第6話
駅へと続く幹線道路沿いのゆるい下り坂には商店が並んでいる。それは幹線道路を挟んだ向こう岸も同様だった。学校から駅へのみちのりに利用するだけの坂道なので、道路の向こう側は見えているが遠い向こう岸だった。校門側の岸を歩けば駅に着く。改札は学校側にしかなく、興味から向こう岸にわたっても、電車に乗るためにはまた道を渡らなければならない。
「向こう岸って行ってみた?」
真由美が孝光を見た。すこし視線を絡めると「行ってないな」とそのまま答えた。孝光はときどき真由美を見ながら歩いていたので、それをとがめられたような気持になったため、答えるのがわずかに遅れた、ような気がして後ろめたかった。まっすぐ前を見たまま歩く真由美の姿は、顎にそろえたボブカットが調子よく揺れ続けて見飽きない、なんて言える道理はなかった。この身長差が恨めしい。似たような身長なら横顔が見られるのに。
「これから行ってみないかね」
「え?」
ふたりはあの日以来毎日ともに下校しているが、孝光は、真由美の最短距離を行くような視線と足取りから、早く帰りたいその気持ちを邪魔できないと思っていた。
「次の信号で渡って、すぐのパン屋に寄ろうじゃないか!」
孝光としては、すこしでも長くいっしょに帰れるのなら大歓迎だった。
「知ってる店なの?」
「毎日見てるから知ってるとはいえるかなー」
「そうか、見てもないや」
と、さっそく信号の時機よく幹線道路を横断すると、目当てのパン屋に入った。
店内は木づくりの床、棚で、下校時刻ともなるとずいぶんとさみしい品ぞろえのように見えた。それでも同じ制服姿の女の子が幾人かトレイとトングを手にして品定めにパンを睨んでいた。
隣に真由美の髪が揺れている。パンのにおいをすこしでもかぎ分けようと鼻の向きを動かしているように見えた。
「今日はこれで」
真由美は悩むしぐさもなく、メロンパンをみっつ選ぶと会計に向かった。
「孝光くんは買わないの?」
「とりあえず一周する」
なんとなく時間をかけたくて、真由美をおいて棚をめぐる。メロンパンは店内入って左すぐ。そこから棚を左手に見ながら店内を1周。孝光の自宅近くのパン屋よりはずいぶんと狭い。メロンパンから始まり、空のお昼ご飯向けのパンから、最後に朝食向けのパンと並んでいた。1周回って、カレーパンとやっぱりメロンパンと決めて、もう1周した。
「メロンパンは店の良しあしがわかるからな」
真由美がまだトレイにメロンパンを乗せたままだった。
「あれ?」
「せっかくだから一緒に会計くらいは楽しもうかと」
待っててくれたようだ。レジ待ちはなく、手際よく会計を終えそうになったその時。
「スタンプカードはお持ちですか」
「持ってないです」
「作りますか」
「是非」
そんな積極的な答えがあるか、と思っているうちに、やっぱり手際よくスタンプカードが発行された。次いで孝光の会計。真由美は店の端で制定鞄をあけていた。メロンパン3つも入るのかな? と見ているうちに、孝光もスタンプカードを聞かれ、同じように作ってもらった。
パンとスタンプカードを受け取る。二つ折りのスタンプカードで裏面に特典の説明と住所と名前を書く空欄があった。スタンプ10個ごとに特典パンと交換できる仕組みだった。最後の40個の特典と交換すると使い終わりなので店が回収し、その住所に広告ハガキでも来るのだろう。
検討するまでもなく、パンは鞄に入らないので、スタンプカードとおつりを財布にしまっていると真由美がそばに来た。
「スタンプカードを作ったのかい」
「うん、真由美ちゃんも作ってたじゃん」
「そうそう、作ったんだけど、私はなくしそうだし、忘れてスタンプをもらい損ねるなーと思うのですよ」
「はぁ」
そういう人にはスタンプカードは向いてないのでは?
「だから、私のスタンプカードは孝光くんが持っててくれないかな」
真由美がスタンプカードを差し出した。
「それくらいいいけど……」
そんなにこの向こう岸のパン屋に来るかな? と思わないでもなかった。
「カード裏の特典を見てない? パン1個にスタンプ1個、20個で詰め合わせ一袋だよ」
え? 自分が見た内容と違うので裏面を確認した。
「ちゃんと持っててよね」
ちゃんと真由美が住所と氏名を書いたスタンプカードを財布にしまった。
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