第11話 我が儘と我慢と
「はふ~っ」
とか言ってベッドにダイブする由羅。
校舎の裏手にある学生寮の一室をあてがわれた私と由羅は、縁谷さんの案内で部屋までやってきていた。
ちなみに同室である。
「ありがとうございます」
「お礼なんていいよ。私もここの寮に住んでるし、何かわからないことがあったら聞いてね」
縁谷さんと紫堂くん、そして襟宮先輩は寮生なのだそうだ。
長谷先輩に鈴木くんは自宅生で、市内に住んでいる。
「はい。お願いします」
「うん、ありがと~」
ベッドの中で気持ち良さそうにしながら、声を上げる由羅。
本当、適応力ありすぎ。
「じゃあ、また。おやすみ」
そう言って、縁谷さんはドアを閉めた。
部屋に二人になって、私は制服の上着を脱ぎ捨てると、由羅と同じようにベッドに倒れ込む。
……けっこう、疲れた。
はあ~、っとため息をつく。
「……どうしたの?」
ベッドの中で、横にいる由羅と目が合う。
「……疲れましたわ。あなたのせいです」
「えー? 私は楽しかったよ?」
「その分わたくしが疲れたのだと思って下さい……」
「うー、意味わかんない」
それを説明する気力も無い。
時計を見る。
七時半過ぎ、か。
「由羅。わたくしは仮眠を取りますので、夜の十一時頃に起こして下さい」
夜には早速調査をしなければならない。
明日も授業はあるし、体力無尽蔵の由羅と違って私は少しでも回復させておきたいのだ。
「いいけど……要、ごはん食べないの?」
「……お菓子でおなかいっぱいです……」
「あんなのを夕飯代わりにしたら、茜怒るよ?」
分かるけど、今から学生食堂に行く元気も無い。
「……黙っていて……下さいな……」
どんどん瞼が重くなっていって。
ぷっつりと、意識は途絶えていった。
/真斗
夜の十時。
こんな時間になってもこの街はまだ明るい。
俺の地元とは大違いである。
「うー……さすがに冷えるな」
ビルの屋上。
そんな所から町並みを見下ろしていると、吹き上げてくる風がかなり冷たい。
「寒いのか?」
「多少な。もうちっと、厚着してくりゃ良かった」
俺のすぐ隣には、寒さなど微塵も感じていないような顔をしている、エクセリアの姿があった。
ただし、その姿はいつもの子供のものではなく、大人のものだ。
身長も、俺と同じくらいある。
こっちがエクセリアの本当の姿、というわけではない。
どちらかというと、いつもの姿の方が最も安定した姿らしい。
だからこれは背伸びであると、本人も認めてはいた。
エクセリアはこの背伸びを、俺と二人きりでどこかに出かける時によくしている。どうしてなのか――などと、考えるのも野暮というものだ。
黎も言っていたし、俺も俺なりに分かってはいる。
これは、こいつなりの化粧なのだと。
「寒いのなら、場所を変えても良いが」
「いや、どうってことないから続けてくれ。……ま、徒労かもしんねえけどさ」
こくりとうなずき、エクセリアは眼下へと視線を巡らせる。
俺も倣って見下ろせば、車のヘッドライトの明りが行き交い、時折クラクションなども聞こえてくる。
この時間、もう眠ってしまった人もいるし、起きている人もいるだろう。
とにかく無数の人間が、この街に住んでいる。
その中からたった一人の人間を捜し出す――これはたとえエクセリアであっても、容易なことではないようだった。
実際、こいつの目は千里眼というわけでもないし。
「ったくなあ」
エクセリアが由羅から楓さんの捜索を引き継いで、一週間ほどが経つ。
しかし今のところ、進展は無かった。
昼間は地道に聞き込みをして、夜になるとエクセリアと一緒に捜して回る。
その繰り返しだ。
「変なことになってなきゃいーが」
「心配なのか?」
「ん、まあ……茜の方がな」
どっちかっていうと、そういうことになる。
「あいつ、意地っ張りだろ? 特に姉貴のことになると」
「…………」
「ん?」
視線を感じて、俺は隣を見上げる。
エクセリアがじっと、俺を見返していた。
「黎が言っていた。そなたはどこかレイギルアに似ていると」
レイギルアっていうと、黎の兄貴の名前だったよな。
「んで?」
「皆に頼られる。それが知らずのうちだったとしても。しかしそれは、どちらかというと父性のようなものだとも」
父性って。
「おいおい。俺はお前らみたいなでかいガキを持った覚えはねーぞ」
思わず苦笑いしてしまう。
エクセリアは表情を変えないまま、先を続けた。
「それは一方で分かる気もした。由羅や茜、黎ですらどこかでそなたを頼っている。そなた自身も、気になる。だからこそ、こうしているのだろう?」
「……ま、そろそろあいつらとの付き合いも長くなってきたしな」
否定する気はない。
「だからわたしもこの現状を崩そうとは思わぬ……が、決して満足はしていない。できることならば、わたしはそなたを誰にも触れさせたくない。独占したい」
「ふむ……」
そんなエクセリアの言葉に、俺は頭を掻いた。
まあ――何ていうか、意外という発言でもなかったと言うべきか。
「できることならば、何て言うあたりが損な性格してるな」
俺は笑う。
普段は大人びているくせに、実は一番子供っぽい我侭さを持ち合わせているのが、このエクセリアだったりする。
今こうやって背伸びしている様も、裏を返せばまだ自分は子供だと告げているようなものだしな。
「俺は俺で好きで生きているつもりだし、お前もそうすればいい。もっとも時には我慢も必要だぞ? どういうわけかこの世の中、本当に好きなことをするためには、どっかで我慢しなきゃならんようになってるらしくてな」
「それは……やはり、利害の衝突があるからだろうか?」
エクセリアの言うように、人が多ければ多いほど、そういったものも多くなる。
「まあな。飛びぬけた力を持ってりゃ、我慢しないで押し退けちまうこともできるんだろうけど、一番それっぽい奴がそれをやってないだろ?」
「……アルティージェのことか」
俺はその通りだと頷いてやった。
アルティージェというのは俺の知り合いなんだが、とにかく傲岸不遜を顔に書いたような奴のことである。
持ってる力も半端じゃなくて、はっきり言って手がつけられない。
――つけられないのだが、あいつはあいつなりの価値観を持ってるらしく、これと決めた相手にはまず力押しをしないのだ。
引く時は引いて、待つ時は待つ。
矜持は滅法強いくせに、我慢することを知っている。
アルティージェと仲が良くないエクセリアの前では言いたくないが、あいつの器は大きい。
「あれは……よくわからない。考えたくも無い」
ぷい、と横を向くエクセリアが、やはりどこか子供っぽくて笑えた。
「俺も同じだよ。あいつのことはよくわかんねーし」
「引き合いに出されるのも不愉快だ」
「はは、拗ねるなって」
立ち上がって、俺はエクセリアの頭をぽんぽんと軽く叩いてやる。
エクセリアは自分の頭に手を伸ばすと、俺の手を掴んでそのまま握った。
「……我慢はする。しかしこれくらいの我侭ならば、許して欲しい」
「ずいぶん些細な我侭なんだな」
手を繋いだ状態のまま、エクセリアは街並みへと視線を戻して押し黙る。この話はもう終わりとばかりに。
その横顔を眺めながら、ふと思い出す。
こいつが言った言葉。
実際には黎なんだろうけど、俺に父性とやらを感じているんだとしたら、多分こいつが一番なんだろうな、と。
「――真斗」
「うん?」
「妙な気配がある」
「妙っていうと?」
しばらくエクセリアは一点を眺めていたが、やがて首を横に振った。
「わからない……。揺らぎ、とでもいうべきものなのだろうが……」
「場所はわかるか?」
「特定はできない。大体の方向ならばわかるが」
どうするのか、とエクセリアが視線で尋ねてくる。
俺もどうしたものかと、エクセリアが今まで見ていた方向を眺めてみた。
エクセリアの感じたものが、楓さんに関係のあることなのかどうかなど、現状では分からない。
行って調べたところで、全くの無関係ということもあり得る。
とはいえそれをあれこれ考えるほど、手持ちの手掛かりがあるわけでもないのだ。
「ま、手掛かりが何も無い以上、しらみつぶしってやつだ。行ってみるか」
こくり、とエクセリアは頷いて。
俺たち二人は、夜空へと飛び出した。
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