第20話 経過観察

 マンデイの容態は日に日に安定していった。


 植物よりずっと複雑な構造をもつマンデイの修復には時間がかかりそうだったが、延命用の結界は処置の一週間後には解除された。山は越えたのだ。


 マンデイの状態を観察しながら、俺と森の妖精マクレリアは様々な話をした。


 マクレリアは俺の前世の話を聞きたがった。特に他人を恐ろしく感じるようになった経緯やきっかけ、恐怖が増していく様子を事細かに尋ねられた。なんとこの世界には、そういう症状を呈する病が確認されているらしい。


 ちなみに治療法はないそうだ。原因は体細胞の一部の変質らしく、理論上は変質した細胞を除去することで治る。だがこれは進行性の病であり、症状が現れた頃には手がつけられないほど重症化しているらしい。


 癌みたいなもんか。


 症例が極端に少ないため、なぜ細胞が変質するかはわかっていない。しかも、かなり魔術に精通した生物でないと感知不可能。いわゆる無理ゲーってやつだ。


 ルゥはかつて、その病の患者を二人診ている。細胞が変質したことまでは突き止めたが、治療法や直接的な要因は判明していない。二人の患者は完治するまえに死亡した。自害だった。


 まぁどっちにしろ無理だったんだな。前世には魔術に精通した生物なんていなかったし。


 臓器移植とかしたら治ってたのかな? 病名もわからないまま移植なんてまず不可能だろうけど。


 その他にも車とか飛行機の話は興味深そうに聞いていた。俺が車と飛行機、ついでにヘリコプターの絵を描いてあげると、触覚をピコピコ動かしながら喜ぶ。


 慣れというのは恐ろしいもので、マクレリアの触覚や無駄な飛行に苛立つことはなくなっていた。


 最初に会った時の俺、混乱してたしね。これくらい別にイライラすることじゃない。


 お返しにとばかりに俺もこの世界や、マクレリアとルゥについて色々と尋ねた。


 まずルゥ。


 彼は元々狩人だった。その後、軍人に。


 若い頃は戦うことに明け暮れていた。殺すことが日常で、それが任務であればなんの躊躇もなく対象を破壊する。そんな男だった。


 二人の出会いは戦場。まったく信憑性がないがマクレリアの種族、ラピット・フライは本来、好戦的な性格で個々の戦闘力も高い。


 彼らは家族単位で行動し、戦闘になると村程度ならあたりまえ、街を壊滅させたり城を落とした例もあったそうだ。あまりの強さとその性格ゆえ、他の種族からは怖れられ、物語には絶対的なヒールとして登場しているらしい。


 で、ルゥの所属する軍が討伐に乗り出した。


 妖精がヒールってどうなんだろう。こんな小っちゃいし、まったく信憑性ないのだが。


 いくらマクレリアの種族が強かったとしても相手が悪い。規格外の魔術師ルゥは完璧な索敵、大規模な魔術で、空飛ぶ妖精を次々に地に落としていった。


 そんな戦闘狂ラピット・フライの最後の生き残りがマクレリアだ。


 著しく好戦的なラピット・フライのなかで育ったにも関わらず、彼女は争いを好まず自然を愛し、獲物を狩るのにも躊躇ちゅうちょするような優しい性格の持ち主だった。臆病で危機察知能力が高い、しかもまだ幼く戦闘能力も低いため、危ない局面は徹底的に拒否する。そういう背景もあってマクレリアはなんとか逃げ続けることが出来た。


 ルゥの所属する軍とラピット・フライの戦闘は激化。森は火の海になり、マクレリアの家族は一人、また一人と殺されていった。


 なんとか焼け残った木の洞に隠れていたマクレリアを発見したのは、異常な索敵範囲をもつルゥだった。


 「お前の種はここで途絶える。だが安心しろ。種は神に保存され、不干渉地区で再構成される」

 「どうしてこんなことをするの」

 「危険だからだ。遺す言葉はあるか」

 「ない」

 「俺を恨め。世界を恨め。気休めになる」

 「うらまない」

 「そうか」


 ルゥは目のまえの妖精を殺そうとした。いつものように。


 だが、出来なかった。


 知こそ至高と信じるルゥは、知の探究のために立場と金が必要だった。生命というのは真理への道の景観でしかない。尊ぶべきものでも愛でるものでもなかった。


 仕事として殺すのだと自分に言い聞かせてみるも体は動かない。コイツは危険な種族なのだという大義で説得してみても体は動いてくれない。


 ルビーのように紅く美しい妖精の一対の瞳が、眩しく輝いて見えた。


 気がつくとルゥは幼い妖精を服のなかに隠し、その場から逃走していた。どうしてそんなことをしたのかは、知の巨人たるルゥにもわからなかった。


 ルゥの逐電を察知した軍は、すぐさま彼を戦犯に認定、捜索を開始する。ルゥはただの脱走兵ではない。彼の頭のなかは軍の機密や国のウィークポイントが詰まっているのだ。生半可な捜索であるはずがない。


 派兵された者のほとんどはルゥが育てた魔術師か魔法使いだった。それも尋常な数ではない。


 逃走中に大規模な交戦になった。規格外の魔術師ルゥは数の不利を覆し敵兵を全滅させたが、深手を負う。這う這うの体で不干渉地域に逃げ込んだのが五百年前。それから彼らはずっとここにいる。


 「なんか凄い話ですね。スケールが大きい。それにしてもマクレリアさんの種族は長生きなんですね。ルゥだって。五百年生きるなんて想像できない」

 「私はもう死んでるんだよぉ。それにルゥは五百年以上生きてるんだよぉ」


 ん?


 「ん?」

 「へ?」

 「マクレリアさんはもう死んでるって聞こえましたけど」

 「そう言ったじゃない」

 「幽霊的なことですか?」

 「あははは。違う違う。厳密には私、ルゥの体の一部なの。さっき言ったルゥの弟子たちとの戦闘で殺されちゃってねぇ。それでぇ、ルゥの魔術でちょちょいって感じでねぇ」

 「そんなこと出来るんですか!?」

 「出来ないよぉ」

 「でも実際マクレリアさんがこうやって……」

 「ファウスト君はなんだか若い頃のルゥに似てるなぁ。いつも必死で余裕がない。マンデイちゃんとファウスト君を見てると昔を思い出すよぉ」

 「いまのお二人を見てると全然ピンと来ませんが」

 「だろうねぇ」

 「で、どうやってルゥさんはマクレリアさんを再生したのです?」

 「ん~、それはねぇ……」


 そもそも俺は、魔法の大前提を知らずにここまで来ていたようだ。


 マクレリアの説明によると、魔法とは自然の模倣、ここまでは俺の認識とズレがない。だがこの先が未知の世界だった。


 なんとなく口にしていた(魔術)(魔術師)というワード。アスナもわりと口にしていた単語なのだが、それは魔法と類するもの、あるいは同一のものとしての意味合いで使われていた。が、実は魔法と魔術、一見似たように見える二つは、まったくの別物であったのだ。


 魔法が模倣だとすると、魔術は再現。自然そのものを生みだす術である。


 適性は魔法より遥かに厳密で、適性外の属性の使用は多大なリスクを伴う。鍵になるのは自然との親和性の高さと理解度。


 エネルギーの消費量が多い上、危険なので使える者はごく少数に限られる。ただし完璧に取得すると、どれだけ相手に魔法の適性があってもダメージが入り、その規模は魔法を遥かに上回る。


 最初の発見者はルゥの高祖父にあたる人物で、その人も大変な長寿であったそうだ。だが習得できる生物が極端に少ないため、世代間の技術の伝達が出来ず、いまは失われつつある。


 「それって僕も習得できるんですかね?」

 「どうだろうねぇ。わかんない」


 使えるもんなら使ってみたいな、魔術。


 ルゥの一族は魔術をより簡易に翻訳。それがいま使われている魔法だ。属性魔法のモデルとなった存在がいたそうだが、その種は現在、確認されていない。


 マクレリアが死んだ時、ルゥが発動した魔術は生命やエネルギーに関する種類のもの。術は未熟で理解度も浅かった。一応は完成したものの、揺り返しがきた。


 ルゥの体は焼き爛れ、内臓のいくつかを損傷した。火傷は普通の炎ではなく呪いの一種だったようで、損傷した部位は自然に再生しない。また、マクレリアの体も完全な状態ではなく、術完成直後は身動き一つ出来なかったそうである。


 二人は長い時間をかけ、少しずつ現在の状態までもってきた。


 「肝心な点に触れてませんね。どうやってマクレリアさんが復活したか、です」

 「いやぁ、あんまり教えたくないんだよねぇ。なんかファウスト君、やりそうだし」

 「魔術が使えないから出来ませんよ」

 「いまから習得するかもしれないじゃん。ルゥ、教える気まんまんだよぉ」

 「そうなんですか?」

 「そうだねぇ。なんか最初ねぇ、ずっと負の感情が伝わってきてたの。ルゥから」

 「最初って僕が救われた頃ですか?」

 「そうそう。鏡に映った自分を見てる気分になったんじゃないかなぁ。私とルゥ、ファウスト君とマンデイちゃんの関係って、ほら、なんとなく似てるじゃない?」


 そうだな。確かにそうかもしれない。


 「でも、少しずつ変わっていったんだよねぇ。いまはぁ、そうだなぁ、孫の面倒をみてるおじいちゃん、って感じかなぁ。あんな一面があったなんて知らなかったよぉ。昔のルゥなんてね……」

 「って、また話を逸らそうとしてないですか?」

 「あっ、バレたぁ?」

 「どう頑張ってもルゥの真似なんて出来っこないんですから教えてくださいよ」

 「しょうがないなぁ。絶対真似しちゃダメだよ? 大変だったんだからぁ」

 「約束します」


 ルゥが真っ先に思い付いたのは呪術だった。呪術のなかにはアンデットを造りだす術があり、彼の弟子にもそういう術の使い手が何人かいた。だがこれは特殊魔法の一種であり、彼に適性はない。しかも魔法で造られたアンデットの知能は低く、以前のマクレリアが戻ってくる可能性は皆無。


 他にも、俺がマンデイを治療した方法のベースになった考え方、動く義足の応用や、ゼロから再現する方法を思い付いたが、どれも現実的ではない。


 あれこれ思案した結果、研究途中の魔術が最も相応であるという結論に至った。


 魔力はどのようにして生まれるか。


 ルゥはかつて、これを研究し解明していた。


 捕虜を使って実験を繰り返し、至った結論は、特定の受容体がエネルギーを魔力に変換、血液を通して外皮へ、外皮から外界へと放出される。というものだった。


 ルゥは魔術で自ら体内に空間系の魔術式の入り口を構築、出口をマクレリアの体内に。そして魔力を生みだす受容体のみが通過するようにフィルタリングした。そのうえでマクレリアの体を治療し、完全に死滅した細胞を除去、人工的に血液を循環させ、魔力を流し込んだ。


 規格外の魔術師ルゥの魔力はこのうえなく上質である。彼の高祖父や彼自身が種の限界を超えて長命であることを鑑みれば、上質な魔力と長寿の因果関係は明白だ。マクレリアの体内で上質な魔力を生み出すことが出来れば、細胞が活性化するかもしれない。ルゥはわずかな可能性に賭けた。


 だがそれでもマクレリアは生き返らない。


 そこでルゥは禁断の果実を口にした。


 命そのものを魔術で再現したのだ。


 「でも術が不完全だったからぁ、私は厳密には死んでるの。私とルゥの体の間にはトンネルがあってぇ、エネルギーとか魔力、受容体を絶えずシェアしてるのね。だからルゥが死んだら私も死んじゃう。つまり私はルゥの体の一部なのねぇ」


 なるほど、よくわからん。


 「ちなみにねぇ、ファウスト君。ルゥほどの天才が五百年かけても術は完成してないの。この意味、わかる?」

 「すごく難しいってことですよね」

 「触れちゃいけないってことなの」


 なるほど、なるほど。


 「あの、一ついいですか?」

 「なぁに」

 「真似できるか!」

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