第2話
「今度の生贄様は女王様の妹君だとか」
「へえ、それなら今度こそ百年は生贄が要らなくなるんじゃないか?」
「いつも王族の誰か、というわけにはいかないのが難しいよな」
「年々正当な血筋の王族ってのが減ってんだろ、なんでも魔王の呪いだとか」
「まったく、四代前の女王様にやっつけられたからって、魔王も嫌な呪いを残したものだよ」
「死んだ魔王は四代前の女王様に、懸想してたって話じゃないか」
「おお、おぞましい魔族のくせして、伝説に残るような麗しい女王様に恋焦がれるなんて、けがらわしいものだね!」
森への生贄が乗る馬車は、生贄が逃げ出さないように頑丈な造りをしており、その中では、自害が出来ないようにと、生贄は拘束される事になって長い。
何回か、森へ行くくらいなら、と自害をしたり、脱走の手引きをしてもらい、逃げ出したりした生贄の女性たちがいるのだ。
生贄は何も、女性だけと決まっているわけではない。
時によっては男性も生贄になるが、総じて厄介者扱いされている若い男性である。
その男性も、女性関係のない状態でなければ生贄としては認められず、それゆえ貴族男児はかなり早い年齢で、娼婦や口の堅い家庭教師などと事を済ませてしまう。
女性が性に奔放である事を良しとしない事もあって、女性の方が貞淑だ。
簡単な話、産んだ子供の父親が誰なのかわからない結果、泥沼の争いになる事が多いせいだろう。
そのような事情が重なった結果、女王の妹は猿轡に手足を封じられた、なんとも言えない姿をして、馬車の中に座っていた。
この状態の彼女を襲って、純潔を散らそうと考える馬鹿は普通居ない。
森への生贄の純潔がなくなれば、新しい生贄を探さねばならず、一時の欲求でそんな事をして、とばっちりが来るのは誰もが望まないのだ。
仮に森への生贄が何かしらの不備があった場合、森はその範囲を広げ、人間の住める土地を侵していく、とされている。
古い時代は何度か、何かしらの不備がある生贄を差し出し、この国はその当時よりもずっと狭い領地になってしまっていると、本に記載されていた事を、女王の妹は思い出す。
何故不備があったのかはわからない。
もしかしたら、様々な思惑の結果、そう言った贄が差し出される事になったのかもしれないし、誰かが悪意を持ってそれを行ったのかもしれない。
真実は歴史の闇の中にしか存在しなかった。
彼女は自分の胸にもう、敬愛する亡き婚約者の贈り物が輝いていない事に、目を伏せる。
もっとほかの飾りをつければよかった、と思ってしまってももう遅いのだ。
そして女王きっと、彼女があの素晴らしい贈り物を胸に飾っていなくとも、生贄という選択肢を選んだだろう。
わたくしの大切な方からの贈り物は、どちらにしろ、姉上の手の中に入るものだった。
彼女はそう諦める以外に、選択肢はなかった。
がらがらと馬車の車輪が回っていく音がする。
道行く人々の噂話が聞こえて、それのどれもが、面倒くさそうな音に聞こえて……彼女は心の中の、微笑む婚約者を思い出し、涙をこらえた。
あの方は幸せになってくれ、と願ったのに、わたくしはもう、人生が残されていない。あの方は早々とやってくるわたくしを、どう思うでしょうか。
彼女はそんな思いを胸に抱きながらも、決して涙は浮かべまいと、歯を食いしばるように、猿轡を噛みしめた。
「今度の生贄は、女王様の妹君だろ、どの妹君だ? 女王様には母親の違う妹君や弟君が数人いたと思ったが」
「前の王様の、お気に入りの公式愛人の娘だよ。前の王様は女性の好みがいまいちだったから、あんまり美人とは言えない妹君だって話だ」
「お気に入りの公式愛人、トゥエロ伯爵夫人の娘か」
「トゥエロ伯爵家も災難だったよな、火災で当主夫妻はなくなって、哀れんだ前の王様がその娘を引き取ったんだろ」
そうだよな、と誰かが同意した。
「トゥエロ伯爵も、夫人を前の王様が愛人にしたいから、結婚させたんだろ、だから白い結婚だったって話だ」
「誰だって、最初から王様のものだってわかっている女性に、手を出したいわけないしな」
二人は白い結婚だった、だから自分は王女として認識されたのだ、と彼女はわかっていた。
両親の記憶はあまりないのだが、薄らぼんやりと、覚えているものとして、両親が二人で小さく女性趣味なテーブルに向いあい、楽し気に団らんしていたと言う物がある。
白い結婚でも、お互いを敬愛する気持ちはあったに違いなかった。
それでも、燃え盛る炎には勝てず、二人はひどい火傷で死んでしまったと、彼女は聞いていた。
馬車は着々と宮殿のある街から遠ざかっていき、河川をさかのぼるように進み、四日ほどかけて、見るからに不吉な空気を漂わせる、森まで到着した。
森の木々は病んだ姿をさらし、葉もあまり元気のよい姿ではない。
足元の草もやつれ果てたような様で、明らかにその森が、何かしらの負の要素を持っていると示していた。
ここが聖なる森。魔王の国との国境線であり、魔物の侵入を防ぐ清らかな力を持つ土地であった。
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