第35話 早朝の来訪者
/真斗
「ったく人使いの荒い奴だな」
「黙れ。昨日一日何もしなかったんだ。遊んでばかりいられるか」
いや、俺は遊んでねーし。
「ふわあ……」
欠伸が止まらねえなあ……こりゃあ。
早朝のこの時間、外は刺すような寒さだったが、事務所内は意外に暖かかった。
それもそのはずで、深夜の四時――というか朝近くまで、どたばたしていたのだから当然だ。
昨夜の一件がとりあえず片付いて、俺が自分のマンションに戻ったのもそのくらいの時間で、帰ってみれば茜のやつがちゃっかりと起きていやがった。
酔いも覚めて、完全復活していた茜は、いったいどこに行っていただの散々と質してくれて、こっちはちっとも休むことができなかったという始末である。
簡単に説明をして、俺が寝れたのはあいつが勝手に朝飯を作っていた一時間ほどのことだ。
そしてできるなり叩き起こされて、朝食を食べたと思ったら、事務所まで強制連行されたというわけである。
……まあ、事務所には要と柴城さんがいるわけで、所長代行としてはのんびりしていられないというのも分かるが……少しは休ませてくれって。
事務所に人の気配は無い。
黎も由羅も、自分のマンションへと帰ったのだろう。
「二人とも寝てるだろーし、静かにしろよ」
「言われるまでもない」
ふん、と鼻をならす茜。
自分がダウンしている間に色々あっただけに、それなりにお気に召さないんだろうな。
自業自得だけどさ。
「茜、あったかいの淹れてくれ」
「自分で淹れろ」
「いいだろ別に」
「……ふん」
食い下がると、茜は水を沸かしに奥へと入っていった。
あー……しかし眠い……。
そのまま机の上に突っ伏すことしばし。
不意に大きな音がして、事務所の入口が開いた。
「……あん?」
誰だこんな朝っぱらから、と思って顔をのそりと上げれば、お呼びもしない奴が仁王立ちしてやがるし。
「――おはよう、真斗。早いのね?」
そういって現れたのは、もちろんよく知っている奴で。
つん、と顎を反らしたような雰囲気が、まさにこいつの性格を表していて、生意気に見える。
もっとも実際には、見た目以上に偉そうな奴なんだが。
「なんだよアルティージェ。イリスはいないぞ」
「別に今日はあの子に用があるわけじゃないわ」
我が物顔で入ってきたアルティージェの前に、不意に現れる人影。
「――何の用だ」
エクセリアである。
「ふん、朝からご挨拶ね?」
睨み合う二人。
……はあ。
相変わらずの仲の悪さだよなあお前ら。
「不必要に真斗には近づくなと告げたはずだ」
「あなたもあまりべったりしていると、嫌われるわよ? まあ、そうなったらそうなったで見物だけれどね?」
「――――」
バチバチ、と火花が飛び交う。
「んで、何の用だ?」
威嚇するエクセリアの頭をぽん、と撫でてなだめると、俺は話を引き戻すことにした。
正直見ていられない。
「そんなの決まっているわ。想像もつかないの?」
想像ねえ……。
「耳聡いな。どっから聞いたんだよ」
「こういう時はエルオードも役に立つのよ」
「なるほどな」
……まあ、こいつがこんな朝っぱらからやってきた理由は、想像に難くない。
「アルティージェ。お前も飲むか?」
突然の訪問者を少しも気にした風も無く、奥から顔を出した茜が声を上げた。
「ええ、いただくわ」
頷いて、近くの椅子に腰掛けるアルティージェ。
「言っとくけど、柴城さんなら寝てるぞ」
「そうなの? なら待つわ」
予想通りで、アルティージェの目的は柴城さんだったらしい。
このアルティージェ、誰に対しても超然とした態度を崩さないが、唯一の例外があるとすれば、それはもう柴城さんしかいない。
「気長なんだか気短なんだか」
いいけどさ、別に。
そこで欠伸を一つ。
「……眠そうね?」
「ああ、眠い。昨日色々あって、あんまり寝てないんだよ」
「ふうん。相変わらず不便なものね、人間って。エクセリアもどうせならもっとマシに認識すればいいのに」
「わたしはこれ以上ないくらい、真摯に見ている」
「どうかしら」
「アルティージェ……」
挑発に、あっさりと怒りを面に出すエクセリア。
「こらお前ら。どーしてすぐ口喧嘩し始めるんだよ」
エクセリアも相手がアルティージェになると、妙に短気になるし。
「だって仲悪いもの。嫌いだし」
「わたしもそなたは嫌いだ」
「なら仕方ないわ」
……あのなあ。
聞いていても仕方ないので、話題を変えることにする。
「ところでお前、要に何か物騒なことを教えただろ?」
「? 何のことかしら」
「惚けるなって。あいつ、かなりヤバそうな禁咒っぽい咒法を使いやがってな。あーゆうのをこっそりと教えそうなのってイリスだけど、要はイリスのこと苦手にしてるし、となると考えられるのはお前しかいないんだよ」
「――どういうの?」
「黒い炎。茜が使うのによく似てたぞ」
「ああ、あれね」
得心いったように、アルティージェは頷く。
「あれは茜公認よ? ねえ?」
「何のことだ?」
顔を出した茜が、首を傾げる。
「この前あの子に教えてあげたでしょう? 八ツノ禍ツ火――を」
「ああ、あれか」
「何だよどーゆうことだ?」
俺はちっとも分からないぞ。
「私が頼んだんだ」
やってきた茜も手近な椅子に座って、何かを取り出してみせた。
「銃弾……? それってもしかして」
「そうだ」
茜が見せたのは、サイズの大きい銃弾だった。
もちろん、俺が使っているものではない。
イリスが茜のためにと作ったもので、中にはとある強力な禁咒が収められている。ゼル・ゼデスの魔炎とかいう、物騒な。
「で、これが?」
「ゼル・ゼデスの魔剣――これは、元々イリス考案のものだってことは知っているわよね?」
「らしいな」
聞いたことはある。
「でもそのイリスも千年前に、プラキアという名の魔族が完成させたゼル・ゼデスの魔炎を身に受けて、初めて禁咒に触れ、自分なりに同様のものを考案したのだけれどね」
「はあ」
「わたしのお父様が作られた
十魔の武器というのは、シュレストという魔王が作ったとかいう魔剣の類のことだ。
俺がこいつにもらった
にしても、いきなり話が飛びやがったな。
「これは、そのプラキアという魔女が受け継いでいたもので、最初の持ち主はわたしのお姉様であるメルティアーナ。プラキアはこの武器を参考にして、あの禁咒を完成させたのよ。そういう意味では彼女、とても優れた魔女だったわ。当時では最高の、ね」
「……それはいいとして、それと要の話がどう関係あるんだ?」
「せっかちね」
そりゃ悪かったな。
「
「するとなんだ。要が使ったのは、お前の親父が作った咒法で、いわば茜が使ってる咒法の
「そういうことね」
その通り、と頷くアルティージェ。
なるほどどうりで似ているわけだ。
と、疑問が過ぎる。
見透かしたように、アルティージェは口を開いた。
「どうして茜と同じものでなく、わざわざオリジナルの方を教えたのかって言うんでしょう?」
「ああ」
「理由は簡単。イリスはひねくれてるからよ」
「はあ?」
何なんだ、それは。
苦笑したのは茜だった。
「イリスは生まれた時から死神だろう? 常人とは違う。考え方も、思考力も。だから彼女が考案したものは、正直複雑すぎるんだ。いかに禁咒の類だったとしても」
「……それで?」
「でもお父様は、元は人間だもの。だから構成としては比較的簡単――というか、無駄のないものを作ったの。茜くらいならばともかく、あの子じゃとてもあの魔炎は扱えない。で、わたしがオリジナルの方を教えてあげたってわけ」
なーるほど。
「しっかし……いくら簡単って言っても禁咒とかいう代物だろ? よくもまあ、教える気になったよな」
「もちろんゼル・ゼデスの魔炎のオリジナルとはいえ、常人が扱うにはレベルが高すぎるわ。ここにきていくら上達したとはいっても、それでもあの子には無理。――で、それを使うことにしたのよ」
言って指差すのは、茜の持つ銃弾だ。
「もう分かるだろう? つまり、すでに用意された咒法を流用しているというわけだ。これならば、負担は半分以下ですむ」
銃弾に封じられている咒を、引き出し維持するだけならば、確かに負担は軽減できるか。
なるほどな。
「ふうん。そりゃまた色々考えたもんだな」
これは画期的といえば、画期的な手段なのかもしれない。
よく考えたもんだと思う。
「にしたって、物騒には違いないだろ? 要のやつ、それを使った後、ぶっ倒れてしばらく気絶してたんだぞ」
「当然よ。制御するのは本人の力量次第。彼女にとって、かなり辛いものであることには違いないわ。けれど本人も望んでいたし、茜も頼むって言うから」
ほう、茜がねえ……?
「どういう風の吹き回しだ? お前が、だなんて」
ぷい、とさりげなく視線を逸らす茜。
「要が一生懸命なのは分かるだろう?」
「そりゃまあ」
「だから、だ。彼女には順当に教えてはいるが、こういうのもたまには悪くないだろう。あいつは強くなりたいとは思っていても、背伸びはしない。私とは違う。自分の器を知っている。それが、いじらしくてな」
どうやら茜のやつ、まだ早いとは理解しつつも、要に〝強さ″をあげたかったというわけだ。
「なんだ。けっこう気に入ってるんだな。要のこと」
「ふん」
そんな本音に、アルティージェはくすくすと笑う。
「素直じゃないのね。あれを教えている時、いったい何回あの子を泣かしたと思う?」
「アルティージェ!」
思わず茜が声を上げた。
まあ、これも想像できる。
茜ってスパルタだしなあ……。
「しかしま、おかげであいつも昨日はやりたいことができたんだ。結果オーライだよ」
「そういえば真斗、昨日昨日って、何があったの?」
「色々だよ」
「どうせ暇だし、話しなさい」
傲然と告げる様は、自称王様なだけのことはある。
「見りゃ分かるだろーけど、眠いんだよ。仮眠とらせてくれって」
要とかが起きてきたら寝てもいられなくなるだろうし、それまでちっとくらい寝させろ。
「駄目よ。許さないわ」
ったく、我侭な。
「おい茜」
「私は当事者じゃないからな」
茜は薄情にもそう言って、沸騰しだしたやかんを取りに、奥へと戻ってしまう。
……はあ。
しょうがないので、掻い摘んで話すことにする。
といっても、俺もほとんど関わっていないわけで、詳細は要か由羅に聞いてほしいんだけどなあ……。
ああくそ眠い。
そんなわけで結局、柴城さんが起きてくるまでの間、あれやこれやとアルティージェの接待をさせられたのだった。
/要
「あぅ……」
やっぱり茜は時々鬼だ。
こんなにも身体が痛くてどうしようもないっていうのに、学校に行けって言うんだから。
バスを降りて、学校までの道のりをふらふら歩いていると、隣にいた由羅がさりげなく支えてくれる。
「……大丈夫?」
「に、見えますの?」
「う……見えない、かな?」
「……たまりませんわ」
ぼやきつつ、恨みがましく由羅を見返した。
何で由羅は平気なんだろう。昨夜あれだけのことがあって、もうぴんぴんしてるし。
「はあ……」
この時期の朝日は弱い。
にも関わらず、浴びただけでふらつくんだから、かなりの重傷だ。
「でも、怪我は治してもらったんでしょ?」
ちょっとびくびくしながら、由羅が尋ねてくる。
「はい……一応は」
とりあえず外面的な負傷に関しては、黎が診てくれた。
彼女は治癒を初めとする特殊な咒法に秀でていて、その腕は茜よりも上だ。
おかげで打撲だとか、骨にヒビが入ってたとか、そういうのは完治している。
でも治癒には本人の体力を使うので、疲労だけは倍増したという感じだった。
「なのに、フラフラ?」
「ですから、あなたと違ってわたくし、体力馬鹿じゃありませんので」
「む」
馬鹿じゃないもん、とか由羅がつぶやいていたけど、自覚はあるのか直接文句を言ってくることはなかった。
「でも、辛いなら休めばいいのに」
「……明日は、お休みですから」
今日は金曜で、明日明後日は休みだ。だから無理して学校に出てきたわけで、紫堂くんと事後の打ち合わせをしなくちゃいけないからというのが、一番の理由だった。
事後処理もちゃんとした仕事のうちで、引き受けた以上、私の責任でやらなくてはいけない。
なのでこればかりは早い方がいいのは分かる、けど……。
「ね、要」
「……なんですの?」
名を呼ばれ、おもむろに振り返った瞬間だった。
「!」
不意打ちだった。
頭が真っ白になる。
「な、ななななな」
「な?」
「な、じゃありませんわー!!」
にっこり微笑む由羅へと、私は所構わず怒鳴ってしまう。
「あ、元気になった。よかった♪」
「な、なんてことを……!」
動悸が高鳴るのを何とか抑えながら、私は思わず唇を右手で覆ってしまう。
何かとち狂ったのか由羅ったら、あろうことかこの私の唇へと自分のを重ねたりしてくれたのだ!
「あ、変な意味はないから。ちょっとだけ、私の元気をわけてあげただけだから」
へ、変な意味って。
「元気……?」
「うん。体力っていうか、生命力っていうか、そういうの。真斗にもあげたことがあるけど、こういうのって真斗だけのつもりだったの。でも要頑張ったし……私は迷惑かけちゃったから、何かお礼しなくちゃって」
「はあ……」
生命力っていわれても……?
「あ……」
わかった。
すぐに実感できた。
完全にではないが、今まで全身を覆っていただるさが、八割がた消えてしまっている。
睡魔はともかく、確かに体力的に楽になった気がする……。
「すごい……」
「よかった」
由羅が微笑む。
本当、すごい。
「ですが」
感謝の前に、私はジト目になって彼女を睨んだ。
「もう少し他に方法はなかったんですの?」
「でもこれが一番直接に近い間接的な方法で、量も微量で危険も無いし……」
「……あれが、間接?」
「うん。直接っていったら、咒法か何かを使って洩れないようにするか、血を舐めるか飲むかになっちゃうもの。でもこれって危ないし」
そういえばそんなようなことを、昨夜言っていたような。
「ですが……その、やはりやり方としては問題ですわ。それに――由羅、あなたは普段からこんなことを真斗にしているんですの?」
「え? あ」
指摘に、由羅の頬が少し赤くなる。
違うとばかりに、ぶるんぶるんと首を大きく左右に振る由羅。
「以前……その、どうしようもなくて、真斗にそういうことしたことあるけど……でも、それっきりで。そ、それに真斗、その時眠っていたから、全然知らないはずだし……」
「……まったく」
そんな彼女の態度に、呆れつつも苦笑した。
「あなたって、消極的なのか積極的なのか、よく分かりませんわ」
「え? う~……? 私ってば、控えめ……だと思うよ?」
なんて由羅は言うが、どちらかというと彼女は積極的な人間だ。
ただ、妙に我慢する。
自分の欲求に対して。
だから消極的に見えてしまう面も、多々あるのだけど……。
「まあいいですわ。おかげで多少、疲れはとれましたし。何とか今日一日はもちそうですので」
「そう?」
表情を戻して、由羅は微笑む。
本当、笑顔が似合うな、由羅って。
「ところで……私って、まだ学校に行っていいの?」
歩きを再開しながら、彼女が尋ねてくる。
「留学期間は一ヶ月、でしたから。当然ですわ」
思いのほか早く解決したので、残りの期間は純粋に学校生活を楽しんでもらえればいいと思う。
「うん」
彼女もそう判断したのか、嬉しそうに頷く。
ま……悪くないかな、こういうのも。
ちっとも眩しくなくなった朝日を身に受けながら。
私たちは、他の生徒たちと共に、校門をくぐった。
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