第3話

聖なる森はやつれ果て病状を悪化させたような姿でそこにある。

御者代わりの騎士がぼそりという。


「本当に禍々しい森だ、早く出て行きたい」


「我々は仕事を終えなければ女王陛下の不興を買うだろう、今は我慢しろ」


女王の妹は、それを聞いていて、外の光景こそカーテンに閉ざされた窓からは見えぬものの、噂通りの恐ろしい森なのだろう、と思った。

それだけ恐怖の念を抱かせる森でなければ、決して魔王の国の住人を閉じ込めることなどできないだろう。

少なくともよくあるお伽噺の中の、光りさす麗しい翠の森、とは思えない見た目に違いなかった。

彼女の体内時間が十五分を刻んだあたりで、馬車はようやく進みを止める。彼女はそこからじっと待ち、やがて開いた扉から現れた騎士の一人が、彼女の足を縛る縄を切る。


「ここからはあなたも歩く事になります」


この裸足でどう歩けと、と裸足で歩いた経験がないから思ったのだが、騎士は靴を差し出すでもなく、何か靴が入った箱を持っているわけでもない。

裸足で歩く人の多くは、賤の身の上といわれている。

まるで女王の妹という血筋さえ否定されているようだったが、姉にとって自分は目障りで、消したい相手だったのだろうから、そういう扱いにもなるのだろう。

それとも森への生贄は皆、裸足でこの荒れ果てた森を歩くのだろうか。

幾つもの疑問が胸に去来したのだが、この猿轡をつけられた口では、会話などとてもできそうになかった。

そのため彼女は黙って従い、騎士がかすかに目を見開くのが伝わってきた。


「本当に裸足で……」


「余計な事を言うとお前まで始末する羽目になる、黙れ」


うら若い騎士よりも、年かさの騎士が忠告するように言う。若い騎士はそれ以上の事を言わず、彼女を先導する。

年かさの騎士は彼女の背後を歩き、彼女が逃げ出す事を許してはくれなさそうだった。

逃げた所であてがあるわけでもないのに、よほど逃げられたくないらしい。

どこかの諸侯に保護された後が面倒なのだろう。それ位は想定が付いた彼女だった。

女王はあちこちの諸侯から嫌われている。それは彼女が貫録のない若い女王だからという理由が大きく、経験の浅い彼女の行う施政は評判がいま一つだとも聞こえているのだ。

若い騎士はどこを歩くべきかわかっている様子で、延々と歩いている。

そう言えば彼の歩く道は、比較的平らにならされているような気がした。

足元を見ると、驚いてしまう事に、この森の中でも、石畳らしきものが存在している。

ここは昔は街か街道だった場所なのだろう。とあたりをつける。

森への生贄をおろそかにした結果、森が広がった時に、このあたりは侵食されてしまったのだろうとも思った。

そうでなかったらどうして、石畳が敷かれているのか、理由が分からない。

この森を通ってまで向かう他国は、ないはずなのだから。

その、荒れ果て、草に半ば隠された石畳の道を進み終わると、そこは古い時代に噴水があった場所のようだった。

昔の資料として、図が残されている噴水と、その朽ち果てた何かはよく似ていた。

実際に、近寄ればそこはわずかに水が流れている。

若い騎士がそこで立ち止まった。


「姫君、あなたはここで運命の定めに従っていただきます。森の中で運命のままに。……では、これを」


年かさの騎士が、彼女の腕の縄を切り、彼女に短く細い物を渡した。

それを改める間もなく、彼等は去って行こうとする。

置いて行かないで、といいかけた口は、堅く封じられた猿轡に阻まれる。彼女は猿轡をほどき、彼等に走ってついていこうとしたのだが、彼等が向けた視線に、足が止まってしまった。

彼等はついてこないでほしい、と視線で語っていた。

ついてこられては迷惑だ、と言っているようにも映った。


「姫君、王族としての御役目をお忘れなきよう」


若い騎士が、苦し気に言う。


「あなた様は、女王陛下の妹君であらせられるのですから」


今まで王家の世話になってきたのだから、役割を全うしろ。

そう言われているわけでもないのに、騎士の言葉の中に、女王が言い出しそうな事が聞こえた気がして、彼女は膝をついた。

騎士たちの姿はあっという間に見えなくなってしまう。それを追いかけられずに見送り、さまよった視線が包みに向けられる。

ぼんやりと渡された包みを開けば、そこには一振りの短剣が存在していた。


「……自害用の短剣だわ……」


そのこしらえはまさに自害のためにある短剣で、刀身に神への祈りの言葉が刻まれている所からもそれがうかがえた。

つまりこれで、命を絶てと命じているのだろう。

あんまりだ。

自害しろというなら、ここで一思いに殺してほしかった、と思ったとたんに、彼女の瞳から涙がこぼれ落ち、彼女はしゃくりあげて泣き出した。



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