第11話

 12月になり、少し過ぎた日だった。日ごとに寒くなり、風が厳しさを増してゆく。クリスマスでもなければ生きていく目標も持てない日が続く。南半球は夏だという知識が信じられない。

 街はクリスマスを盛り上げていた。緑と赤のなにかが目に入らない角度はない。クリスマスが迫っていると忘れないようにだろうか。

 孝光だって、今年のクリスマスは意識していた。春のあの日からクリスマスを忘れた日などなかった。まさか自分にも、とまた、同じ思考へと進んでいく。頭を振ってそれを止める。それはもうさんざん考えた。

 もはやそれを考えている時ではなく、実際的な計画が必要な時期だった。とはいえ、経験がなければ、知識もない。

「クリスマスはどうしよっか」

 真由美があっさりと言ってきたので驚いた。

「あひっ、どうしようかって、ど」

 何度も何度もイメージトレーニングをしたはずだが、あまりに想定と異なる展開のため、まったく言葉が出てこなかった。経験値がなさすぎる。だと、すると真由美ちゃんは経験値があるとなり、それはそれで混乱するというか……。まって、真由美ちゃん!

「クリスマス。楽しみだよねー。どうする?」

「え、えっと、一緒には過ごしたいんだけど」

「じゃあ、うちに来る?」

「えっ」

 マイナスとマイナスをかけるとプラスになる、みたいに、思考が冷静になった。なるほどこれか。

「うん。安心して、とうさん、かあさん居るから」

 強い言葉で胸を張る。まったく思考についていけない。孝光は冷静さが増していく。いや、これは。知っている。混乱の極みの真由美は、見た目冷静になるんだ、と。

「じゃあ、いったん外で一緒にお昼を食べて、お土産を選んで、真由美ちゃんちに行こうか」

 ここはこちらの冷静さを維持するしかない。果たして自分が冷静なのかもはや判断がつかないが。大丈夫だ。まったく考えていなかった日程だが無理はない。

「……はい」

 真由美の小さな小さな声。どうやら落ち着きを取り戻したようだ。

「その、ご両親に僕の紹介は済んでるのかな」

「……はい」

 えっ。どのように?! と聞きたかったが、元にもどった真由美に聞けない。孝光はまだ真由美について家族の誰にも言っていない。

「お、お正月は、帰省とかあるのかな?!」

 真由美が目を強くつむって声にする。孝光も見ていられなかった。なので、そっと手を握った。いつもの手袋越しに細い指を感じる。おんなじ気持ちだよ、と伝わるように、そっと、でも、ぎゅっと握る。

 もう一回再起動した真由美が孝光を見た。

「お正月は、僕の家においでよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る