第5話
「おまたせー」
真由美の声に孝光が振り返る。「おつかれ」「それもなぁ」と瞬発的なやりとりをしながら、自然にふたりで校門を出る。
「それでね、ちょっとね」
「あの、真由美ちゃん。今日は、僕がしゃべってもいいかな」
いつものように話し出した彼女を止めたくて孝光がすこし早口に言う。
それを察した真由美が声を止めた。そのまま孝光を見る。孝光は見上げる丸い瞳を見る。
「真由美ちゃんの話は面白いし、声も好きだけど」
「うひっ」
真由美は急いで前を向いた。
「いつもいつも話してもらって、僕が真由美ちゃんを知れてうれしいんだけど」
「うひっ」
真由美は急いで鞄を持っていない左手で顔を覆った。
「真由美ちゃんに僕の話を楽しんでほしいのと、何を考えてるか知ってほしいと思うんだ」
「うっひゃあ」
真由美は急いで足踏みを始めた。
「といっても、話したい出来事はないんだけどね」
「いやいや、孝光くんの声をもっと聴きたい。そうか、自分のこういう気持ちも気づいてなかった。そうかー」
「声?」
「LINEでやりとりが多いんだけど、声、調子、表情、言葉選び、とか、そういうのって、記憶じゃないですか」
「はぁ」
「こう、ほら、ひとりの時に思い出すのって文字じゃないですよ」
「あああ、そうそう。LINEは真由美ちゃんの声で読んでるなぁ」
「うひっ」
「真由美ちゃんは僕の声で読んでる?」
「うーん、うん、そう、かな。……そうです」
「そうかー。真由美ちゃんも声で読んでくれてるならよかった」
「孝光くんが、私の声を再生してるって知ると、なんか、こう、ふわんとします」
「ふわん」
「自分の中に、ちょっとづつ孝光くんが転送されてきてる感じ」
「転送」
「そうかー、私のほうが先に孝光くんの中にいっぱい入っていったんだなー」
「僕としては、彼女の声とか表情がいっぱい知れていいんだけどね」
「うひっ」
「その、うひっ、って声は今日初めて聞いたので、覚えるよ。忘れない」
「かーはー」
真由美はもう一度顔を抑えると空を見上げるのだった。
「で、聞いてよ真由美ちゃん」
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