第7話

 ロテュス王国は小さいながら、山も海もあり、食べ物にも恵まれている。

 地方でも、市街地に出向けば、様々な店が軒を連ね、市場も屋台もある。

 米粉の麺を口にした王弟は、心底美味そうに溜息をついた。

「久々の、屋台の味だ……!」

 それを目の当たりにしたリィシアも、つい頬が綻んでしまう。

 やんごとなき王弟を力技で捻じ伏せてから、半月が経った。王弟が驚き過ぎて声を上げられなかったお蔭で誰も気づかず、何のお咎めもないが、普通なら厳罰に処されてもおかしくない。

 それなのに、王弟は口外せず、養老院に居座っている。老人達に慕われ、話を聞くのが楽しいようだ。

 リィシアにとっても王弟にとっても意外だったのが、王弟の側近も老人達を無碍にせず親身になって接していることだった。

「お供のかたを置いてきて平気だったのですか?」

「その方が良いと思った。あの者は、スン殿とスン殿の作品に夢中なのだから」

 スンというのは、養老院に住む老人だ。元気だった頃は指物師をしていたが、足を悪くしてから意地の悪い弟子に追い出され、養老院に身を寄せることになった。

 養老院でも、スンは箪笥や机をつくり続けている。ひとりで持ち運びができる小さく軽い作品しかつくれないが、市場に売りに出し、収入を得ている。

 もともと工芸品に興味があった王弟の側近は、「指物師・スン」にも興味を持ち、まるで祖父と孫のような親しい関係を築いてしまった。

 そういうこともあり、王弟は側近を伴わずに市街地に足を運んでいた。一緒に来たのは、リィシアだけだ。買い物かつ護衛として。

 しばらく同じ場所で生活しているうちに、リィシアの中で王弟への苦手意識は薄れてきた。

 王弟は、声が大きい。よく笑う。よく人を褒める。側近をたしなめることはあるが、人を悪く言わない。

 それと。

「雨だ!」

 雨の中、嬉しそうに外に出る。今も、屋台の傘から出て、全身で絹雨を受けようとする。

 王弟は、視力が弱い。しかし、それを感じさせないほど、性格は明るい。

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