第8話 魔法 ノ 時間

 こちらの世界の一週間というものが、かつての世界と比較して長いのか短いのかが、いまだによくわかっていない。


 技術的に不可能なのかそれとも必要がないのか、ここには時計というものが存在しないようなのだ。俺がまだ目にしていないだけで、どこかには存在しているのかもしれないが、こればっかりはわからん。


 以前の世界では二十四時間が一日で、夏は陽が長く、冬は短かった。比較するとこの世界の一日の時間は不安定であり、その日によって違う。暦や曜日のようなものはあるようだが、月曜日は昼が長いとか、金曜日だから夜が終わらないなんてことはないのだ。きっと法則性のようなものはあるのだろうが、いまのところは、まったく理解できていない。


 俺は空の観察や言語の習得を意識しつつ、日々布やら金属を造りながら生活を続けていた。目立った成果はないが作業効率は徐々に上がってきていて、一回の作業で布なら数センチ、金属なら数グラム程度を造れるようになっていた。


 金属にしろ布にしろ創造と特徴の付与を同時に行うと作業効率が落ちるため、最初に普通の金属や布なりの素材を造ったあとで変質させるようになった。家にあるものを変質させてもよかったのだが、ものがなくなり続ければ俺の犯行が露見するリスクも高くなるからやめた。


 特徴の指定は管理人が言っていたように明確なイメージと指示があった方が楽に加工できた。(固くなれ)と指示する時は、ダイヤモンドをイメージするかヤシの実のようなものを想像するかで性能も効率も大きく変わる。


 布の創造時には、刃物や弾丸が弾かれる場面を想像してあげると効率よく、広い面積の加工ができた。


 防御性能と機能性を向上させるためのいくつかの特徴を付与して出来上がった素材は、普段は柔らかく肌触りもいいのだが強い力が加わると肥厚して固くなり、数秒経つと自然と元の布に戻る、といった性能になった。


 サイズ問題に関しては、いくつかのパーツにカットして、新しく造った布を組み合わせ、またシャツなりパンツに戻すという工程で体の大きさに合わせていくことに。


 俺の能力は日々成長しているらしく、前日に造ったものより今日の方が性能が向上しているように感じたから、ほぼ毎日特徴の付与のやり直しをする羽目になった。


 少ない労力ではなかったが元々そういう繰り返しの作業が苦ではないタイプであること、小心者であること、この二点のお蔭で問題なく続けることができた。慣れというもの恐ろしいもので、最近では力の使い過ぎによる酩酊状態をどこか心地良く感じようになりつつある。


 少しずつ舌が回るようになってきて、単語を組み合わせて意思を伝えることができるようになってからは、この世界への理解度がぐっと深まった。


 曜日に関しては完璧に把握。かつての世界のように一日が七つで一週間。だがここからがちょっと違う。一週間が七つで一ヶ月、それが七つで一年。どれだけ七が好きなんだと言いたいのだが、一年が四つ集まるとまた別の単位になる。前世ではあまりない感覚だから説明しにくいのだが、干支なんかに近いのかもしれない。そして俺は思う。そこは七じゃないのかと。


 どうして七じゃないのかを、そこそこ博識な使用人・テーゼに尋ねてみたのだが、この世界自体の天文学が進んでいないためか、はたまた子供に理解できるように説明するのが難しいのか、すごく難航した。テーゼの話を聞いて俺が理解したのは二つだ。


 まず彼女はなにかを説明するのが、このうえなく下手だということ。


 「つまりあの星がギューンってなってですね坊っちゃん。真上までくるのです。すると別のあ、あぁあれです。あれが追いかけきて、あっちにいくのですね。それが何度か続くのですが……。あれ? 私はなんの話をしていましたかね」


 管理者の方がまだましなレベルである。


 二つ目はテーゼの胸が豊かであるということ。身振り手振りをつけて説明すると揺れるわ揺れる。地震もかくやというほどの揺れである。俺は別に大きいのが好きとかそういうんじゃないんだけど、幸せな気分にならないでもない。いや、本当に好きとかじゃないんだよ?


 以上。どうしてこちらの世界の干支は四つしかないのか、でした。


 話せるというのはいい。


 気分転換になるし、なにより情報収集や希望を伝達するのにストレスがない。まだ若干心もとないが、まったく話せないよりずっとマシだ。


 母・アスナは日中、俺の傍にいないことが多かった。


 どこに行っているのかは知らないが、帰ってくるのはだいたい夕方で、それから調子はずれの歌を歌ったり、この世界の絵本のようなものを読んでくれる。話の内容は英雄譚がほとんどで、クロッキーのようなもので描かれているものが多い。物語はなぜか可愛らしい妖精が敵だったり、鬼が主人公と行動を共にしていたりと、色々カオスだったりする。


 父親はいつ仕事をしているんだと言うほど、常に俺にべったりとひっついている。暑苦しくてむさ苦しく、めんどくさい。


 値切りの仕方や、正しい信頼関係の築き方について熱く語ってきたりするのだが、二歳の幼児に理解できると思っているのだろうか。不思議である。


 マリナスとの遊びやら会話に付き合っているのだが、煩わしさが臨界点に達すると俺はいつも寝たふりをした。すると彼はしばらく俺の胸や髪をなでた後、どこかに消えた。きっと仕事だろう。そうだ、働け働け。


 マリナスがいなくなると、たいがい入れ替わりにテーゼが部屋に入ってきて傍でチクチクと編み物をはじめる。俺が目覚めたフリをすると、彼女は嬉しそうに色々なことを語りだした。星についてだったり、孤児だった幼少期の頃のことであったり、アスナに助けられていまがあるという話、父・マリナスの失敗談などだ。説明は下手な彼女であるが、過去の話などは、以前の世界とは違った感覚が垣間見えたりして楽しい。


 そしてある日、テーゼが会話のなかで魔法について触れた。最初はへぇ魔法があるんだ、すげぇー、くらいに聞き流していたが、もしかすると創造する力も魔法の一種なんじゃないか、これカミングアウトしてたら普通に作業できるようになるんじゃないかと思い至った。


 で、タイミングを見計らって球を造ってみた。


 なぜ球なのか。魔法っぽいからである。


 鉄にすると効率がよろしくないから、プラスチックをイメージして手のひら大のものを造ってみた。黒曜石みたいなキラキラとした球である。なぜか俺が造るとすべて黒くなってしまい、色を変えようとすると付与した特徴が消えてしまう。理由は不明。


 それを見ていたテーゼはしばらくフリーズした後、ドタドタと駆けてどこかに行ってしまった。


 魔法がある世界ならこれくらいできても問題ないよね、テヘ、なんて思っていたが、よく考えればこれは管理人から授かったスペシャルな能力。もしかするとマズかったか。


 あれ? 見世物小屋に売られたりしないよね? しないよね? 家族だもんね? 愛してるって言ってくれるもんね?


 なんか変な汗でてきた。もしかして、これってマズかったか?


 しばらくしてテーゼが両親を連れて戻ってくる。俺はビクビクしながら次の展開に備えて身を強張らせていた。するとアスナが。


 「ねぇファウスト。脅えなくていいわ。テーゼに見せてあげたやつを、もう一度やってくれない?」


 と言ってきた。


 すでにテーゼには能力を見せている。逃れることはできないだろう。俺はなんて軽率でバカだったんだろう。


 後悔してもしょうがない。なるようにしかならない。


 うまくいかなかったら後で管理者に謝ろう。


 勇者は俺の他にもいるんだ。友達だからとかいうわけのわからん理由で勇者にされた俺とは違って、実力で勇者に選出されたエリートが。


 覚悟を決めて球を造る。テーゼに見せたプラスチックの球だ。


 緊張していたために力のコントロールがうまくいかず、創造した瞬間に倒れ込むように眠ってしまった。


 目が覚めると俺は母の腕に抱かれていた。トントン、とアスナの指が俺の背中で拍子をとっている。目が合うと彼女は優しく微笑んだ。


 よかった。売られるような雰囲気じゃない。本当によかった……。


 あれ? フラグたった? 違うからね。これはそういうんじゃないからね?


 「おはようファウスト。ちょっと疲れちゃったね」


 と、母。


 「まさか坊っちゃんが古代の魔法を使われるとは、さすがアスナさんの子というかなんというか」


 と、テーゼ。


 「いやぁ、先祖返りなんて初めて見たよ。まして自分の息子が」


 と、父。


 やっぱりチートじみた能力だったのね、これ。でもなんか勝手に納得してくれてるわ。ありがたい。


 「でもね、ファウスト。人前では使わない方がいいわ」


 やっぱり目立ちすぎるか。


 「お父さんみたいな悪い人が商売のためにあなたを利用するかもしれないからね」

 「違う。違うよアスナ。実際に売ろうなんて考えてない。ただ、この古代魔法で造った球ならいい値がするだろうなぁって思っただけだ」


 うわ、あの球、売ろうとしてたのかよマジかよマリナス最低だな。


 「そう」


 と、アスナが目を細める。体の芯から凍りつきそうなそんな表情だった。


 この人は怒らせたらダメな人だ。以後気をつけよう。


 「ねぇファウスト。魔法は使い方を間違えるとすごく危ないの。魔力を全部使うと気を失って倒れちゃうこともあるし、種類によっては死んじゃったりすることもあるのよ? あなたが使ってる魔法をママが使うことはできないけど、魔法の基礎は全部一緒なの。教えてあげられることは多いと思うわ。よかったら一緒に勉強してみない?」


 おぉ。なんか弟子入りルートが発生したぞ。これは助かる。


 「テーゼも私から魔法を学んだのよ。フフフ」


 まじか。テーゼも魔法を使えたのか。全然知らなかったな。いやぁでも、こんな身近に魔法が使える人がいるなんてマジ運がいいな。いや管理者があえて選んだのかもしれない。もしかするとアスナの子供だから創造する力を勧めてくれたのか? だとするとかなり有能だぞ管理者!


 成長率の向上もあるし、魔法を習得したらそこそこ戦力になるのでは? 創造する力だって産廃認定していた時期もあったけど、効率さえ上がれば何気にいい能力かもしれない。戦闘中にいきなり武器を創造してバーンみたいなことができたら奇襲性能高いよな?


 いやぁよかったよかった。


 ん? テーゼ? なんだその捨てられた子犬をみるような目は。


 ん? お父様? なんで手なんて合わせてるんだ? やめろよ縁起でもない。

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