第5話

 王族だという人が養老院を訪ねたのは、「雨期のずる休み」と揶揄される晴れた日のことだった。

「国王陛下の弟君であらせられるぞ!」

 やたら声を張る側近を伴って現れたのは、静かな雰囲気の青年だった。

 リィシアは、管理者夫妻の計らいで出迎えには立ち会わず、物陰から様子をうかがう。

 王弟。まじか。

 リィシアは生唾をのんだ。

 噂が正しければ、王弟はリィシアと同い年の16歳。聞いたもの全てを記憶する男、と言われている。

 華美ではないが上品な衣に身を包んだ王弟は、側近をたしなめてから管理者夫妻に挨拶した。意外と声が低いんだ、とリィシアは思った。

 管理者夫人が茶を淹れようとすると、王弟の側近が物陰のリィシアに気づき、そこの者、と声を張った。

「そなたが淹れよ」

 リィシアは、びくりと震えてしまった。

「殿下にご挨拶もしないとは、何を考えている。この国の民ならば、王族を敬うのは当然のことだ。武器を捨て殿下に尽くせ」

 声も体も大きな側近が、つかつかとリィシアに近づく。高圧的だが、リィシアに危害を加えるわけではないのは、リィシアもわかっている。しかし、足がすくんでしまう。腰の木刀にも手がかけられない。

 おどおどする管理者夫妻に、王弟がにこりと微笑む。杖をつき、おぼつかない足取りで側近に近寄り、探るように彼の肩に手で触れた。

「やめないか、みっともない」

「殿下が威厳を保たないから、私が代わりにやっているんです」

 側近が振り返り、悔しそうに王弟を睨みつける。

 王弟はわずかに視線が合わず、それでも側近を諭そうとする。

「我々が偉ぶる必要はない。王宮の者たるもの謙虚であれ、と国王陛下も常に仰るではないか」

 それに、と王弟は言葉を続ける。

「その者は、リンハン殿の三番目のご令嬢だ」

 王弟の噂は、聞いたもの全てを記憶する男、というだけではない。

 王弟は生まれつき目が見えない、という噂もある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る