第22話

 昨日は卒業式だった。卒業生だけのイベントのため、ふたりは休みであった。

 もともと3年生と接触はなく、また、年明けからほとんどの3年生は登校しないため、昨日が卒業式と知っているだけで、なにかが変わったとも感じられなかった。

 知識としてもう3年生はいないと知っているだけだった。

「卒業かぁ」

 孝光が雲のない空を見てつぶやく。春の夕方だった。3月初旬も初旬の今日では桜は咲いていない。卒業式に桜は咲かない。印象としては、卒業式、入学式ともに桜が背景だ。

「中学の卒業式はけっこう大きなイベントだったなぁ」と孝光が去年を思い出す。

「そうだよねぇ」

 隣の真由美が答える。大きな白いマフラーが目立ってかわいいな、と毎日思う。

「中学も3年で卒業したのに、高校3年はあっという間におもうなぁ」

「まだ1年しか終わってないのにね」

「この1年がむっちゃくちゃ速かったんだよね」

 わかる、と真由美が小さくうなづく。うなづいたまま帰ってこない。その気持ちはわかる。

「来年の今頃も、1年速かったな、と言ってそうなんだよねぇ」

 孝光が続けたら、真由美が孝光を見上げる。そして、またひとつうなづく。

「……ふたりで、言ってそうだよね」

 駅に向かう商店街はバレンタインが終わり、春を迎え、今はホワイトデーにいろいろ趣向を凝らしていた。

 孝光としては、悩ましいイベントではあったが、今となっては覚悟は決まって、あと2週間の間に気持ちを整える作業に集中すればよいと安心している。

 そんな気持ちの最中に、真由美に「ふたりで」と言葉にされると、気持ちが温まって、空にあがり、落ち着かなくなる。期待と気体が混じっている。

「だよねぇ」

 自分の声が遠い。遠く聞こえる。真由美の顔が、赤い頬が、マフラーに隠された口元が近く見える。

 春になるにつれ、空気も風も温かくなる。

 ただ、今、時々吹く風は冷たく、心地よかった。

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