギーを消費している。核に魔力を注入すると俺はすっからかん。身動き一つ出来なくなってしまう。


 意識が戻るとマンデイの核のエネルギーは底をつきそうになっている。しばらくはマンデイの気を紛らわせるために本を読んであげたりマクレリアが抱いたまま離さない卵の様子を観察しにいったりするのだけど核のエネルギーはジリジリと減っていき、看過できないレベルに達する。しょうがないから魔力を供給。また眠る。


 せっかくマンデイと過ごす時間が戻ってきたのに俺は眠ってばかりいる。実に嘆かわしいことだ。


 もうひとつ。マンデイの運動能力が極端に落ちた。怪我をするまえのマンデイは全速力で走る俺についてこれるくらいの力があった。だがいまは酔っ払いみたいにヨタヨタと歩くのが限界だ。(うまくちからがはいらない)らしい。


 しかも、すぐに疲れる。ちょっと動いたら休憩、また休憩。こんな様子である。まぁこれは慢性的なエネルギーの不足が関係しているような気はするが。


 視力の発生、核の活発化、運動能力の低下。それらの原因に関しては、ルゥが調べてくれてはいるが、いまのところ目立った成果はなし。


 俺がマンデイに絵本を読み聞かせしている横では、狂信的なカルト教団の信者みたいな顔をしたマクレリアが卵をヨシヨシしてる。


 「いい子でしゅねぇ。ねむねむでしゅか? よちよちよちよち」


 なぁマクレリア。ねむねむなのだとしたら放っておいてやれ。うるさくて眠れんぞ。というか卵は眠るのか? 良い子悪い子の判断基準はどこにあるんだ?


 そんな俺たちをまるでヘドロを見るかのような目で見ているルゥ。


 確かにこんなことをしている場合じゃないかもしれない。俺には使命があるじゃないか。侵略者を退けて、この世界に平和を取り戻すんだ。


 魔術を学んで力をつける。最高の教材と一緒に住んでるんだ、不可能じゃない。最強の軍隊だって造ってやる。聖剣的ななにかもだ。無敵の装備で無双してやんよ。


 よし! そうと決まればまず行動だ! 頑張ろう! 俺は代表者なん……


 (カボチャがばしゃになったの?)

 (そうだなマンデイ。魔女はただのカボチャを馬車に変えたんだ)

 (ファウストみたいだね)

 (はっはっはっ、そうだなマンデイ。そうだ! 俺みたいだ! もしかしたら魔女は創造する力を使えたのかもしれないなぁ!)


 明日からな。明日から本気だすわ。


 そんな日常系学園コメディばりにほのぼのした日々が過ぎていたのだが、ある日、俺は思いついた。いや思いついてしまったと言った方が正しい。


 いやぁ、ビリビリってアイデアがね、閃いてね。ショパンが新しい旋律を思い浮かべた時、あるいはエッシャーが斬新な構図を思い付いた時、たぶんこんな感じだっただろう。


 俺は物事の本質が見えてなかったんだ。おっちょこちょいだなぁ、まったく。俺とマンデイの愉快で幸福な時間を引き裂いているもの。それはなにか。


 そう。魔力不足だ。


 じゃあ俺の代わりになにかが魔力を供給してくれればいいんじゃね?


 なら発電機的なものを造ればいいんじゃね?


 天才だ! 天才すぎる!


 俺は読みかけの絵本を放り投げると二段飛ばしで階段を駆けおりてルゥがいる書庫へと。


 「ねぇルゥ。凄いことを思いついたんだ」


 本を書いていたルゥは、いつものゆっくりとした動作で顔をあげる。


 あっ。通訳……。


 まぁいいか。どうにかなるさ。


 「発電機を造ろうと思うんだ。なにかをエネルギーに変換して魔力を生み出す機械を。そしたらマンデイの魔力不足の問題は解決するだろ?」

 「……」

 「素材はなんでもいい。マンデイがしているみたいに光を燃料にしてもいいし生き物でも物質でもいい。そこはなにか実用的な素材に設定する」

 「…………」

 「多少の労力はいるかもしれないけどさ、それって裏を返せば、多少の労力でマンデイの魔力不足は解決できるってこと。だろ?」

 「………………」

 「そのうち小型化に成功したりしてね。マンデイの体に埋め込む、なんてことも出来るようになるかもしれない」

 「……………………」

 「夢が膨らむよ、ね?」

 「…………………………」


 はい。どうにもなりませんでしたー。


 完全に木端微塵に砕けた心を慰めてやりながらマンデイの待つ客室へ。行きはよいよい帰りはしんどい。


 「ねぇマクレリアさん。ルゥってマクレリアさん以外の人と会話できないんですか?」

 「出来るよぉ」

 「出来るの?」

 「うん」

 「じゃあなんでしないんですか?」

 「あぁ、面倒臭いんだよ」

 「それだけ?」

 「それだけだねぇ」


 よし、ルゥ。表に出ろ。ぶっ飛ばしてやる。


 そこで俺は大事なものを忘れていたことに気づく。まっすぐ俺をみつめるマンデイ。とにかくみつめる。すっごくみつめる。


 (ごめん、マンデイ)

 (なげた)

 (いや、ホントごめん)

 (ゆるす)


 怒ったマンデイも可愛いなぁ。


 そんなこんなで本を読む感じじゃなくなった俺たちは家の探索に乗り出した。


 どうしてそういう流れになったかというと、マンデイに生のものを見せてやりたい、だがさすがに外は無理だ、ならば家のなかを探索しよう!


 こういう流れだ。マンデイはうまく歩けないから背負って行く。なんかマンデイを支えてるって感じが嬉しかったりする。


 俺産の物ってわりと重量があったりするからマンデイの体重もそこそこある。だがそれを口にはしない。マンデイって性別とかそういう概念がそもそもないんだけど、なんか女の子って感じがするんだよなぁ。人魚だからそういうイメージなのかもしれない。でもイメージって大切だろ? あっ、いっそ軽量化してみるか。そしたらうまく歩けるようになるかも。まぁ近いうちにやってやろう。魔力の余裕がある時にでも。


 さて探索だ。


 俺たちがここに運び込まれてから結構日が経つけど、なにかとバタバタしてて家を観察してる暇なんてなかった。しかしよく注意して見てみるとこの家、とんでも建築だ。


 外観はごくありふれた二階建の家。あの巨大な書庫は……、地下か。地下にあったのか。となるとキッチンはB一階。書庫は地下何階だ? どういう造りをしてるんだ? ルゥのセンスがよくわからん。


 とりあえずいままで行ったことがない場所へ行ってみようと片っ端からドアを通ってみるが、不思議と見知った部屋に繋がってる。


 どう考えてもドアの位置と部屋の場所が食い違ってる。それに階段も書庫に続く下りしかない。外観では二階建だから昇りもあるはずなんだけどなぁ。


 「ねぇファウスト君。さっきからなにやってるの? 行ったり来たりして。バカなの?」

 「いや、マンデイと部屋の探索をしてるんですけど、どうやってもここに戻ってきちゃうっていうか、新しい場所に行けないっていうか」

 「当たり前だよぉ。他に部屋なんてないからねぇ」

 「俺たちがここで休んでて……。ん? いままで二人はどこで過ごしてたんですか?」

 「どこでって、いつもルゥは書庫にいるじゃん。私はいろいろだねぇ」

 「寝る時は?」

 「私は眠らないしぃ、ルゥは眠りながら作業するからねぇ」


 もう俺はリアクションしないぞ。絶対にだ。驚いたら負けな気がする。


 「じゃあここは多目的スペースみたいな感じだったんですね」

 「なかったよぉ」

 「なかった?」

 「君たちがきたから生成したのぉ」

 「魔術で?」

 「魔術で」


 あっそ。


 この家、空間が歪んでいるらしいです。歪みの解析と調整をしたら部屋が生まれるらしいです。眠りながらでも生成可能だそうです。へぇすごいねぇー。


 そういえばルゥの返事を聞いてなかったな。


 「ところで発電機の件ですが、ルゥはなんて?」

 「発電機を造るのは君でしょ? ルゥは造れないよ」

 「いやいや。俺が造っている間、マンデイの魔力をお願いしようかと」

 「あぁ、そうゆうこと。無理だねぇ」

 「なぜです?」

 「ルゥの魔力がなくなってるからねぇ」

 「え?」

 「使いすぎたんだよぉ。お年寄りさんだしぃ、元々の保有量が多いから回復に時間がかかるんだよねぇ。あと一週間くらいまってあげてねぇ」

 「まぁそれはいいんですけど、ルゥはなにに魔力を使ったんですか?」


 俺とマンデイの生命維持をするくらいじゃあの人の魔力は枯渇しない。俺が眠っている間に戦闘でもあったのか?


 「なにって、君とマンデイちゃんに決まってるじゃん」

 「にしてもルゥが魔力がなくなるほど使うはずないでしょ」

 「ファウスト君が目覚めるちょっとまえにねぇ。もうちまちま補給するの面倒臭いってなっちゃってぇ、限界まで魔力を注いだのぉ。そしたらマンデイちゃん、次々に欲しがってねぇ。本当に大変だったんだからぁ」


 魔力を補充してもらっていた話を聞いてたが、それは初耳だぞ!

 

 「どれくらいの魔力を使ったんですか?」

 「ファウスト君が五万回倒れるくらいかなぁ」


 まったく……。


 この人たちって無自覚系最強主人公みたいなとこあるよな。


 自分がどれだけ強いのかまったく理解していない。己の尺度で物事を測ってしまう。自分たちにとって当然なことが世間的には異常だということを一ミリも理解してない。


 ルゥはなにを考えてるんだ。バカなのか。なんか一周回っちゃってる感がある。いや、何周か回ってるわ、これ。


 原因がわからない? いやアンタのせいだから。せいじゃないか、お蔭か。いやいやいや。そこはどうでもいいわ。俺の周りってまともな奴一人もいないな。マジで。管理者といいルゥといい気の毒なくらいバカな鳥といい。強い奴はちょっと変じゃないといけないっていうルールでもあるわけ? 変だから強くなるのか? もういいや、なんか面倒臭くなってきた。


 「マンデイの目が見えるようになった原因はおそらくルゥの膨大な魔力ですね。おそらくというか、ほぼ確実に」

 「えぇ? そうかなぁ」

 「ですね」


 名状しがたい徒労感を感じた俺はマンデイに癒されようと、マクレリアとの会話を伝えてみた。すると。


 (しってたよ)


 とのこと。


 うん。今日もマンデイは平常運航してる。

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