第21話 産卵

 マンデイの体に処置を施して十日目、変化があった。普通なら見逃しているレベルの小さな変化だ。


 ルゥの結界による延命が中止されてからは俺がマンデイの魔力を供給していたのだが、マンデイが受け取る魔力量が徐々に増えてきたのである。アスナの訓練のお陰で、魔力に関して非常に敏感な俺だからこそ発見できた。


 なぜだ?


 疑問を持ちはしたが、マンデイが消費している魔力量が増えているということは魔核が活動しているということ。悪いことではないだろう。たぶん。


 念のため核にエネルギー漏れがないかをルゥに診てもらったが問題はなかった。


 その日は静かに眠るマンデイの隣で、俺たちがいま住んでいる不干渉地帯と、俺を気に入って助けてくれたという主様についての話をした。


 ここは不干渉地帯。


 地域によって(魔の森)(西の森)(聖域)(怪鳥の森)(死の森)(恵みの森)と呼び方は様々だが正式な名称はない。(獣の世界)由来の生物がこの世界で絶滅した場合、魔核を元にこの場所で再構成される。ここを支配しているのは獣の世界の管理者であり、偉大な世界の管理者ではない。

 

 獣の世界の領事館、とでもいったところだろう。


 マクレリアの話によると、こういう不干渉地帯は世界のあちこちに存在しているそうである。


 特徴は二つ。特殊な素材で出来た壁と魔核をもった生物。


 基本的に不干渉地帯というだけあって、壁の向こう側とは干渉しない。ただ、まれに壁を越えてしまう個体がおり、それが捕獲、解体され世間に流通している魔核になるわけだ。だから魔核はわりと貴重品だったりする。


 ちなみに外の生物が悪意をもって不干渉地帯に侵入した場合、壁から生物が大量発生し、暴走するそうだ。あぁ怖い怖い。


 あっ。俺が死の番人から見逃してもらったのってそれが原因か。壁なんて飛竜で飛び越えられるもんな。いままで考えてなかったけど、俺って運がよかったんだ。


 違うか。管理者が誘導してくれたんだった。ぐっじょぶ。


 「あれ? 俺とかルゥだって壁を越えましたよね?」

 「ファウスト君もルゥも悪意を持ってなかったでしょ?」

 「なるほど。亡命者みたなもんか」

 「ん?」

 「いや、こっちの話」


 生物の暴走スタンピード事案であるかどうかは、この不干渉地帯の王が決定するのだが、その王というのが俺を気に入ってくれた主様らしい。


 主様っていうのは総領事みたいなもんだな、うん、理解した。


 主様って獣人だったりするのかな。ライオンの獣人みたいな。王みたいなイメージあるし。


 「あっ! 俺、助けてもらったのに挨拶もしてない」

 「あぁ、いいよいいよ。主様はおバカちゃんだからぁ、ファウスト君のことなんて忘れてるよぉ」

 「え? バカなんですか?」

 「うん。すっっっっごくバカ。昨日のことはもう憶えてない。気の毒なくらいバカ」

 「ちなみにどんな人なんですか?」

 「人? 人じゃないよぉ。そっか、ファウスト君は気絶してたから見てないんだねぇ」

 「まぁそうですね。たぶん」

 「主様はねぇ、鳥なんだよ。おっきな鳥」


 あぁ! あれか。熊を捕食してた。


 「それなら見てますね、たぶん。無茶苦茶デカい鳥ですよね」

 「無茶苦茶デカい鳥だねぇ」


 ルゥと主様の関係だが、不干渉地帯を管理している主様にとってルゥは優秀な護衛のようなものだ。不干渉地帯を領事館に例えると、ルゥは職員あるいは警備員、つまり主様の部下ということになる。気の毒なくらいバカな上司をもつルゥってなんか不憫だ。


 この世界において不干渉地帯を攻撃してはいけないというのは、かなりメジャーな不文律であるそうなのだが、時々攻撃しちゃうおバカちゃんがいる。


 壁を壊そうとしたり、空を飛べる生物を使うなり魔法で飛行して侵入するなりしたり、外から投石してみたり。そのほとんどはスタンピードによる苛烈な反撃を受けて残念なことになるのだが、稀に襲撃が成功してしまって不干渉地帯が再起不能になったケースもあるらしい。


 だけどルゥがいれば安心! 強いからね!


 魔力が切れた俺と、魔核が傷ついたマンデイを、主様はルゥの家に運んできてくれたんだって。ありがたいなぁ。ありがたい。


 「でもなんで気に入ってくれたんだろう」

 「主様は一生懸命生きようとしている生き物が好きだからねぇ」

 「大抵の生物が一生懸命生きてる気はしますが」

 「たまたま主様の目のまえでファウスト君が襲われてたんだよぉ。きっと」

 「やっぱお礼、言っときたいな」

 「その時はルゥと一緒に行こうね。たぶんファウスト君のこと忘れられてるから、食べられちゃうよぉ」

 「そんなバカなんですか?」

 「うん。ルゥのことを忘れちゃうこともある」

 「あぁ、それはバカですねぇ」

 「バカだねぇ」




 十一日目。


 明らかにマンデイの核が必要とするエネルギーが増している。いまはまだいい。だがこのペースで増えていけば、そのうち俺の魔力供給が追いつかなくなる。


 処置の過程でなにか問題があったのだろうか。


 (マンデイ? わかるか?)

 (……)


 マンデイが応答してくれれば魔力消費が多くなった理由も判明しそうなものだが、マンデイはまだ眠っている。ルゥの見解では、核のなかでなんらかの活動がおこなわれているのは確か、だそうだ。


 それがマンデイにとってプラスになる活動であることを祈る。


 俺は日記をつけるみたいに、日々起こったことを映像化してマンデイに送っていった。といっても森での生活は変化に乏しい。暇だからといって呑気に散策も出来ないし。


 「食べられてもいいならそうしなよぉ」


 と、マクレリア。


 いまの俺の実力は、この森の最底辺なのだ。


 なにも出来ないのは歯痒い。俺に出来るのはマンデイの傍にいることくらいしかない。


 マクレリアが前世のことについて尋ねてきた。が、答える気にならなかった。




 十二日目。


 急にマンデイの魔力が安定した。今日、マンデイに注いだ魔力は前日の六割ほど。なんらかの活動は終わってしまったのだろうか。


 午後、ルゥに診てもらって、二つの重要な事実が発覚する。


 一つ。


 マンデイの核の活動は昨日より活発化している。


 二つ。


 マンデイは光を変換して自らのエネルギーにしている。


 なぜだ。なにが起こってる。


 マンデイの体にそういう特徴は付与していない。魔核の元になったのは人魚のメロウだ。光を吸収して生命を維持するような生態ではない。


 「成長する因子グロウ・ファクターが関係しているのかもしれないねぇ」

 「エネルギーを増幅させるような機構は付与しましたが、光をエネルギーに変えるような特徴は付与してませんね。それにエネルギーを増幅させるといっても僅かなものです。元々マンデイの生命維持に必要なエネルギーを確保しつつ治療に必要なエネルギーを捻出するためのものですから」

 「そっかぁ」

 「なんか心配ですね。こういう予想外のことが起こると」

 「そうだねぇ」


 こうなればルゥだけが頼りだが、いままでの長い歴史を振り返っても魔核から生物を生み出したケースはない。しかもその魔核は、致命的に傷つき、これまた前例のない方法で修繕されているのだ。予測のしようがない。


 だがマンデイの自家発電が可能になったのならエネルギー問題はなんとかなるかもしれないな。少しでもポジティブに捉えよう。


 「いまは俺に出来ることをしないとですね」

 「そうだねぇ。で、なにするのぉ?」


 マクレリアがチョロチョロと飛びながら言う。触覚は千切れるのではないかと心配になるほど動いている。


 「なんか嬉しそうですね」

 「だってぇファウスト君って面白いんだもの。あっルゥも興味津々みたい」

 「そうなんですね」

 「ルゥも聞きたいんだって。いま下だからちょっと待ってあげてねぇ」

 「わかりました」


 ルゥがあのバカみたいに長い階段を昇ってくる間、俺はひとり考えていた。 

 

 とりあえず強くならないとな。


 まずは魔術の修行だ。アスナみたいに厳しくないといいんだけど。まぁ大丈夫だろう。ルゥって厳しいイメージあんまないし。あっ、ダメだダメだ。こんなこと考えたらフラグの神様が全速力で走ってくるんだった。違いますよー。違いますからねー。


 マンデイみたいな戦力を増やすのもいいな。ここって知識の宝庫だし、勉強さえすれば感覚器官とかをローコストで造れそう。


 研究していけば現在のマンデイの状態だって理解しやすくなるかもしれない。そういえば誕生日に貰った魔核がまだあったな。実験用のやつもある。とりあえず二体造ってみようかな。


 プレゼントされたのはフロスト・ウルフだったな。狼か。ウルフだもん。成長する因子グロウ・ファクターもあることだし巨大な狼になったりするのかな。ちょっとまて。狼の背に乗って冒険みたいなことも出来るか? 出来るよな! ヤバ。すげー楽しみ。


 もう一個の魔核はなんの生物のやつだろう。造る時に訊けばいいか。


 ていうか魔核、いるか? シンプルな細胞を創造して、それを保護培養して成長させれば生物になるのでは? なんかマッドサイテンティストみたいだな。白衣と色つき眼鏡でも造っとくか。


 いままで思いつかなかったなぁ。もし成功したら軍隊的なのも造れるか? 夢が広がる。広がりすぎる。


 「ねぇねぇ、なに考えてるの?」

 「あぁ、魔核を……」


 ん? なんだ? 力が抜けていくぞ。はい? なにこれ。


 「なになになになにぃ?」

 「いや、わからないです。なんか魔力が……」

 「ちょっと待って。もうすぐルゥが来るから」

 「いや、待つもなにも、勝手に……」

 「ねぇ。ファウ……」


 そこで魔力が完全に切れた。憶えているのはゆっくりと近付いてくる床。マクレリアの声。




 ベッドで目が覚めた。瞬間、俺は気付いてしまった。


 完全に理解した。


 これ、あれだ。


 管理者関係のなにかだ。いくら頭弱めな俺でもわかるよ。


 この節操のない、デメリット考慮してない感じ。なんの説明もなくはじまるこの感じ。


 「もうファウスト君っ。なによ急にぃ」

 「あぁマクレリアさん」

 「あぁマクレリアさん、じゃないよぉ。大変だったんだからねぇ」

 「すいません。よくわかりませんが謝っておきます」

 「君っ。三日も目を覚まさなかったんだよぉ。三日! なにかするならするって言ってからしないとっ」

 「三日ですか? 本当にすいません」

 「で、なにしたのぉ?」

 「それがよくわかってないんですよ」

 「よくわからないって君ねぇ」


 なにがどうなっているのかわからない。とりあえず俺が眠っていた三日間、なにがあったのかを尋ねようと体を起こした。その瞬間、猛烈な吐き気がした。


 あぁはいはい。もうわかってるよ。まだ終わってないパターンな。慣れましたー。もう慣れましたよーだ。


 「マクレリアさん。バケツかなんかありますか?」

 「バケツ?」

 「なんか吐きそうで。洗面器でもいいで……」


 吐いた。盛大に吐いた。


 ベッドに転がったのは胃液でドロドロになった握り拳大の球体。


 なんだこれ。


 「あぁ!」


 マクレリアが叫ぶ。


 「すいません。間に合わなくて」

 「これって……」


 マクレリアが突然、俺が吐き出した球に抱きついた。


 そして撫で撫でしてる。


 なんだ? なにそのリアクション。わけがわからん。


 ていうか大丈夫ですかね。それ、俺の胃液まみれなんですが……。

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