第13話

 冬休みが終わると、風が強くなった。

「困るといえば困るけど」

 駅へと向かう帰路の途中で真由美が、孝光にその風についてしゃべっていた。風が強くて、体育で、当然冬は持久走なのでどうしようもなかった、から始まった話が、どうにも孝光には相槌のうちづらい内容へと変わっていったのだ。

「外はコートを着てるし、学校だと風は関係ないしで、体育くらいなんだよね」

 今も強い風が一陣吹き抜けた。しかし真由美の紺の制定コートはあたたかく彼女を守った。

「寒くないの?」

 孝光は聞く。なぜかコートは丈がスカートとそろって、足まで暖かくはしてくれない。なお、孝光はパーカーの上に学ランだった。

「黒タイツだからそうでもないけど……。冷たいんだよね、タイツって」

「あー、俺も、ズボンは冷えるんだよね」

 かといって、タ父親のようにズボン下を履くのはまだ抵抗があった。学校の中だと暑そうとも思えた。

「寒い、と、冷えるは違うんよね」

「あー、そうね。寒いは予想みたいに思える」

「寒そう、やっぱり寒い、だよね。冷える、は今の体感」

「でも、寒いっていうよね」

「寒いものは寒いよ」

 今こうしてしゃべっている間も、風は吹き、それが足を、鼻を冷やしていく。制定鞄は持ち手が冷たいので、ふたりともリュックサックだ。なので背中は寒くない。

「でもね」

「うん?」

「気づいてた? 寒くなってからわたし、ちょっとづつ孝光くんに近寄ってるんだよ」

「えっ」

 そういえば、夏から思うとずいぶん真由美の髪が近くなったような、ときどき袖に触れるような気はしていた。

「だからね」

 そっと、手袋の彼女の手が孝光の手を包んだ。

「……もう、手をつなぐしか、これ以上近づけないな、と思ってたんだよ」

 小さい手が、手袋ごしでもわかる細い指が、孝光の素手をつかんでいた。精いっぱい握りしめているのがわかる。それはまったく痛くなく、その力加減に彼女らしさを感じられた。

 あ、そう、そうね。

 相槌を想像したが、口には出さなかった。

 ちょっとだけ握り返した。冷たくならないように。

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