第9話 修行

 ちょっと考えて欲しい。


 俺はこの世界で二歳になる。こっちは時間の感覚が違うから若干の誤差はあるが、まえの世界の二歳とそう変わらない。


 もう一度言う、二歳である。


 普通それくらいの子供はどんな日々を送っているだろうか。


 テレビでアニメを見る。ベルトや時計で変身するヒーローに憧れて、お腹が減った子供に顔を千切って配るパンの活躍に目を輝かせ、布団に世界地図を描いてしまって怒られる。保母さんのピアノに合せて童謡を歌って、昼寝をする。社会公認のニートなのだ。


 確かに俺には使命がある。いずれ強くなってこの世界を侵略するふととき者を成敗しなくてはならない。いずれ。だがそれはまだまだ先のお話……。


 の、はずだった。


 俺の生まれた場所には前世の学校のような公的教育機関は存在していない。もちろん修学の義務もなし。


 代わり専門的な教室がいくつも存在しており、保護者なり本人の意思で自由に学ぶことがでる。


 算術や言語はもちろんのこと、錬金術や剣術、弓術や治癒術、鍛冶、薬学など内容は細分化されており、指導方針や指導料は教室を所有する教師の一存で決定されていた。


 アスナ・ビズ・レイブ。


 俺の母は魔法使いであると同時に教師でもある。世間ではそこそこ名の知れた人であるらしく、得意とするのは視認する範囲に発動する広範囲かつ高火力の魔法。魔力操作は他の追随を許さず、教室には彼女の教えを乞うために海を越えた者もいる。


 しかし有名なのは実力だけではない。指導カリキュラムである。


 彼女がもつ理想的な魔法の在り方とは、最小限のエネルギーで最高のパフォーマンスをすること。それが最も美しく実用的な魔法であり、最も魔法による事故のリスクを減らす手法である。彼女は、そう信じていた。


 よって指導カリキュラムは、一から十まで、髪の先からつま先まで、彼女の理想を実現するために組まれている。


 具体的になにをするか。


 魔力が枯渇した状態で気を失わず魔法を使い続ける、というものだ。


 この方法には二つのメリットと一つのデメリットがある。


 まずメリットの一つ目。


 生物には防衛本能がある。


 魔法を使いすぎて気を失うというのはロストしたエネルギーを補完するためにおこる当然の反応なのであるが、この状態で魔法を発動しようとしても術がうまく発動しない。不完全なものになるか、もしくはなにもおこらない。それでも防衛本能に逆らって魔法を使い続けたら、体はなんとかして限られたエネルギーで結果を出そうとする。必然的に魔力のロスの少ない美しく理想的な魔法が発動できるようになるのだ。


 メリットその二。


 このカリキュラムをうけた者は、エネルギーが枯渇しているという状態に慣れてしまう。いつ気を失ってしまうのかが把握できるようになり、また魔力が少ない時、あとどれくらいのパフォーマンスが可能なのかをなんとなく理解できるようになる。


 次にデメリットであるが、このカリキュラム、かなり辛い。


 当然である。延々と防衛本能に逆らい続けるのだ。これは訓練というより自傷行為に近い。


 まず魔法を使い続けろと指示される。そのうち限界がきて発動を中止する。すると母の冷たい視線と殺気のようなものが飛んでくる。


 「あら、止めていいって言ったかしら」


 鳥肌ものだ。頑張って続けていると眠たくなってくる。すると。


 「いいわよ。眠っても」


 アイスピックみたいに尖った殺気が体中に刺さる。この状況で眠れる人間がいるのならぜひ紹介して欲しいものだ。そいつの方が俺よりよっぽど勇者に向いている。


 魔力がゼロになると強制的に意識を失う。すると母は自分の魔力を俺に注ぎこみ、顔に冷水を浴びせる。


 「おはよう。お寝坊さんね。さぁ続きをしましょうか」


 はい、お母様。


 ちなみに母の弟子や、教室から逃げた人のうちの何人かが教室を立ちあげ、この教育方針を模倣したのだがうまくいったケースは一つもない。


 バカではないだろうか。いいやバカだ。断言する、バカだ。こんな出鱈目なのがうまくいくはずないだろう。ちょっと考えろよ。心が折れた教え子やその保護者から苦情が殺到したり、そもそも教え子が集まらなかったりするんだって。当たり前だ。ふざけるな。これなら改造の方がまだマシだ。あっ嘘です。改造も嫌です。どっちもごめんなさい。謝るから許してください。


 たぶん、このカリキュラムは母にしかできない。


 アイスピックのような殺気を笑いながら放てる彼女にしか。


 何度か教室を見学した俺は、教え子がいくつかのパターンに分類されるのに気がついた。



 ・case 1  ~ 真正の変態 ~



 この人たちを見分けるのは簡易だ。母になにかを指示される度にハァハァと犬みたいに息をはき、頬を赤らめ、いつも横目で母をチラチラとみている。冷水をかけられて目覚める彼らは幸せそうだ。よかったね! 彼らの好物は、まるで汚物に向けられるように冷たいアスナの視線である。



 ・case 2  ~ 力を求める人たち ~



 これは権力者の子であったり、上昇志向の強い人だったり、特別な理由がある人だったりする。このなかに海を渡ってきた猛者も含まれているのだ。彼らはいつもひた向きで懸命だ。かなり辛い訓練に対して弱音も吐かず、ひたすら母の指示通りに訓練している。まったく頭が下がる思いだ。でもなかには変態ルートへと進んでしまう残念なパターンもある。お気の毒に。



 ・case 3  ~ 臆病者 ~



 おそらく誰かの紹介で入塾したか母の教室の実態を知らずに入ってしまった人だろう。でも臆病だから辞められない。この人たちは死んだ魚のような目をしていて、大体、ひと月もすると姿をみなくなる。君たちは正常だ!



 ・case 4  ~ 無知な人たち ~



 無知な人、もとい可哀想な人たち。魔法の修行というのがこういうものだと思い込んでる人たちである。周りを見渡せば熱心に訓練に取り組む人や、冷水を浴びることを喜んでいる人たちがいるのだ。で、勘違いしてしまう。これが普通なんだと。違うからね! 普通じゃないからね!



 おそらく case 1 と case 2 がいれば母の教室は安泰だろう。アスナが健康な間は、教え子、いや被害者は増え続けるはずだ。母にはいつまでも健康でいて欲しいが、被害者が増えることに関しては複雑な心境である。


 だが苦労のかいもあり、創造する力のコストは格段に下がったように思う。特徴を付与したり特殊な素材を指定しなければ一回の発動で一つの小物を造れるようになった。


 特徴を付与すると黒くなっちゃう謎現象は相変わらず。この色は、メイドイン俺の証明なのかもしれない。


 辛いのは辛いが、成果が出るから続けられる。一年ほどの修行で俺は、母の教えをある程度マスターしてしまった。エネルギーをうまくコントロールし、効率的に創造する力を使えるようになっていったのだ。


 習得の速さに父やテーゼが驚いていたとこをみるに、成長に関わる改造が効いていたのかもしれない。


 どうでもいい補足情報であるが、真正の変態たちはあえて習得していないようだ。マスターしたらアスナに水をかけられないからね。心底どうでもいいけど。


 まぁそれで母の教室が繁盛しているわけだから、俺はあの汚物どもに感謝しなければならないのかもしれない。


 俺も伊達に(名のない世界)の代表者やってないからな。改造の苦しみも乗り越えてるんだ。低いハードルだったゼ。


 と、凝りもせずにフラグを立ててしまった。どうやら暇を持て余しているらしいフラグの神さ……(以下略。


 カリキュラムには次のステップがある。


 適性チェックである。


 この世界における魔法は、同属性であればある程度は相殺できるという特性をもっている。よって同属性の達人同士が戦闘すると魔力が枯渇するまで決着がつかない、なんてことも珍しくはない。


 これを利用して適性を判定する。


 体に魔力をまとった状態で魔法をぶつけてもらい、自然に発生した現象と魔法で造りだした現象を比較、ダメージが少なければ適性があると判断されるという仕組みだ。


 もっと簡単に説明すると、誰かが発動した微少なファイアーボールを指先にあて、その後、マッチなどおこした火を同じ場所にあて、痛みを比較する。痛みが少なければ適性があり、そうでなければ適性はない。


 ただしこの方法には問題がある。現象の規模が小さければ小さいほど誤判定の可能性が増すのだ。


 俺の母は、魔法に関しては決して妥協しない。適性外の魔法を使えば発動にかかるコストは増し、母の美学に反する。適性チェックは彼女の指導の根幹ともいえるわけだ。現象が小さければ誤判定のリスクがある。これ以上の説明は不要だろう。


 「なにもそこまですることないじゃないか。まだ子供なんだ。それに古代魔法だって使える。それだけで充分じゃないか?」


 と父。


 うん、そうだね。愛してるよお父さん。


 「なにを言ってるのマリナス。魔法の習得は最初が肝心なのよ。まったく。私が意地悪してるみたいじゃない」


 お母様? 目が座ってませんか?


 「しかしアスナさん。もし坊っちゃんが怪我でもしたら……」


 とテーゼ。


 「あなたも通った道でしょう? あなたは怪我をした? してないでしょう。ね?」

 「……」


 こらテーゼ、なにか反論しなさい! そして遠い目をするのはやめなさい!


 結論から言うと俺には電気と風に適性があった。


 身の丈ほどある火の玉をぶつけられ、治癒魔法をかけてもらい、消防車の放水並みの水魔法を受け、治癒魔法をかけてもらい、沢山の石をぶつけられて、治癒魔法をかけてもらい、etc……。


 いや、怪我してんじゃん。治癒魔法かけてんじゃん。一刻も早く教室をたたんでください。被害者は僕だけで充分です。


 ちなみに、すべての工程が終わった後、自作のスーツに魔法の特徴を付与してみた。適性のある風と電気はスムーズにいったけど、他の特徴を付与するのには難儀した。そして、闇や光などの特殊な魔法に分類されるものは、まったくと言っていいほど反応しなかった。ギリースーツみたいなやつを造れるかと思ったのだが残念だ。


 ていうかわざわざ痛い思いをしなくても、これで判定できたのでは? 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る