第10話 「悪魔の進言」
〈
それはいわば、争いという素材を使って、最大の費用対効果を得ようとした人間の欲の集大成だ。
かつて、戦争はあらゆる人間の文明を
とはいえ戦争は人が行うもので、戦争による破壊の速度が増したとき、人というそもそもの資源が絶対的に減っていく。
そのことにいくつかの国が気づいたとき、世界は平和への道を歩みはじめた。
しかし。
同時にある者たちが、この戦争によるメリットだけをどうにか継続的に
『破壊は必要だ。新たな再生と発展のいしずえになる』
『それも一理だが、破壊というより明確な死の提示が必要なのではないか。世界的にみると、戦争によって非戦闘員にまで被害がおよんだ国のほうがその後の発展がめざましい』
『命がかかっていれば人は持ちうる力の最大限を発揮するということだ』
『であれば、やはり命をおびやかす存在が必要だ。常に人々に死を思い起こさせ、そして滅びることのない最高の敵が』
彼らはまず『最高の敵』を作ることにした。
そして作り上げた架空の国家を〈ベスジア〉と名づけることにした。
『だが絶望だけでは人は生きていけない。生きる意志を失ってしまうのでは本末転倒だ』
『絶望に対抗する希望が必要だろう。連合軍を結成して、定期的に
『軍はだめだ。この敵を人々に実在すると思わせるには、実際に人が死ななければならない。そして軍隊レベルの戦いでは人が死にすぎる。戦乱の時代の熱が冷めやらぬ今、お互い自国の軍隊は減らしたくないだろう?』
『……』
『ベスジアの戦力を少数精鋭にしてはどうか』
『土台案としてはわるくないが、それを脅威だと認識させるのは骨が折れるな。中途半端な力量だと民衆をだましきれない。さっさと大軍を派遣して数で潰せ、と言われるだろう』
『問題はそこだ。戦争の
彼らは頭を悩ませた。
『……英雄を、作ろう』
そこである者が言った。
『英雄?』
『常識はずれの怪物だ。一般的な兵をどれだけ送っても意味がない思ってしまうような。戦争が数で決まるという常識を、土台からくつがえす。そしてこの英雄の実在こそが、〈ベスジアの王〉の存在を逆説的に証明する』
『まるで第二時代の〈勇者〉のようだな。しかし今の時代にそんなことができるのか』
『もちろん、はじまりの犠牲はある程度必要だと思う。だけど、実際に前の戦争中も数の不利を個人の力がくつがえすことは何度かあった』
『ふむ。ではその理論が通用するとして、どうやってそんな〈英雄〉を作る?』
『第二時代の〈神々の術式〉を使う。人造人間――ホムンクルスをつくる術式だ』
『なに……?』
どよめきが走った。
『ある古代遺跡から発掘したんだ。造りからして第二時代の建造物だろう。第一時代のものと比べてまだ文明的に近い雰囲気があった』
『その術式は実際にどうやってホムンクルスを創るのだ?』
ひとりが
『魂を持ってくるんだ。それがどういうものであるかはあまりに哲学的で答えなんて出せそうにないけど、そう表現するしかない事象が起こっている。そして術式による魂の選定が終わると、次に体が自動的に構成される』
『……それが本当だとすればまさしく神の術式だな。乱用すれば軍などいくらでも増やせる』
『いや、この術式は地脈と接続してその大地に潜在する
『なるほど』
『ちなみにこうして生まれたホムンクルスには共通の特徴がある。ホムンクルスは必ず〈赤い瞳〉か〈青い瞳〉、そのどちらかを持って生まれる』
『おもしろい特性だな。〈青い瞳の勇者〉と〈赤い瞳の魔王〉を思い出す組み合わせだ』
『そうだね』
『ちなみに、魂を持ってくるというからにはそのホムンクルスには独自の意志があるのか』
『ある。そして彼らは意志のみならず彼らしか持ちえない特殊な力を使う。僕たちはこれを〈
『魂性能力……』
それは魔術では説明できない力だった。
『その魂性能力は、大軍を相手に圧倒できるような力を持つのか』
『ものによる。だけどこれは実際のところどうでもいい。人智を超越した力を持ちうる者がいる、というだけで英雄産業には十分だ』
『どうやってその事実を民衆にわからせる』
『だから、輝かしい〈英雄〉を、この術式で作るんだ』
それは、あるいは悪魔の進言だった。
『……たしかに、魔術では説明できない特殊な力を使う〈英雄〉を先に表舞台に立たせれば、逆説的にベスジアの王の力もそういうものであると知らせることはできるかもしれんな』
しかしこのとき、彼らにとって一番のメリットはそこではなかった。
『これで、自国の民を架空の国家のために犠牲にする必要がなくなる』
暴国ベスジアとその国の王の実在を証明するために、自国の誰かを
どの国も民を失うことなく、ベスジアという暴国の存在をにおわせることができる。
彼らは――
『ザラシュールよ。念のため訊くが、まさかそれを独り占めしようとは思っていないだろうな』
『そのつもりならとっくにそうしてる。わざわざここで存在をほのめかしたりしない。英雄産業に参加するというのであれば、その国にはこの神々の術式を教えるよ』
『となるとこれから各国に〈英雄〉が生まれることになるな。ベスジアという架空の暴国を存続させるためには、最終的に〈ベスジアの王〉に殺されてもらわなければならないが、実際、どうやってそれをなす?』
後処理。
英雄産業の生贄になる彼らは、最後の最後で真実に気づくことになる。
――〈暴国ベスジア〉なんてものははじめから存在しなかった。
『事実を知れば復讐のひとつやふたつ考えるかもしれん』
『むしろそこでこそ僕たちは協力しよう。もしこの〈英雄〉たちが反逆しようしたら――』
『英雄を廃棄するための精鋭部隊を作ればいい。外観としては〈ベスジアの王〉に殺されたことにする』
『それがいい。ではこの部隊にこそ、各国は最精鋭を投入するべきだ。〈英雄産業〉の実態を民衆に
『あまりにバカげているからね。そんなの不可能だ、と誰もがまず思うだろう』
『常人が不可能だと思うからこそやる価値がある。そしてこの真実は、一部の人間以外知る必要がない』
『……それにしても、廃棄されるさだめにある英雄、か。〈廃英雄〉とでも呼んだほうがいいだろうか』
『ああ、〈廃英雄〉。わかりやすくて良い言葉だ』
そして〈英雄産業〉は生まれた。
この時点で彼らはホムンクルスたちのことを同じ人間だとは思っていなかった。
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