第14話 逃避行

 陽が昇るまえに路地裏に逃げ込み、創造する力を行使。


 地面に穴を掘り、頑丈なフタと空気を取り込むための穴、崩落防止の柱を造って、そのなかで休んだ。


 マンデイが水魔法を使えることを知ってからはマンデイ産の水で喉を潤したのだが、マンデイの水、光属性の影響か疲労回復効果があるような気がする。まぁ、ただの思い込みかもしれないけど。とりあえず衛生面に不安のある川の水よりはいい。


 アスナが準備してくれた食料は干し肉と乾パンのようなものだった。肉もパンもとても歯で噛み切れる固さではなかったから唾液でふやかしながら食べるのだが、脱水のような状態になると、それらの乾燥した食べ物を食べることもままならない。蛇口をひねれば水がでた前世がどれほど恵まれていたかを痛感する。


 マンデイに魔力を補充し、クタクタになって目をつぶると、また不安が押し寄せてくる。常に俺と繋がっている状態のマンデイが心配して尋ねてくる。


 (だいじょうぶ?)


 もう何回尋ねられただろう。この子は本当に優しい子だ。


 (大丈夫だ。問題ない)


 あっ、なんかこの返答は縁起がよくない気がする。どうしてだかそんな気がする。


 まぁ、マンデイに強がってもしょうがないか。


 (不安なんだよなぁ。そもそも自分が王国領に住んでいたことだって昨日知ったんだ。俺はなにも知らない。俺が住んでいた街から王都ってどれくらい離れてるの? 西の森ってなにさ。配置がまったくわかんないし、どれくらいの時間がかかるのかも知らない。アスナには森には行かないって言ってたから詳しく尋ねることも出来なかったし。後どれくらい歩いたら着くんだ? 無計画にこんな逃げ方をしたけど、本当にみんなは無事なんだろうか。考えだせばキリがない)

 (デ・マウとル・マウのきょうだいとアシュリー・ガルム・フェルトがいっしょになって……)

 (ん? なんの話)

 (けんこくきだよ)

 (建国記?)


 マンデイは俺が想像していた以上にアスナと色々な話をしていたようである。


 どうしてアスナは俺に教えてくれなかったんだろう。まぁ俺はずっと修行してたしな。しょうがないっちゃしょうがないのか。


 俺がアスナと話してたことって魔法についての事柄がほとんどだったなぁ。


 もっと普通の話をしてればよかったわ。こんなに早く別れがくると知っていれば、もっといろんな話をしていた。


 さて、建国記の話に戻ろう。


 俺の住む国はデルア王国というらしい。


 魔術師の兄弟、デ・マウとル・マウ、踊り子をしていたアシュリー・ガルム・フェルトの三人が建国したとされている。三人の名前の頭文字をとってデルア。安直である。


 ていうか踊り子? なぜ?


 しかも最初の統治者は美の化身・女王アシュリーだという。ますます意味不明だ。


 アシュリーは蠱惑の踊りで民衆をまとめ上げ、混沌とした世界に人族の国を建国した。政治を担ったのは魔術師兄弟の兄、デ・マウ。軍を取り仕切り、他種族との交戦に勝ち続けた弟、魔術の祖ル・マウの支えもあり、デルア王国は統治領を広げていった。王国領はマンデイ曰く(すごくひろい)とのことである。


 西の森とは王国内にある不可侵領域らしく、高くて頑強な壁で囲われている。


 不可侵ってなに? それ、入っちゃダメって意味では? 管理者さん? 大丈夫ですよね?


 物語のなかでは、西の森には(おおきなけもの)が住んでいて、侵入した者を(まるのみ)にするそうである。管理者さーん? 聞こえてますかー?


 まぁでも壁に囲われてるなら話は早い。その高い壁を探せばいいのだ。後は創造する力で穴をあけて侵入する簡単なお仕事です。


 くっ、大きな獣に丸呑みにされる未来しか見えない。


 が、少なくとも禁足地なら人はいないだろう。五年もいれば俺は完璧にこの世界から消えたことになるはず。その間に本当に消えてしまわなければいいがな、ふははははは。


 (ちなみにマンデイさん。どれくらいで西の森につくかは知ってたりしないですよね?)

 (うまでふつか)

 (なるほど、二日ね。馬で二日ってことは人の足で五日か一週間くらいかな。まったく……。君は物知りだなぁ。ところでマンデイさんはどうしてそれを知ってるのかな)

 (マリナスがいってた)


 なに! マリナスは魔法に関してはチンパンジー並みだと思っていたのにマリナスも話せたのか! なんか知らんが浮気された夫の気分になってきた!


 (ちなみにちなみに、王都まではどれくらいかかるか知ってたりしないよね?)

 (うまでいつかだよ)

 (わりと離れてるのな。だが、そうなるとある程度の時間の余裕はあるか)

 (ひりゅうをつかわれるかもしれない)

 (飛竜がいるのか)

 (おうとのめいぶつだって)

 (それもマリナスが言ってたのか?)

 (テーゼ)


 もう、なにも言うまい。


 まぁゴール地点がわかったのだからいいとしよう。


 その日、棺桶みたいな寝床で俺は、両親が殺される夢をみた。恐怖で目が覚めると、マンデイが俺の手を握ってくれていた。


 (ありがとう、マンデイ)

 (うん)


 俺はまた眠った。もう夢はみなかった。


 翌日、夜が短かかったために移動が制限されたが、エネルギーの節約にはなった。


 ポジティブに考える、これ重要。


 マンデイの魔力を満タンにして眠ったのだが、夕方、ひどい雨に見舞われた。換気口の場所と形を変え、寝床を高くすることでなんとか解決。


 まぶたの裏で両親とあの剣士が交互に現れては消えた。みんな無事だろうか。


 ふと、どうにかしたら、あの剣士を退けるくらい出来たんじゃなかろうか、と思った。俺もそこそこ魔法を使えるし、テーゼだってアスナの弟子だ、戦えただろう。マリナスに戦闘能力はないが金がある。護衛を雇うことも出来たかもしれない。離れる必要なんてなかったのでは?


 雨の音を聞きながらそんなことを考えた。


 で、考えたことをマンデイに伝えてみた。すると。


 (だめだよファウスト)


 と、返ってくる。


 (どうして)

 (あのけんしは、かくがちがう)

 (それはアスナが言ってたの?)

 (そうだよ)


 そういえばマンデイを介して映像を送ったんだったな。アスナはあの剣士を知ってたのか? それともあの映像で剣士の実力を判断したか……。


 まぁどちらにせよ勝てる相手じゃなかったのか。ていうか殺し屋だし、弱いわけはない。


 (ばんにんヨーク)

 (それがアイツの名前なのか?)

 (そう)

 (なんで番人なの?)

 (しのばんにん。ヨークがしをきょかする)

 (なんか厨二臭いな)

 (ちゅうに?)

 (こっちの話だ。もうひと眠りしよう)

 (うん)


 なんかマンデイって検索エンジンみたいだな。本当に賢い子だ。


 翌日の夜は比較的長かった。出来るだけまえに進みたかったのだが、マンデイの魔力が切れそうになって中断。ちょこちょこ水分補強をしたり治癒魔法をかけてもらったりしたのがいけなかった。もう少し耐えなくては。


 寝床を創造し、残った魔力をマンデイに供給。エネルギーがカツカツになったところで死んだように眠った。爆睡だった。


 次の日、月? らしきものがでてたお蔭でスムーズに進めた。どうやら街を抜けたようで、一面に農作地が広がっていた。ところで道は合っているのだろうか。


 (にしのもりのちかくは、とちがゆたか)

 (それは誰の言葉?)

 (マリナスだよ)

 (こんだけ農作地が広がってるってことは近いのか?)

 (わかんない)

 (だよなー)


 農作地には路地裏なんてものは存在しなかったから、その日は茂みのなかに棺桶式ベッドを創造して眠った。


 家族のことを考えなくなっている自分に気がついた。生きるのに必死なのだ。余計なことを考えるエネルギーが残っていない。


 次の日、嬉しいニュースと悲しいニュースがあった。


 まず嬉しいニュース。


 壁らしきものが見えたのだ。


 いや、バカでかい。


 まえの世界の万里の長城が一番近いかもしれない。とにかく長い。壁の端がどこにあるのかがわからない。


 なんだこれ。遠近感覚が狂ってしまう。


 で、悲しいニュース。


 食料が尽きてしまった。創造する力で食料を生みだそうとしたけど、やっぱり反応してくれない。


 なにも食わなくても我慢は出来るだろうが、これからも一人で生きていかなくてはならないのだ。どうにかしなくてはならない。


 とりあえずナイフを造ってみる。


 もともと存在している地面を変形させて寝床を造るのと、無から鉱物を生みだし加工するのではコストが違いすぎる。マンデイの治癒魔法や安全な水はしばらくお預けになるが、弱音を吐いている暇はない。やらなきゃ生きていけないのだ。


 まったく情けないことに食料を中心に扱う商人の息子なのに、俺にはどの植物が食材になるのかがわからなかった。農作地を歩いているのだが、いま生えているものが食べれる状態なのかがわからない。形はパイナップルに似ているか? いけるかと思って一つ盗んで食べてみたが渋いだけで、とても食べられそうにない。盗みが発覚すると厄介だと食べ残しを埋めて、また歩きだす。


 チクショー腹が減る。


 ただでさえマンデイと俺、二人分のエネルギーを摂取しなくてはならないのに。


 生き物はどうだ。


 農作地に入ってから、ずっとなにかの鳴き声が聞こえてはいる。カエルか? カエルだな。たぶん。


 最悪、虫でもいい。なんか捕まえて食わなければ……。


 鳴き声の方へ歩いてみると池があった。この鳴き声はやはりカエルなのだろう。いっそ電気を放ってみるか? プカプカ浮いたやつを食べれるかもしれん、と、池の方に近づくと茂みが揺れた。


 即座に反応して電気の魔法を放つ。確かな手ごたえ。


 やった!


 草を掻き分けて着弾地点に行くと、カエルが死んでいた。うん、カエルだった。でも小型犬サイズのカエルってマジか。


 陽が昇るまで少し時間があったが、寝床を造ってカエルを持ち込む。創造する力は食品関係には適応されないのは実証済みだが、水分を抜いたり、加熱した状態にすることは出来るのではないかとやってみたら出来た。


 コストは安くない、が、これを生で食べるなんて無理!


 またひとつ賢くなった。食品関係は無から創造するのが不可能なだけ。変質は可能だ、と。


 SAN値が低めに設定されている俺だが、乾燥させてしまえば大丈夫だろう。いやグロいな。


 (マンデイ、これ、きらい)

 (俺も好きではないんだぞ?)


 ていうか、毒とかないよな、コレ。

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