第18話 「戦場にはいつだって運命が落っこちている」
午後二時三十分。
バルトローゼ帝国の白兵軍とマナフ王国の白兵軍がマズローの森で激突した。
「っ!」
第一白兵旅団が突入したあと、リリアスが帯同する第二白兵旅団もマズローの森へ突入する。
リリアスは使い慣れた剣を手に森を駆け抜けた。
ときおり木の影から弓矢が飛んできて、リリアスの命を脅かす。
しかしリリアスは淡々とその弓矢を剣で斬り落とすと、軽業師のような身のこなしで矢が飛んできた木陰に滑り込み、そこにいたバルトローゼの弓手を斬り倒した。
「弓手に気をつけろ! 木の上にもいるぞ!」
リリアスは敵が持っていた弓を拾い上げると、流れるような動作で一矢を放つ。
リリアスがなにげなく放った弓矢は、生きているかのような機動ですいすいと木枝の隙間を抜けていき、さらに一人のバルトローゼ兵を倒した。
「お見事です、リリアス様!」
樹の下を駆け抜けた何人かのマナフ兵が歓声をあげる。
リリアスはもともと客員剣士という立場にあったが、共同で訓練を重ねていたこと、なによりリリアス自身に卓越した力があったこともあって、このときには歩兵部隊の隊長のごとく慕われていた。
「リリアス様! 術士ですッ!」
少年のような声が響いて、リリアスは辺りを見回す。
視界に一瞬赤い光が閃いた。
木の上に魔術式を編んでいる敵がいる。
――遠いな。
リリアスはすぐさまその術士が立っている木へ枝を飛び移って移動していったが、間に合いそうにない。
「エルザッ!!」
リリアスはそこであの侍女の名を呼んだ。
するとどこからともなく黒い影が木々の隙間から走ってきて、おそろしい速さで敵の術士が立っている場所まで駆け上がると、魔術が発動する前にその術士の首を短剣で
「助かった」
「あなたを助けたわけではありません」
「それで構わないよ」
エルザは黒い装束に身を包み、毒を吐いて再び森の中へ消えていく。
侍女として戦場にまで付き添う彼女は、やはり普通の侍女ではなかった。
それから森を奥へ奥へと向かい、味方と敵の死体が
かなり遠方だが、間違いなくなにかが爆発した音だ。
おそらく術式兵団同士の戦闘がはじまったのだろう。
「一気に片づけるぞ!」
リリアスが率いる第二白兵旅団はいくらか数を減らしていた。
もともと分の悪い戦いである。
数の利を生かしづらい森林戦だからこそまだこうして戦線を維持していられるが、やはり長くはもたないだろう。
「片づけたら大きく
だが、魔術戦においてはマナフ王国にも十分な勝ち目がある。
ゆえに、自分が行うべきはできるかぎりマナフの術式兵団の援護をすること。
――ここで削りきる。
リリアスは剣を強く握りしめて森を駆ける。
前方に十五人ほどの敵中隊を見つけた。
歯を鳴らす。
体に力を込める。
剣を森に閃かせた。
「うわっ」
一人。
背後から首を薙ぎ一撃。
「ぐあっ」
二人。
振り向きざまに心臓を突く。
「――!!」
三人目が気づいたところで、十二人が一斉にリリアスに武器を向ける。
しかしリリアスの姿は誰にも捉えられなかった。
銀光が閃く。
黒い髪が森の中を踊った。
「俺はここで死ぬわけにはいかないんだ」
リリアス・リリエンタールは白兵戦において右に並ぶ者はいないとされるほど、卓越した戦士であった。
◆◆◆
「これで全部か。……くそ」
近場に敵の気配はない。
気づけば味方の声も聞こえなくなっていた。
――どれだけの戦力を投入するつもりだ。
だがあまりにもバルトローゼの兵力は大きかった。
――魔石の補充をしたい。
本来であれば
だが、それに伴ってリリアスが〈灼輪術式〉を使うための魔石が尽きていた。
「っ」
そこでまた爆発音が響く。
――止まるな。動き続けろ。
まだ自分は倒れるわけにはいかない。
この最後の決戦で、マナフを勝たせなければならない。
でなければ今までのすべてが無駄になる。
――死ぬなよ、ゼムナス。
リリアスはいったん森を出ることにした。
◆◆◆
それからほんの数分後。
森を走っていたリリアスの鋭敏な感覚器が妙な気配を捉えた。
――なんだ。
やや速度を落として気配のほうへと向かう。
そこで、リリアスは深い森の中を軽い足取りで行く一人の女を見つけた。
「――誰だ」
すると、リリアスの気配に向こうも気づいたのか、歩を止めて言う。
「いるのはわかっている」
――面倒だな。
身なりは白い軍装系のローブ。
腰部の凹凸を見るに、おそらく刀剣を仕込んでいる。
これまで倒してきたバルトローゼの兵士とはあきらかに所属が異なる
「出てこないならこの森を焼くぞ」
女が
展開される術式。
体からあふれる膨大な魔素。
この森を焼くという彼女の言葉に嘘偽りがなく、またそれを行えるだけの力があることをリリアスは察した。
「っ、やめろ。この森にはまだ俺の仲間がいる」
まだエルザたちが森の中にいるはずだ。
無差別に魔術を使われたのでは困る。
リリアスは姿をさらした。
「……マナフの兵士か」
女は
――ゼムナスと同じ……
白い髪に青い瞳。
【おい、リリアス】
そこでふと、最近では夢の中以外であまり話しかけてこなくなったあの少女が声をあげる。
「今はやめろ」
【だが――】
リリアスは少女の言葉をさえぎって女に答える。
「そうだ。俺はマナフの兵士だ」
「では教えろ。マナフの〈廃英雄〉はどこにいる」
そのたったひとつの単語で、リリアスはこの女がバルトローゼの兵士ではないことを確信した。
「お前……どこの兵士だ」
「名乗る意味を感じない。お前はわたしの問いにだけ答えていればいい」
この女は、〈英雄産業〉に関するなにかを知っている。
いや、知っているのみならず、実際に関わっている可能性がある。
ふとリリアスの脳裏に〈廃棄部隊〉という単語が浮かんだ。
「居場所は知っている」
「なに?」
まさか本当に知っているとは思わなかったのだろう。
女はわずかに目を丸くした。
「だが言えない」
言えば女は斬りかかってくる。
自分がその〈廃英雄〉だから。
しかし今、万が一にも死ぬわけにはいかない。
まだマナフはバルトローゼの脅威を退けてはいないのだ。
「言え。わたしはそいつに用がある」
ここでこの女から〈廃英雄〉という言葉が出た意味をリリアスは考える。
そこでリリアスはかまかけをしてみた。
「処分しにきたのか」
「っ」
リリアスの言葉に、今度は女の方がなにかに勘付いたようだった。
そしてその反応を見て、リリアスは確信した。
「お前、〈廃棄部隊〉だな?」
と同時、現時点でバルトローゼとマナフの戦いに別勢力が介入していることに違和感を覚える。
約束の日時はまだ先だ。
急ぐように現れた〈廃棄部隊〉が、どういう意味を持つのか。
【違う、大事なのはそこではない】
頭の中に声が響いた。
そこでリリアスはハっとした。
――今、この女は、俺を見ても〈廃英雄〉と断じなかった。
なにかが、おかしい。
「貴様、どこまで知っている」
そこで女が一歩、リリアスに近づいた。
「……答える義理はない」
「答えろッ!」
女がはじめて怒気を露わにした。
瞬間、白いローブの内側から剣を抜き放って接近してくる。
――速いな。
しかしリリアスには反応できる。
一撃、二撃。
剣撃を重ね、三撃目でリリアスが女を蹴り飛ばした。
並外れた
「くっ……尋常じゃない力だな……。まるで〈廃英雄〉だ」
そう、自分こそが〈廃英雄〉。
そのはずだった。
リリアスの頭がめまぐるしく回転する。
「まあいい。貴様が〈廃英雄〉でないというなら用はない」
すると女がその場を去ろうとする。
「待てッ!」
「断る」
白い装束をはためかせて、女はみるみるうちに森の中へ消えていく。
その後ろ姿にえもいわれぬ不安を感じたリリアスは、とっさに『自分が廃英雄だ』と言いそうになった。
だが、
――俺には自分を〈廃英雄〉だと証明するものが……ない。
まだ魂性能力に目覚めていない自分。
体に刻まれた〈灼輪術式〉を使えば多少は見栄が効くが、今手元には魔石がない。
――俺は、なんだ。
魔術も、魂性能力も使えないのであれば、近接戦に優れているだけのただのマナフ兵。
リリアスはひとりその場に残される。
「……くそっ」
答えは出ない。
しかしこのまま立ち止まっていても状況は好転しない。
遠くでまた爆発音が鳴った。
「……みんなは無事だろうか」
リリアスははぐれた仲間たちを探しに、再び森を走った。
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