第19話

 孝光は歩きにくかった。

 月曜の今日から新しい靴を使いだしたのだが、当然まだ固いためとてもとても歩きにくかった。これなら前の靴に戻したいくらいだが、母と姉が同じ靴をいくつか用意して使いまわすと長持ちするとか言い出したのだ。入学当初は成長期だからすぐに靴が小さくなる、と1足だけ買ったはずなのに、と孝光はやっぱり納得ができなかった。

「おお、靴が新しくなったね。この間までのもまだまだ使えそうだったのに」

 真由美がそれにちゃんと気づいた。

「いや、それがなー。お母さんと姉ちゃんが」

 孝光が説明し始めたのだが。

「お姉さんいるの?」

「え? ああ、うん。5つ年上かな」

「そうかー、5つかー」

 孝光にはこういう時の真由美は何を考えてるのかさっぱりわからない。正しくは、いろいろ想像しても全部外れる。とっぴょうしもない考えを巡らせているはずなのだけは当たっている自信があった。

「最近の話題はある?」

「え? 姉ちゃんと話した時の?」

「んー、それでもいいや。なんかこう、お姉さんの人となりがわかるようなベストエピソードが聞きたい」

「要求がむつかしいなぁ。うーん」

「最近話した内容とか」

「姉ちゃんは短大卒業が近いからあんまり会わなくなったんだよ」

「それでさみしいと」

「どうかな……。思い出すと、もう、そんなに話さなくなったなー。ちょっと前まではずっと話してたのになぁ」

 おそらく姉が進学する前まではふたりでしょっちゅう話し込んだ。いや、思い出すと、姉の話を聞いてばかりだったか。姉について話せばするすると言葉が出てくるのは意外だった。家族、それも姉については彼女とうまく話せるのは、理由もなく悔しいような気持になった。

「へぇ。確かに、今お姉さんについて語る孝光くんはいつもよりよくしゃべるなぁ」

「……自分でも、いまそう思ってたから、やめて……。ほんとに……」

「ごめんごめん」

 彼女は笑いながら謝る。

「それで、お母さんと姉ちゃんが靴を買えと言ってさ」

「ああ、そういう流れかー」

「え?」

「いくつかを使いまわすって話でしょ」

「ああ、うん。そうなんだけど」

「私もそうだよ。気づいてた?」

 と、真由美は足を上げて、今日の靴を見せた。青色のスニーカーだった。

 それよりも、夏服で足を上げたので、いつもより近い白い足に孝光の視線は固まった。

「ああ、うん。青いね」

「え?!」

 急いで足を下ろしてスカートを抑える真由美。

「見えた?!」

「そりゃ見えたけど……」

「そこは見えてないって言ってよ……」

「え? でも見てほしかったんじゃないの?」

「靴だけ!」

「だから、青い靴だね、と」

「え?! 靴?!」

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