第10話 録洋台生徒会②
形通りの挨拶をして、ぺこり、と頭を下げる。
朝も思ったけど、由羅が敬語――というか、丁寧語で話すのってとても珍しい。
ちゃんと話せたんだなって、そんな感想を抱いてしまう。
私の場合は、これまでの習慣のせいであるが。
「九曜所長とも一度話したけどさ、あそこって何か若い子ばっかりだよな。親父も言ってたよ」
「茜と話したの?」
「君がここに来るってなって、少しは根回ししたいからって連絡もらったんだ。本来なら会長がやるべきなんだろうけど、今回ばっかりは役得だったかな」
その会長は、紫堂くんと何か話しながら、すでに駄菓子を口に運んでいる。
太りますよ、だの、うるさい、だの、そんな会話が洩れ聞こえていた。
「あの子も好みなんだよなあ……。気が強そうだし」
「あ、うん。茜、ちょっぴり短気だしね」
「よく怒ったりするの?」
「……よく怒られるよ?」
「ぐああー、いいね!」
何がいいのか、嬉しそうに声を上げる長谷先輩。
「おれもなじられてえー」
「?」
きょとん、となる由羅。
……どこまで冗談か知らないが、今の先輩の言葉は聞かなかったことにしよう。
「もう、なに先輩ばっかり話してるんですか? 独り占めは無しです」
「そうっすよ! 俺も仲良くなりたいっす」
縁谷さんと鈴木くんが、独り占めは許さんとばかりに割って入る。
「隣、いいっすか?」
「うん」
「……ちょっと見惚れてもいいっすか?」
「え? 見たいってこと? 別にいいよ?」
「手を握っても――」
「この変態!」
どんどんエスカレートする鈴木くんを引きずり出して、由羅の隣の席に落ち着いたのは、縁谷さんであった。
「しくしく……」
鈴木くんの泣き真似は、もはや誰も聞いていない。
「それより髪さわらせて♪」
言うが早いか、縁谷さんは由羅の髪に触れ、さわり心地を確かめてたりする。
由羅もされるがままって感じで、嫌がる様子も無かった。
それにしても……何しに来たんだって感じだ。
宴会モードになってしまったのを眺めながら、ぼんやりと思う。
と、声をかけられた。
「最遠寺さん」
「あ、はい」
視線を上げれば、紫堂くんが紙コップを片手に持って、ジュースを注いでいるところだった。
「どうぞ」
「どうも……」
オレンジジュースを受け取って、とりあえず一口流し込む。
「彼女の歓迎は彼ら三人に任せておいて大丈夫だから。俺たちは一応それらしいことも話しておこうか」
それらしいこと、というのは、本題のことだろう。
「……そうですわね」
頷くと、私は紫堂くんと襟宮先輩の前へと腰を落ち着けた。
パイプ椅子に腰掛けている襟宮先輩はそれだけで花があって、何だか優雅ですらある。
とても一つ年上とは思えないほど、大人びてもいるし。
……なんだけど、一生懸命駄菓子をあさっている姿を見ていると、何だかギャップがあって面白い。
「恥ずかしいからやめて下さい。仮にもこの学校の生徒会長が、放課後からその様子では品位が落ちるってもんです」
「黙れ紫堂。あまり小姑のようにうるさいと、パシリに行かすぞ?」
「どこでそんな言葉を……。仮にも襟宮の血筋とは思えないな」
敬語を引っ込めて、紫堂くんは呆れたように呟く。
一週間見ていて分かったことは、この二人、意外とお互いに対して遠慮が無い。
親しい、とも言えるかもしれない。
でもまあ微妙な感じか。
「食べないのか? 食べないのならばわたしが食べるが」
私に出された駄菓子にまで手を伸ばそうとした襟宮先輩へと、無言でその頭をはたく紫堂くん。
「……何をする?」
「黙ってて下さい。それより本題に入ろう」
もぐもぐやっている会長を無視して、紫堂くんは私へと向き直った。
「とりあえず今日からのことなんだけど、桐生さんは寮に入れるようになっているから。ついでに最遠寺さんも、特別に許可を取ってある」
「助かります」
これは事前から頼んでおいたことだった。
幽霊騒ぎの調査である以上、やはり深夜に行うのが一番である。
しかも学校という場所である以上、自宅生よりも寮生の方が何かと動きやすいのは間違いない。
そういうわけで、由羅はもちろん私もしばらくの間、寮に入れるよう根回しをしてもらったのだった。
「それで、彼女がいれば解決しそうなのか?」
襟宮先輩に聞かれ、私は首を横に振る。
「まずは確認ですから。本当に幽霊なんかがいるのか、それともただの噂なのか。この一週間、聞きまわった限り、噂の域は越えていませんけれど」
「なるほど。しかし探偵というものは、調査のためにはこんなにも面倒なことをするものなんだな」
「わたくしも、少々大袈裟だとは思うのですが」
答えながら、由羅を見る。
「どうやら調査、というのは建前で、この機会に彼女に社会経験を積ませたい――というのが、こちらの思惑じゃないかと」
「社会経験?」
紫堂くんが首を傾げる。
「ええ。彼女は生い立ちに色々ありまして、まともな学校などに通ったことがないそうです。身内としては、だからこそ……という感情もあったのだと、わたしくは想像しているんですが」
きっと黎にそういう感情があったのだろうと、私は思っている。
「なるほど。どうりで無償で引き受けてくれたわけだ」
納得したように、紫堂くんは頷いた。
「ではこちらでは理想的な学校生活を提供することが、お返し……ということになるのかな?」
「ほどほどで構いませんけれどね」
私は苦笑する。
「――そういうことなので、会長。あなたの我侭で呼んだ以上、最善を尽くして下さい」
「む。別にお前がやればいいだろう。わたしの言葉ということにすれば、逆らう教職員などいないはずだ」
…………。
何なんだろう。
今の王様発言は。
「会長の思いつきに振り回される部下の身にもなって下さい。会長には誠意が無さすぎです」
「偽善者のお前に言われたくないぞ」
「そう思っているのは会長だけです」
この二人は、事あるごとに言い合いをしてくれる。
仲がいいのか悪いのか――悪く見えない以上、やっぱりいいってことなのかな。
何となく、由羅と真斗のやり取りを思い出したりしてしまった。
「まあそれはともかく、別に気負わずにやって欲しい。どうせ幽霊なんかいないんだ」
「紫堂くんは、幽霊を信じていない?」
「見れば信じるかもしれないけどね」
なるほど。誰だってそうか。
「では騒ぎについてはどう思っているんです?」
「騒ぎ、といっても、やはり噂に過ぎないだろう? 噂好きの女の子達が騒いでるだけ――うちの会長みたいにね」
「わたしは決して噂好きではないぞ。ただちょっと、流行にのってみただけだ」
「それを騒いでいるというんです」
紫堂くんがそう言うと、襟宮先輩は少し不貞腐れたように、駄菓子をがつがつと喉へと放り込んでいく。
本当、太りそう。
いつもこんな調子で食べているのだとしたら、どうしてそんな体型を維持できるのだろうかと、ちょっぴり羨ましくなる。
「俺としては、噂なんて放っておけば薄れていくものだと思ってるよ。それこそ流行のように。噂自体は……まあ、昔からあるものだし、どこにだってあるものだから、完全に消えてなくなることはないだろうが」
「そうですか」
頷きながら、ふと不思議に思った疑問を口にしてみる。
「それならどうして、わたくしたちへの依頼に関して反対しなかったんです?」
この生徒会、私が見た限り実際に実務をこなしているのは、目の前の彼――会計の紫堂くんだ。
会長の襟宮先輩はあんな性格で、かなり大雑把だ。
間違い無く誰かが補佐している。
じゃあそれは副会長の長谷先輩かっていうと、そうでもない。
副会長という役職は、一応会長の補佐となってはいるが、実際にやっていることは雑務全般だ。
だけど庶務の鈴木くんがいるので、二人でそれを分け合っているという感じである。
もっとも長谷先輩、見た目よりもずっとできる人なんだろうって思う。
襟宮先輩とは違った意味で、人望があるようだし。
そういう私の推測では、紫堂くんは生徒会において、かなりの発言力を持っているはずだった。
反対しようと思えば、いくらでも反対できたのだと思うのに……。
「どうしてって」
紫堂くんは苦笑してみせた。
「俺は会長でも何でもないしね。そもそもこの横暴な会長の前で反対しても無駄だよ。俺の意見なんて聞きやしない」
まあ、それも分かる、かな。
「何を言う。わたしもお前の言うことはちゃんと守っているぞ。スナック菓子は一日五袋までという、厳しい食事制限を――」
……五袋、ですか。
本当、何で太らないんだろう。
「こういう性格なんだ。わかるだろう?」
分かるだろうって言われても困るけど、私ははあ、と曖昧に頷いておく。
「ちなみに、最遠寺さん。君は幽霊って信じてるのか?」
「実際に見たことはありませんけれどね。いる、とは聞いていますが。それを信じているのかどうか、と聞かれると、ちょっと難しいです」
確実にそういう存在はいる、と知らされている自分ですら、やはり普通の人の認識と変わらない。
実際に目にしてみないことには、いるのかもしれないなといった、その程度の認識でしかないのだ。
「すると彼女は……見える、のかな」
紫堂くんが由羅を見る。
すでに生徒会の三人に溶け込んでいる由羅は、別段霊能力者といった雰囲気もない。
「どうしてそう思うんです?」
「自分ができないことを補うのが、協力者というものだろ? 君には見えない以上、わざわざ連れてきた彼女には見える――見えるかもしれないと判断するのは、いきすぎかな」
いきすぎも何も、ごく普通の推察だ。
だけど、自分で信じていないものを第三者ならば見える、と簡単に考えてしまうのには、ちょっと違和感があった。
些細なことではあったとはいえ。
「わたくしに比べれば、ずっと見える可能性が高いということらしいです。ああ見えて、荒事にはわたくしよりも向いてますから」
由羅は強い。
実力的にはもちろん、精神的にも私なんかよりもずっと強い。
実力で敵わないことに関しては、仕方無いと思える。
だけど精神的に負けているのだけは嫌だった。
これは誰に対してでも、だけど。
「荒事か。あんまり騒ぎにならないことを祈ってるよ」
「わたしは騒ぎの方が面白いが」
「会長は黙っていて下さい」
「紫堂、最近わたしに冷たくないか?」
「暖かくした覚えはないですよ」
「当然だ。抱きしめてもらった覚えなどない」
「誤解を招くような発言は控えて欲しいですね」
「それをしたのはお前だろう。だから訂正した」
……などと二人の会話がしばらく続き、本題に戻ったのは約五分後のことだった。本題といっても、寮に入るためのちょっとした手続きの内容と、こちらの今後の方針を伝えた程度だ。
その後この歓迎パーティーもどきは、夜の七時頃まで続いた。
職員室の更に奥でわいわいとやっているのに、よくもまあ誰も文句を言いに来なかったものだ。
よっぽど襟宮先輩の影響力があるから、なのかな。まあ私立校だし、そんなに不思議でもないか。
それにしても……変な生徒会である。
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