第21話 「ザラシュールからの手紙」
リリアスとゼムナスが出陣してまもなくのこと。
アストレアは亡き父の自室でザラシュールからの令書を手当たり次第に調べていた。
【五日後、貴国の〈廃英雄〉を処分することに決定した】
あの手紙の続きを探すためだ。
父の部屋で最初に見つけたあの手紙には、続きがあるような書き方がされていた。
おそらく切れ端だ。
〈英雄産業〉の話と、あの一文を見てとっさに出陣間近のリリアスのもとへ向かったが、そのあとからずっとアストレアはこの手紙の続きを探していた。
そんな彼女のもとに、ひとりの侍女がおずおずとして一通の令書を運んでくる。
「これは……」
「陛下に……リリアス様とゼムナス様が発ってから姫殿下にお渡しするようにと……」
なんと重い役目を
アストレアは死んだ父にまた心の中で文句を言って、床に崩れ落ちた侍女の肩を優しく叩いた。
「少しそこで休んでいろ。大義だったな」
「申し訳ありませんでした……」
謝ることはない。
そう思いながらアストレアはその場で中身を読みはじめる。
差し出し手はもちろんザラシュール皇国。
自分の持っていた切れ端と合わせると、内容は次のようになった。
【マナフ王よ、ご機嫌はいかがだろうか。一年前の美酒の味はまだ覚えているかね】
そんな挨拶の言葉ではじまっているのを見たとき、なぜだかアストレアは無性にこの出し手の性格の悪さを感じた。
【さて、突然になるが、五日後、貴国の〈廃英雄〉の処分することに決定した】
一度は見たその言葉だが、あらためてそれを読むとアストレアの心臓がきゅっと縮まった。
【事前に調整が利かなくて申し訳ないが、これもすべては英雄産業のためだ。うわさに聞くところによると貴国はバルトローゼ帝国に再度宣戦を布告されたらしい。まったくタイミングが悪くて申し訳ない】
この出し手は、絶対に申し訳なさなど感じていない。
すべて確信的だ。
こうなることを知っていて、廃英雄を処分する決定を下した。
「魔石鉱脈に恵まれたマナフの領土を奪うためか……」
おそらくザラシュールとバルトローゼの間にはなんらかの取引関係がある。
しかし処分が五日後というのが、二国の緊迫した関係を表してもいた。
なぜなら、五日後であればマナフはバルトローゼとの戦いで〈廃英雄〉を使うことができる。
二国が協力体制を取れているのであれば、そもそもとっくの昔に廃棄命令を出せばよかった。
【ともあれ、相手はあのバルトローゼ。あの国はかつて英雄産業に提携していながら、勝手に脱退した国だ。しかもその際にこちらと敵対し、損害を与えてもいる。なので、今回も特例的に〈廃英雄〉の軍事転用を許可しよう】
そらみたことか、とアストレアは悪態をついた。
【無論、こちらもこちらで〈廃棄部隊〉を動かさせてもらう。貴国の〈廃英雄〉にとっては
そんなことをしたとて、こちらの英雄が死ぬような状況は、つまるところ国家の敗北を意味する。
退こうが退くまいが、マナフにとっては情勢になんら変わりはない。
【まあ、そういうわけなので、貴国の〈廃英雄〉――】
◆◆◆
【ゼムナス・ファルムードにもよろしく伝えてくれたまえ】
◆◆◆
「な……に……?」
その一文を見たとき、アストレアは天と地がひっくりかえったような感覚を覚えた。
――ゼムナス……ファルムード……?
死ぬ前の父から英雄産業のことを聞いた。
マナフ王国が最初から英雄産業の
そして父は、その一方を身代わりに、もう一方を〈廃英雄〉ではなく普通の〈英雄〉として生き永らえさせようとしていた。
そうして選ばれた生贄の名は、リリアス・リリエンタール。
いずれきたるべきときにリリアスを〈廃英雄〉として廃棄させることで、マナフ王国における第一次英雄産業は終結する。
その――はずだった。
【結果として彼には妙な希望を持たせることになってしまったな。世が世だけに英雄産業の中に戦争産業を混ぜ込まねば提携国の繁栄がのぞめなかった。本来的に戦争産業に加担するはずのない〈廃英雄〉が、特例的扱いをされることで本物の英雄のようになってしまった。だが、それもここまでだ】
ゼムナス・ファルムードは、あとのなかったマナフ王国に再度復興を促すため、特例的に一年前の戦争に転用を許可された。
本来〈廃英雄〉は国家間の戦争への登用を認められていないが、目先の戦争に負けるわけにはいかなかったマナフは、英雄産業提携国の温情もあって、〈魂性能力〉によるたぐいまれな魔術の力を持つ〈廃英雄〉ゼムナス・ファルムードを使うことを許可された。
ゆえにゼムナスは、特に姿を隠すわけでもなく、堂々と戦争に出陣した。
「では、リリアスは……?」
対し、リリアス・リリエンタールはどちらかというとこそこそと隠すような方法で使われた。
それはなぜか。
◆◆◆
リリアス・リリエンタールこそ、マナフ王国が本当に隠したかった〈廃英雄〉だから。
◆◆◆
マナフの英雄にふさわしい方を残した。
父の死ぬ間際、アストレアはそんな言葉を聞いた。
「そんな……まさか……」
リリアスの体には数々の魔術が刻まれている。
それはリリアスの魔素耐久性がずば抜けていたことから施された術式刻印。
リリアス自身に刻印術式を阻害する自分の〈魔素器官〉がないことも、その手助けとなった。
ある意味リリアスの体には、このマナフという魔術振興国の
マナフの産んだ世界最高の生体魔導兵器。
【正直、貴国の誠意にはほとほと感心している。〈枯れない月の魔素〉という〈魂性能力〉をうまいこと隠されたら、発見するのがむずかしかった。かつて〈廃英雄〉を処分させまいと身代わりを立てた提携国があったが、そのときは本当に苦労をさせられたものだ。その点貴国はしっかりと〈廃英雄〉の情報をこちらに提供した】
逆だ。
ゼムナスの〈魂性能力〉が隠しやすいものであったからこそ、提携国はもうひとりの〈廃英雄〉の存在を疑わなかった。
隠そうと思えば隠せるものを、あえてさらしてきたのだから、と。
そしてリリアスはいまだに〈魂性能力〉を覚醒させていない。
ゆえに、リリアスはほとんど〈廃英雄〉としてバレることがない。
ゼムナスの〈魂性能力〉が隠しやすいものであったのは、リリアスを隠そうとしたときむしろ都合がよかったのだ。
【では、貴国の健闘を祈る】
すべてを読み終えたとき、アストレアはがくりと膝をついた。
そしてすぐに、立ち上がった。
「まだなにか隠しているのではないだろうな……!」
父は自分にまでこの事実を隠していた。
すべてが計画づく。
さらなるなにかがないか、この際
アストレアは部屋を出た。
◆◆◆
「ベルセルカ! ベルセルカはいるか!」
アストレアは王城の地下牢につくやいなや大声でその名を呼んだ。
ベルセルカ・ベラスティ。
王の最後に立ち会ったあの
ベルセルカは現在地下牢に幽閉されていた。
王の頼みであったとはいえ、王の胸にナイフを突き立てたという事実がある。
牢番を押しのけて奥の牢に近づき、そしてアストレアはベルセルカと対面した。
「これは……王女殿下」
「元気そうだな」
「はは、殿下にしてはおもしろい冗談をおっしゃいますね」
ベルセルカは金の髪をだらりと前に垂らし、壁の鎖に繋がれていた。
顔は
「貴様に聞きたいことがある」
「なんでもお話しましょう。しかし、まずは私に対する誤解を解いてはいただけませんかね」
ベルセルカは言った。
「何度も申し上げますが、私は王の胸に短剣を突き立てなどしておりません。それどころか、王の死を知ったのは自分の執務室においてです」
「なにをいう。お前が血濡れの短剣を片手に父の部屋から出てきた姿を見た者が何人もいる」
「きっとなにかの見間違いでしょう。もしくは集団で私を
ベルセルカは終始自分の行いを否認していた。
アストレアからすれば意外だった。
このベルセルカという男は、今まで誠実にマナフに尽くしてきた信用のあつい人物である。
だからこそ王の側近として扱われたし、その仕事ぶりにも暗いところはない。
そんな男が最後の最後にどうして、と思わないでもないが、ずっと傍に仕えていたからこその思いがあったのだろうとも思う。
だが、
「貴様ほどの者が、これだけの証拠を前にして嘘をつくとは、落ちたものだな」
「私は真実しか申し上げません。誓って陛下の胸にナイフなど……」
だからこそ噛みあわない。
この男ならこれだけの証拠がそろっていて、わざわざ容疑を否認したりはしない。
アストレアの心にはひっかかりがあった。
「その話は後日くわしく聞く。まずはわたしの問いに答えろ」
「……しかたありませんね」
ベルセルカは観念したようにうなだれ、それからまた顔をあげた。
「どうぞ」
ベルセルカにうながされ、アストレアは自分の頭の中を整理してからひとつひとつ
「お前はマナフ王国が加担した英雄産業について、どこまで知っている」
「そうですね……。わがマナフ王国は、バルトローゼとの初戦に敗退したあと、ザラシュールを宗主国とする英雄産業提携連合に加わり、かの『神々の術式』を使って一人の〈廃英雄〉を錬成しました」
すべてのはじまりはそこからだった。
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