第3話 転生 ノ 理由
転生してからある程度の時間が経過した。
正確にどれくらい経ったのかはわからん。
陽が高いうちに目をつぶって、体が軋むくらい眠り続けて目が覚めても、まだ陽が高いままだったりする。丸二十四時間眠ったのか、それとも数時間眠っただけなのかよくわからない。なにもかもが曖昧で不確かだった。
この身体に慣れれば、時間の経過を正確に把握できるようになるのかもしれないが、いまはまだできそうにない。とにかくこの身体は疲れやすくて空腹に弱く、ひたすらに眠たいのだ。冷静になにかを考える余裕なんてない。
覚醒している間はノイズの偏執的な授業は続き、脂ぎった父親のキスの嵐に耐え、母親の音の外れた子守唄を聞き続けることになった。俺はいまにも粉砕しそうな心をなんとか支えながら、新しい生活と家族に慣れていこうと努力した。
(偉大な言語)に関しては、簡単な単語位なら理解できるようになった。
例えば、私、あなた、たらい、お湯、食事、排尿、家、天気、夫、妻、使用人、などである。まわりの大人たちの言葉のなかから繰り返し使われるもの、自分に関わるような単語が、なんとなく把握できるようになってきたのだ。
文法は英語に近いようで、(私)や(あなた)というような意味の単語から文章がはじまることが多いようだった。
(偉大な言語)の意味に関しては、ノイズの授業でも触れられることがあり、それが言語習得の助けになったりもする。
――それは、尿、と、いう意味。あなた、の母親、が尋ねている。尿、か食事、か。
このように、彼女の授業のお蔭で知りえた単語もいくつもあった。
そして根気強く彼女と会話を続けていくうちに、なぜ俺がこの世界に再構成されたのかであるとか、俺がすべき仕事、使命について知ることになる。
彼女もありがたくも難解な授業を要約するとこんな感じだ。
俺が存在していた宇宙のようなものはここの他に六つあって、それぞれに管理者、神のような存在がいる。
管理者と普通の生命体がコミュニケーションをとるのは本来、体に多大な負担をかけ、《壊れる》原因になるから、俺たちのようなケースは特例中の特例らしい。使命を与えられた俺たちは管理者と会話しても壊れないように設定されているとのこと。
それぞれの世界から選ばれた代表者は俺以外に五人いて、それぞれが仕事を遂行するために、ほぼ同時期に産み落とされている。俺たち選ばれた者は、それぞれ力を合わせて目的を達さなくてはなならない。
目的、とは無限の命をもつ侵略者を排除ないしは無力化することだ。ちなみに侵略者とはある一個体のことを指し、集団や種族のことではない。
つまり俺はこの偉大な世界の偉大なる魔王を倒すために転生させられたわけである。
俺が住んでいた場所の名前は (名のない世界)であり、そこには俺がよく知る宇宙がある。白鳥座があり、アンドロメダ星雲があり、エウロパがあり、天の川銀河があり、ホモサピエンスが支配する惑星・地球があるわけだ。
六つの世界の中心がこの(偉大な世界)であり、他の世界は、この(偉大な世界)を安定して存続させるために創られた。世界を創るとかいう神話じみた規模の話はよくわからんし実感が湧かないからとりあえずスルーしとこう。
そして現在、魔王のせいで均衡が崩れそうになっている。
かくなるうえは六つの世界を消滅させて、そこに世界が存在していた、という事実をエネルギーに変換し、管理者たちが自らこの(偉大な世界)に降り立ち救うしかないのだが、六人の管理者は、それぞれが創造した世界に愛着があり、消滅させるのは気が進まない。だから強い個体を派遣し、破壊の根源を潰してしまおうという話になった。
選ばれた勇者は、体が完全に成熟しきるまで、つまりは大人になるまでは改造可能で、いくつかの特別な能力を入手することが出来る。
侵略者に対抗する牙を授けられるというわけだ。
だが、わからないことがある。
まず真っ先に浮かぶのは、どうして俺が選ばれたのか、ということ。
管理者が選ぶのは強い個体である。地球上には俺より強い奴なんて腐るほどいただろう。体や精神の強さ、賢さや立ち回りのうまさ、危機回避能力、強さの基準はいくつもあるが、きっと俺の完全上位互換のような人物も存在していたはずだ。
もしも俺が神ならば、俺みたいなメンタル弱者のひきこもりではなく、軍人やアスリート、冒険家、そういう心身が強い人たちを選択する。
その疑問を彼女にぶつけると、こういう答えが返ってきた。
――あなた、は私、と友達だか、ら選ばれた。唯一、の友達だ、から。
念のため確認しておくが、俺に友達はいない。大切なことだからもう一度言っておく。
俺に、友達は、いない。
他人の目が怖く感じはじめたのが小学五年生くらい。引きこもるようになってからは一日中ベッドのうえで生活していて、外界と俺を繋いでいた窓はPCのモニターだけだった。
定期的に連絡をとりあっている人物なんてもちろんいないし、もう一度言う、友達なんてものは、ただの一人だって存在していなかったのだ。
誰か別の人物と勘違いしているのではないだろうか。と、疑問をもつと、彼女はすかさず答える。
――私、は管理者。間違いは、しない。
そして謎は迷宮の奥へと逃げていってしまう。
わからないことといえば、どうして俺がノイズのことを女性だと思い込んでいるのかも不思議だ。するとこう返事が。
――私、とあなた、は友達。あなた、は私を。私、はあなた、を知っ、ている。
はい?
そう念じると、彼女はすかさず答える。
――私、とあなた、は友達。あなた、は私を。私、はあなた、を知っ、ている。
壊れたラジオ状態である。
――私、とあなた、は友達。あなた、は私を。私、はあなた、を知っ、ている。
わかった。そうだな。おまえの言う通りだ。俺たちは友達だし、お互いのことはよく知っている。小さい頃はよくお泊り会もしてたよな?
――私、とあなた、の次元、が違う。お泊まり会、はして、ない。
だろうな。
彼女と話していくうちに、ひょんなことから謎が解けるかもしれないが、わからないことを考え続けるのは時間の無駄だし、そもそもそんな疲れることをしたくない。ただでさえ偏執的で難解な授業で心を擦り減らしているのだ。
ちなみに仕事を断ることはできるのか?
――でき、る。でも。断わらない、で、ほし、い。
声はノイズの集合体だし、抑揚なんてものはまるきり存在しないのだけど、彼女が悲しんでいるのはなぜかよくわかった。彼女が悲しくなると俺まで悲しい気分になってくるから不思議だ。
やるよ。ベストを尽くす。そういえば身体の改造についてまだ尋ねてなかった。
――あなた、の体が許容す、る範囲、の能力、を付与、するこ、とができる。
許容する範囲とはどの程度なんだろう。
――肉体、や視覚、の強化、特異、な能力、とか、を体が、耐えら、れる範囲、で付与で、きる。
敵も強そうだし、出来るだけやって欲しいんだけど。
――あなた、の体、は脆弱。いくつも、すれ、ば消滅する。
ならどうして弱い体の俺を選んだんだ。
――あなた、は私、と友達だか、ら選ばれた。唯一、の友達だ、から。
わかった、もういい。ちゃんとわかった。だから繰り返さないでくれ。
――繰り返、さない。
偉いな。お前は偉い。で、どんな改造が出来るの?
――後天的、に取得、でき、る力、はいらない。
つまり、鍛えて取得できるスキルに改造を使うのはもったいない、と。
――そう、なる。
屈強な肉体とか鋼の精神なんてものは努力、鍛錬して手にいれろ、そういう認識で間違いない?
――あなた、は弱い。しかた、がない。
その弱い個体を選んだのはおまえだろ。
――あなた、は私、の友………
そうだ。友達だ。だから選ばれた。わかったから繰り返さなくていい。
――繰り返、さない。
偉い。それで、どういう改造をすれば?
――成長率、を上げ、るのは、いい。あなた、の短所、を補完、する。
いいね。少ない経験値でレベルが上がるんだな。
―― ?
俺がわかってるからいい。それだけしかできないか?
――余地、はある。
感覚の強化はできないかな? 例えば耳がよくなるとか、暗い場所でも難なく活動できるとか。それだけで生存率が上がりそうな気がするんだが。
――それ、は後天的、に取得、でき、るうえ、弱い体、に、負担、がかかる。できない、ことは、ない。でも、すすめ、ない。
そうか……。
成長率の上昇だけでもいいが、改造できる余地を無駄にしたくはない。
――積極的、にすすめ、はしない、けど、創造する、力、はいい。成長率、と類似す、る部分、の改造、のみで完了、するう、え、後天的、に、取得で、きない。
創造する力? いいじゃないか、クリエイティブ勇者。成長率の上昇と相まって、そのうち伝説の剣なんてものもつくれるようになるかもしれないぞ。
――親和性、がなけれ、ば、無駄、にな、るうえ、使用中、は精神力、魔力を削ら、れる。
でも使いこなせれば強いんだろ?
――強い。
じゃあするよ。せっかく人生をやり直すんだ。スペックは高い方がいい。
――改造、をはじめ、る。あなた、はアップデ、-ト、さ、れる。痛み、と苦しみ、が、伴う。許容、範囲、をやや超過、する改造、にな、るから、苦しみ、は、強い。
ちょっとまて、それは聞いてない。楽に強くしてくれ。
――痛み、の、伴わな、い改造、はない。
じゃあ、創造する力は止めよう。成長率の向上だけでいい。
――でき、ない。もう、はじま、っている。
なぁ、ちょっと説明不足じゃないか?
――私、は、謝罪、しなく、ては、ならな、い。
謝れられても遅いよ。痛みを伴うなんてのは最初に説明しろ。ここが病院だったら説明不足で訴えられてるぞ。
――違う。そう、じゃ、ない。
それはどういう――。
ガツンっ!
金属バットで殴られたような激しい頭痛がして、俺は意識を失った。
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