第30話 「誰かの空想を、その身に乗せて」
「ベルセルカは、本当に俺が廃英雄であることを知らなかったのか……」
「そうだ。そしてバルトローゼも同じく、マナフの廃英雄はゼムナスだと最初から信じていた。すべてはオレとマナフ王が仕組んだ盛大な
「じゃあ、お前が俺を廃英雄としてザラシュールやバルトローゼに伝えていれば――」
「……ゼムナスは死ななかったかもしれない」
瞬間、リリアスは衝動的にナウロンの顔を殴りつけた。
「リリアス⁉」
「どうして俺をっ! 俺を……廃英雄にしなかった……ッ‼」
アストレアに後ろから羽交い絞めにされながら、リリアスは叫んだ。
リリアスに殴られてしりもちをついたナウロンは、口元を
「それが、この世界のすべての廃英雄にとってプラスになる選択だったからだ」
「なんだと……⁉」
「ゼムナスは強かった。魔術の天才と呼んでも差し
「……っ」
リリアスの中でさまざまな思いが
「あいつ以上にマナフの英雄にふさわしいやつがいたか‼」
「たしかに魔術振興国の英雄として〈枯れない月の魔素〉を持つゼムナスの
ナウロンが立ち上がり、服を払って続ける。
「そのうえお前は、ついに自分の〈
「全部、お前たちの都合だろう……!」
「そうだ。人の世は常に誰かの都合で動いている」
リリアスが拳を強く握るのを見てナウロンは少し悲しげな表情を浮かべた。
「だからオレは、〈ベスジアの王〉の再誕を求めた」
英雄産業の仮想敵として生み出された存在しない暴王。
「――オレも廃英雄なんだ、リリアス。お前よりずっとずっと昔に生まれた、哀れな英雄だ」
〈千の逆像を持つ男〉ナウロン・ピースウォーカー。
そのナウロンは、英雄産業の初期に生み出された廃英雄だった。
「いや、オレは廃英雄ですらない。オレを生み出したのは英雄産業の宗主国ザラシュール。そしてオレは、他国の廃英雄を殺すために教育された、初代〈廃棄部隊〉の所属員だった」
◆◆◆
「オレの変身能力は廃英雄としての〈魂性能力〉だ。触れたことのある人間に化ける。だが、唯一欠点があって、それは変身した姿が『鏡映し』になること」
リリアスの誕生時に立ち会ったベルセルカの片眼鏡の位置。
本物のベルセルカの前に現れたマナフ王の顔の傷が逆であった理由。
そして、さきほどのゼムナスのイヤリングが生前と逆の耳についていた理由。
「そしてもう一つ。これは変身能力そのものの副作用ではないが、それに
ナウロンはそこで自嘲するような笑みを浮かべた。
「オレは、元の自分の姿を忘れてしまった」
ひどく長い間、人の姿を借りて生きてきた。
最初は廃棄部隊から逃げるために。
次は戦争の中を生き残るために。
何度も何度も姿を変え――やがて自分がどんな姿をしていたかを忘れてしまった。
「頭から自分の
ナウロンは長い間この世界を生きてきたという。
魂性能力によって姿を変えた
「――二百年だ。オレが生まれてから今に至るまでの年月。英雄産業が
ナウロンには一般の兵士と比べても上位と呼ぶにふさわしい武力がある。
だが、それは戦況を個人で覆すほどでたらめなものではなかった。
「だからオレは、このどうしようもない産業を根本から潰せる暴虐の王の誕生を待った。ベスジアの王の再誕を」
架空の存在から、実在へ。
それは、二度生まれる。
「許せとは言わない。許してほしいとも思っていない。それでもオレは、英雄産業を壊し、これ以上廃英雄が生まれない世を望む。そのためなら一線を越えよう。すべてを利用しよう。そしてその転換点にいたお前たち二人に、絶望を強いた。だは、それでも――」
ナウロンは片足を地につき、
「廃英雄たちの道しるべとして生きてくれ、ベスジアの王よ」
その姿は従属の証。
二百年を生きた廃英雄が、リリアスという新たな廃英雄に頭を垂れる。
その姿をリリアスはまたじっと見ていた。
「……俺はもう、誰の思惑どおりにも動かない」
ぽつり、とリリアスは言った。
「……そうか」
「だが、俺は俺の意志のもと、ベスジアの王を名乗ることを決めた」
そこでリリアスはゆっくりと立ち上がった。
「ナウロン、お前のいう廃英雄たちの王というのがどんなものかは知らない。そして今後も知る必要がない」
リリアスはそう言いながら思う。
――それでも俺のこの思いは、今のすべての状況を生んだ者たちによって方向づけられているかもしれない。
『人の世は常に誰かの思惑によって動いている』
人の世で生きるかぎり、完全に、あらゆる人の意思から逃れて生きることはできないのかもしれない。
――だが、それがなんだというんだ。
マナフの街で出会った少女と会話したときに抱いた暖かな感情。
エルザの死によって得た悲しみの感情。
ゼムナスの死によって抱いた強い決意。
――この感情たちは、嘘じゃない。
たとえそれが誰かの思惑どおりの動きだったとしても――
「俺は、俺が正しいと思う道を信じて
――すべての廃英雄に、祝福を。
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