第11話 「魂の質」

『〈廃英雄〉……か。どの時代も人の考えることは同じだな……』


 リリアスはあの少女が悲しげな表情を浮かべるのを見た。


『それでお前は、自分の死の運命を知らされたのか。いずれ〈ベスジアの王〉――いや、〈廃棄部隊〉に処分されるという運命を』

「ああ」


 ゼムナスと出会ってからそう経たないころのことだ。

 訓練に明け暮れていたある日、リリアスはあの王の側近にそれを伝えられた。


『しかし、それも少しおかしな話だ。〈英雄産業〉の実態を聞くと、そうして呼び出された〈廃英雄〉には死の運命を知らせるべきではないと思うのだが。まともな精神では発狂してしかるべきだろう。反逆の温床にもなる』

「おれは、普通の〈廃英雄〉と少し違う」

『どういう意味だ?』


 少女が首をかしげた。


「マナフ王国には、〈廃英雄〉が二人いる」


 それがすべてのはじまりにして、最大の秘密であった。

 だからあの王の側近に事実を伝えられたときも、こういわれた。


【今後二度と、たとえ相手が私であっても、この事実を口にしてはならないし、そのそぶりを見せてもならない。私も、なにも知らないものとして振る舞う。――この命が尽きるまで】


 リリアスは椅子の背もたれに深く腰掛け、小さく息をつく。

 ずっと胸のうちにため込んできたものを吐きだせて、少しすっきりしたような顔でもあった。


「ゼムナス・ファルムード。俺のあとに生まれた、もう一人の〈廃英雄〉だ」

『二人目を錬成できたのか』

「このマナフ王国の領土は魔石の鉱脈に恵まれていてな。どうやら地脈に宿る魔素量もほかの国よりだいぶ多いらしい。ほかにもそういう土地はあるが、こんなことができるのはマナフくらいだろう」

『……なるほど』

「だが〈廃英雄〉は各国につき一体しか保持することが許されていない。それが英雄産業のルール。〈魂性能力アニマ・クリプト〉という特異な力を発揮する可能性がある〈廃英雄〉は、ときに国家間のパワーバランスを容易にくつがえす。もし〈廃英雄〉を量産できる国家があって、その力を英雄産業とは関係のない戦争に使おうとしたら、厄介なことになるから」


 ゆえに〈廃英雄〉は二人以上生み出してはならない。

 そして〈廃英雄〉を国家間の戦争で使用してもならない。


「もし二人以上の〈廃英雄〉を生み出したことが提携国ていけいこくにバレたら、すぐに〈廃棄部隊〉が動くだろう。これは〈廃英雄〉が国家間の戦争に使われた場合も同じだ」


 だからリリアスはできるだけ表舞台に出るべきではない。

 もし自分が〈廃英雄〉として戦争に参加したことが露見ろけんすれば〈廃棄部隊〉によってベスジアに送られる前に処分される。

 それでもさきの戦争で出撃を命令されたのは、そこで負ければ英雄産業など関係なくマナフが滅びるとわかっていたからだろう。


「マナフの思惑は〈廃英雄〉の力を使って自国を守ることにあった。バルトローゼという強大な国に敗北し、大きく衰退したこの国にはあとがなかった」


 マナフは英雄を求めた。

 しかし前時代から戦いに前向きではなかったマナフには、英雄が生まれる土壌どじょうがなかった。


『二人の〈廃英雄〉のうち片方を、ホムンクルスであることを隠したまま普通の英雄として登用することにしたのか』

「そうだ」

『そして英雄に選ばれなかったほうの〈廃英雄〉を、通例どおり英雄産業の生贄にする』

「……ああ」


 リリアス・リリエンタールはいずれ〈ベスジアの王〉に殺される。

 国家間の戦争が再度起こりはじめたいまとなっては、その名もすたれ、形骸化けいがいかしている。

 それでもリリアスは、かの暴王を倒すために選ばれた者として、その地へ向かわねばならない。


 ――〈廃棄部隊〉が剣をいで待つ、運命の地へ。


『……不毛な役目だ』

「そうだな」

『もう十分ではないか。先日の戦争でマナフは勝利し、ゼムナス・ファルムードは民衆にたたえられる英雄になったのだろう?』

「ああ」

『ここまでくれば、もうお前という対ベスジアの英雄がいなくとも、民衆は英雄ゼムナスのために身を粉にして働くだろう。英雄というのは、落ちぶれた国家にとってまさしく希望だ。生き残るための光そのものとも言える』

「俺もそう思うよ」


 でも――


「そのゼムナスが〈廃英雄〉である以上、他の英雄産業提携国にそのことがバレないように必ずひとり〈廃英雄〉が廃棄されなければならない。マナフは俺とゼムナスを生み出すために英雄産業に提携した。あの神々の術式は、英雄産業に参加しなければもたらされないものだったから」


 リリアスは椅子に座ったまま前のめりになって手を組んだ。


『マナフ王国が少なくともひとりは〈廃英雄〉を生み出したことが、提携国には知られているわけか……』

「そう。だから誰かが〈廃英雄〉として廃棄されなければならない」


 もしそれが行われなかったら、やはり〈廃棄部隊〉によって先に〈廃英雄〉であることがバレたほうが処分されるだろう。


「……それは、ダメだ」


 リリアスは床を見つめたまま小さくつぶやいた。


『だがゼムナスは〈廃英雄〉としての力を持っているのだろう? たとえ生贄になることをまぬがれたとて、それがきっかけでゼムナスも〈廃英雄〉であることがバレはしないだろうか』

「いや――」


 リリアスは首を振った。


「あいつはすでに〈魂性能力〉を使える。けどあいつの能力は提携国の目をだますのにちょうどいい能力なんだ」

『ほう、どんな能力なのだ』

「〈枯れない月の魔素〉」


 それは、けっして尽きることのない無限の魔素を指す。

 ゼムナスの魔素器官は、それ自体〈魂性能力〉と呼ぶにふさわしいものだった。


『無限の魔素……おそろしい力だな。普通の人間には持ちえない力だ』

「そう。でもこれはゼムナスが生き残るのにちょうどいい。ゼムナスの魔素が無限かどうかは、実際に実験でもしないかぎりわからないし、同じように人外染じんがいじみた魔素を持つ者はほかにもいる。つまり、うまくやればそう簡単にはバレない」


 ゼムナスの力が〈廃英雄〉ゆえのものであることを隠しやすい。


『そういうお前は――』

「俺はまだ自分の〈魂性能力〉を発現させられていない。それにもし能力が発現したとしても、魔素器官を持たない俺は少なくともゼムナスのように隠しやすい能力ではないと思う」


 もしリリアスの魂性能力がわかりやすく異常なものであれば、すべて都合が良い。

 それが目につけばつくほど、リリアスを〈廃英雄〉として処分しやすくなる。


「まあ、今俺の魂性能力が発現していないことはある意味都合が良くもある。俺が魂性能力を使わないかぎり、廃英雄の多重生産がバレることはないから。――でも、いずれは使う必要がある」


 自分こそが〈廃英雄〉であると証明するために。


「どうすればその〈魂性能力〉に目覚める?」

「死を強く自覚したとき、〈廃英雄〉は〈魂性能力〉に目覚める」


 リリアスはこれまで狂気的とも言える鍛練を繰り返してきた。

 死を間近に見据えるほどの鍛練を重ねれば、いずれは自分にも〈魂性能力〉が目覚めるのではないかと思ってのことだった。


「でもまだ俺は、〈魂性能力〉を使えない」

『……さきほどお前の魂に触れて、お前がこれまで積み上げてきた狂気的な鍛練を垣間見た。アレで目覚めないのであれば、もうどれだけ自分の体を追い込んでも〈魂性能力〉は発現しないだろう』

「……なんでだろうな」

『わたしはなんとなく、その意味がわかる』


 ふと少女が言った。


『お前は、そんな絶望的な状態にあっても、自分の生を諦めていないんだ』


 リリアスはわずかに目を見開き、しかしすぐに自嘲じちょうするように笑った。


「違う、おれはとっくに諦めている」

『いや、お前は諦めていない。あそこまでの鍛練を課してなお、お前の魂は生きる残ることを望んでいる。あるいはその鍛練でさえ、自分が生き残るためのかてにしようとしている。まったく、強靭きょうじんな魂だ』

「その強さは……よけいだよ」


 リリアスはそれまでの鋭い刃のような空気をどこかにしまって、落ち込んだ少年のように力なくうなだれた。


「それに俺には、この役割を全うする以外に生きる意味がない。親もなく、故郷も知らず、どこかの民族に属しているわけでもない俺には、これ以外にこの世界で生きる意味を見いだせないんだ」


 自分はホムンクルス。この世界の部外者。どこかから呼ばれた、孤独な旅人。


「それは世界に与えられた役割だ。だが、自分の生きる意味は――自分で見つけるものだ」


 ふと、少女があの夢の中で青い瞳の少年に言った言葉を繰り返した。


「それは……大変なことだよ」

『だがお前にはできる。わたしは知っている』


 少女がリリアスに近づいて、そのほほをやさしく手でなでる。

 まるでいつくしむように、そしてなにかに、祈るように。


「でも、俺が生きる意味を見つけて生き残ってしまったら、ゼムナスが死ぬ。……それはダメだ。それだけは……ダメなんだ」


 リリアスはゼムナスを本当の弟のように思っていた。

 最初はそうではなかった。

 けれどいつの間にか――


『……嗚呼ああ……これは悪夢だな』


 少女がふと、悲しげにつぶやいた。


「……どうだろうな」


 リリアスは自嘲するように笑った。


『……ちなみに今はどこがあの神々の術式を保持している』

「……〈ザラシュール〉」


 ザラシュール皇国。

 マナフからずっと北にある国だ。


「英雄産業を中心になって率いているのはザラシュールだ。そして一時期その傘下さんかにいながら、途中でそこから脱退した国もある」

『一度それに参加して脱退ができる国家があるとは思えんが……』

「そうだな。真実を知ってしまった国をザラシュールも野放しにはしたくないだろう。一蓮托生いちれんたくしょうの世界産業。――でもその国は、自分たちの力を誇示することでそこから脱退した」

『よほど強い国家なのか』

「ああ」

『名は?』

「――バルトローゼ」


 かつてマナフ王国がやぶれ、滅亡の一歩手前まで追いやられた――大陸の次期覇者である。

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