第10話

 相手を床に投げつける様子を脳裏に描き、慌てて消した。また王弟を力技で捻じ伏せるわけにはゆかない。

「本当に、不泣姫なかずのひめは泣かぬのだな」

 芯のある低い声が、間近で聞こえる。

「あの日、キルク殿の屋敷で、きみは泣かなかった」

 キルクとは、リィシアの叔父だ。叔父の家に身を寄せていたのは、2年前。14歳のときだ。

 そのときの出来事といえば、キルクの息子、リィシアの従弟にあたる少年が、病で亡くなったことだ。従弟は、もともと体が弱く、長く患っていた。

「僕は当時、隠居した父上に連れられて、国中を見てまわっていた。その途中で、キルク殿の屋敷に泊まっていた。……ご子息があのような状況だとは知らずに」

 違います。あなたが悔やむことではありません。

 リィシアは否定しようとしたが、思うように声が出ない。

 従弟が他界したことと王弟が訪ねたことに因果関係は、ない。従弟の死は、誰もが「近いうちか」と思っていたが、あの時機だとは想像していなかった。

「きみは、泣かなかったね。泣かないが、泣くよりも深く悲しみ、悼んでいた。そんなきみと話してみたいと思った。しかし、きみはすぐに」

 リィシアは、自分が居候していることで従弟の心が弱っとゆくのを目の当たりにしていた。責任を感じ、葬儀の後に別の親戚を訪ねた。一度も涙を見せないことに後ろ指をさされながら。

「すまない。きみを一方的に知り、もっと知りたくて近づいた」

 王弟が抱擁を解いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る