第10話 人形屋サン
かなり苦労して母の教室を卒業したのだが、ここで俺は燃え尽き症候群のようになってしまった。
それまでの俺は毎日おなじことをしていた。
魔力が枯渇するまで体を酷使して気を失い、母に冷水を浴びせられ目を覚ましてまた魔法を使う。
シンプルであったが濃密な毎日だった。エネルギーの操作がうまくなっていく自覚があったし、創造する力で仕上がったものは日に日に高品質になっていく。それなりにやりがいがあったのだ。
次のステップとして属性魔法を習得していくというものがあったのだが、これは凄く簡単だった。
「これまでの過程で魔法の発動に必要なことはすべて体得してるわ」
こう断言する母の言葉に嘘はなかった。
まず体に魔力を纏う。そして属性ごとに適した形に変形させ、イメージをする。電気なら雷の形、風ならつむじを。
そして発動する。
溜めの時間を長くとるほど威力や範囲は上昇し、短ければそれだけパフォーマンスが下がってしまう。訓練を続ければより速く、より強い魔法が発動できるようになるそうだが上達の速度はあくびがでるほど遅い。
「ファウスト。魔法は一生かけて形にしていくのよ。焦っちゃダメ」
母はそう言うが、別に上達が遅いことを嘆いているのではない。難易度が低いことが問題なのだ。あるいは母の修行を通して、俺も真正の変態の仲間入りをしてしまったのかもしれん。
なにをするにもやる気が出ない。
一応、日々の訓練は欠かさずやっているが逆に言えばそれ以外はまったくだ。常に体の周りに電気を纏わせているし、精密な魔法の操作を体得するために風魔法を用いて庭の掃除や木の
なんとかしなくては。このままではいけない。
ある日、ふと的当てのようなものをしようと思いついて、無駄に広い庭に射撃場を造ってみることにした。
まず地面にエネルギー伝導率が高いタイルを敷き詰める。的を外した時に建造物を傷つけないように属性の特徴を付与した壁を造り周囲を保護。最後に魔力に反応してランダムに飛行するドローンもどきを制作して配置したのだが、これがなかなか苦労した。
様々な仕組みを試したのだがうまくいかず。
で、結局メイドイン俺の素材、なんちゃってカーボンを使い、「魔力に反応してランダムに飛行する機構を付与しろ」と念じたうえ、ドローンを創造した。
指示が曖昧だったためか、ランダムという複雑な要素があったためか、魔力は抜けていくのだが、なかなか飛んでくれない。
一週間かけてようやく少し飛べるようになって、そこからひと月かけ、的として必要最低限の飛行能力を付与することができた。もちろんドローンがどこかに飛んでいってしまわないようにネットを造ることも忘れない。こうして、約二ヶ月の製作期間を経て、俺専用の射撃場ができあがった。
床に魔力を流してドローンを飛ばす。ドローンは一回のチャージで約三十秒間飛んでくれる。俺はそれに向けて魔法を放つ。ドローンの動きはそこそこ速く、軌道も予測できないからなかなか当たらない。俺は夢中になって的当てを楽しんだ。徐々にドローンの数を増やしていき、難易度を上げることも忘れなかった。
このようにして燃え尽き症候群を脱した俺であったのだが、射撃場はなかなか良いアイデアであったと思う。属性魔法のクオリティは日に日に向上していたし、なによりドローンの調整と新たな機体の制作は何度しても飽きなかった。
一つ目の機体は常に同じ速度で飛行していたのだが、二つ目の機体には急加速、急停止する動きを新たに加えた。三つ目の機体には動くシェルターをつけ、そこに当ったら無効というルールを設けて的当てを楽しんだ。
急な動きをする的には、魔法を発動した後で軌道を変えるという手法で対応し、シェルターに対しては電気と風の魔法をぶつけて反発させ、直角に曲げるという方法で乗り切った。
この過程で俺は、二種類の魔法を同時に発動させるという技を身につけた。右手で電気を、左手で風をといった感じで。徐々に錬度が上がっていって、人差し指で風、中指で雷みたいに細かく分けることも可能に。
もしかして風と電気の魔法を混ぜて発動させることもできるかもしれないと思いついて、おなじ場所で同時に発動させてみたら普通に成功した。電気が風に乗り、的に命中する。互いの性質を持ち合わせているために速度があり、かつ範囲が広い。適性だから魔力の消費も少ないのも利点だ。なかなか使い勝手が良さそうな魔法じゃないか。
偶然通りかかったテーゼに新しく開発した魔法を自慢したらなぜだかわからないが引かれた。まじかぁ、みたいな感じで露骨に引かれた。
「テーゼから聞いたんだけど魔法を混ぜて発動したの?」
その日の晩、母が尋ねてきた。
そこで俺は同時発動した魔法で花の形を造って母に見せてみる。すると母からも引かれた。露骨に。
おい。息子がたくましく成長してるんだ。引くなよ。
射撃場の訓練は毎日続けた。雨の日でも楽しめるように屋根をつけ、採光のための魔道具を天井に取り付けてみることに。
なんだかんだで建造物やドローンを造ってる時が一番幸せかもしれない。ボクは楽しくてしょうがないよ。
ドローンは五機まで増えた。一番新しいものは俺の動きを記憶、判断し、最もリスクの少ない場所に逃げるというもので、四号機までに使用したすべての技術を用いて造ったから、なかなかキモい動きになった。
急旋回、急停止、車輪による床の走行、シェルターによる防御と、ぶつけた魔法をエネルギーに変換して速度を上げる機構。ふと我に返って五号機を眺めると、どうしてこんなキモい物を創造してしまったのだろういう後悔の念が押し寄せてくるレベルの仕上がりだった。
そんなある日の夕食後。
俺はいつものようにクタクタになるまで的当てを楽しんでから、帰宅した。
四号機まではほぼ外さず当てることができていたのだが、五号機の動きは掴みにくい。こちらの魔法を認識して動くのだが、シンプルに最高速度があるうえに敏捷性があるためなかなか当たってくれない。何とかヒットさせたと思ったら、それをエネルギーに変換してより速くなる。四発も当てると、弾速より速くなるため正攻法では絶対に当らなくなってしまう。
機体が独自で判断して回避行動をとるので予測撃ちの類も出来ない。手数を増やして逃げる場所を減らしていき、袋小路になった場所に魔法を置いておくイメージで放つのが方法が一番安定するのだが、この方法で当てても妙な敗北感がある。正攻法で当てたいのなら、もっと魔法の弾速を上げるしかないだろう。
どうやったら弾速が上がるだろうかとあれこれ考えながら家に戻ると、両親がケンカしていた。ケンカというより一方的なお説教タイムだ。
「犬でももっと賢いわよ。そうは思わない?」
母が微笑んでいる。正座する父の背中が豆粒みたいに小さい。
「でもこれはいいものなんだ」
呂律が回ってないようだ。相当飲んでるな。
「そうね。価値があるのはわかるわ。でもこれ、何に使うの?」
どうやら酔ったマリナスがまたなにかを買ってきたらしい。
どれどれ今度はなんのガラクタを買ったんだと覗のぞいてみると、母の手にはキレイな青い石が握られていた。
宝石か?
「あぁファウスト。これを見てちょうだい。マリナスたらまたこんなものを買ってきたの」
「それはなに?」
「魔核よ。メロウのものらしいけど本当かどうかなんてわかりっこない。これが教室の収入の三ヶ月分よ? 信じられる?」
「魔核?」
「そうね、魔核。神様の加護がある場所に生息する生き物にはこういう風に核があるの。宝石みたいで綺麗でしょ? 内部には魔力が含まれているのだけど、これを使うくらいなら自分の魔力を使った方が効率がいいわ。物好きな収集家なんかがいるそうだけど、たいした実用性もない。はぁ。ねぇマリナス、聞いてるの?」
母が手にしている魔核は、湖面のようにキラキラと輝いていて美しい。吸い込まれそうな魅力がある。
「ねぇ、それ僕が貰ってもいい?」
「どうせ持ってても使い道がないんだから、どうでもいいんだけど……」
「ダメだ! ダメに決まってる! これはオモチャじゃないんだ」
アスナは無言で電気の魔法を発動する。ビリビリビリビリ。
「おやすみ、あなた」
うん。怖い。
「安い物じゃないから大切に扱いなさいね」
さて、こうして俺は魔核なるものを手に入れた。
大きさはニワトリの卵くらい。鉄のような重さはないが、そこそこ固いようだ。
よく観察してみると所々に小さな亀裂のようなものが走っている。創造する力で虫眼鏡を造って見てみると、亀裂と思っていたものは複雑に関連しあった回路のようなものであることが判明した。
もしかして神経みたいなのが通ってたのか? 試しに回路に沿って魔力を流してみるがなにもおこらない。魔核はただキラキラと輝いているだけだ。
どう扱っていいものやらわからず、とりあえずいつもポケットに入れて持ち歩き、寝るまえは枕元に置いていた。時折、手にとっては観察してみたが、別段新しい発見もなく、またポケットに収めた。
創造する力で特徴を付与してみようと思いついたのは、三日後、朝目覚めてすぐだった。ふとそう思ったのだ。
早速やってみたのだが、力が抜けるだけで魔核にはまったく変化がない。どれだけやってもメイドイン俺の証である黒への変色の兆しもない。
これはあれか、もしかしてアンタッチャブルなやつなのか。
ていうか、コレ、生物の核になるんだよな。ということは体さえ造ってしまえば、また動くようになるのでは? 俺専用のメイドみたいになるのでは?
夢が広がるぜ。
と、暇つぶしくらいの感覚で、魔核の体を造ってみることに。
筋肉や骨格の知識がなかったので、マリナスの所蔵する医学書をひっぱり出してきて勉強してみた。まず骨格標本を参考に軽い金属で骨を造ったのだが、頑丈に造ろうとするとコストがかかる。だが脆く造ったらなんか可哀想な気がして、(折れにくい)という特徴を付与した。
内臓関連は医学書通りに造ろうとしたのだがコストが高すぎてとても造れない。で、魔力で動くように設定した。これはドローンにノウハウを生かしてみたらうまくいった。魔力の供給はその都度俺がすればいいだろう。
筋肉はゴムをイメージ、脂肪は粘土を、皮膚は絹をイメージして創造した。
サイズは俺と同じくらいの背丈のものに。深い考えはない。なんとなくね。
ところで魔核はどこにはめ込めばいいのだろう。やっぱ胸だよな。そういうイメージだもんな。
うん、イメージって大切だ。
で、出来上がった人形の胸に手をあてて魔力を込めてみる。
正直に告白しよう。
これで動くなんて微塵も思ってなかった。
だが人形は立ちあがった。そして何歩か歩いてから。
ガンっ!
盛大に転倒した。
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