第6話

「ええ今度は闇の勢力がやってくる? 」

「しーっ」

 レジスタンスたちとの戦いが終わりほっとしたのもつかの間、まさかの情報に言葉を失った。

「なんでもレジスタンスに資金を融通していたらしくて」

 裏で争いの種を作っていたのは闇の勢力も同じだった。

「提供した資金が返ってこないからレジスタンスたちの利権を全部奪いに来たみたいだ」

「なんか闇の勢力だけにやることが怖いね」

 よく見ると回覧板で回ってきたレジスタンス・コーポレーションの名前がミッドナイト・コーポレーションに変わっている。

「金のためなら手段を選ばない連中だからな。この街も危ない」

 レジスタンスたちの資金不足を逆手に取った作戦のようだった。

 合理的な分、隙がない。

「リナ姫のことはあくまで序章に過ぎないってこと」

 権力と金があれば人は動くと信じているのはレジスタンスも闇の勢力も変わらない。

「ルーク、お前は帰っていいんだぞ」

 お前たちは俺が守る、そう告げたがルークくんには全然響かない。

「オナキン、あんた一人でリナ姫を守れるトデモ? 」

 一度助けたとはいえわだかまりが消えたわけではなさそうだ。

「それにもうレジスタンスには帰ラナイ」

 彼はもう戻るつもりなないようだ。利用されていた組織におとなしく戻れるほど図太くはないらしい。

「リナ姫は大切な人だ。ボクが守ル」

 そして彼女を抱き寄せる。

 ぐぬぬ。

 二人はお似合いで僕は少しだけ悔しくなる。

 ってこんな緊急事態に嫉妬している場合じゃないんだけど。

「ルーク、ケン、メルシイ」

 リナちゃんは怖い目にあったのにも関わらず真剣な表情で僕たちの手を握って感謝してくれた。

 あんなひどい状況に立たされても泣かないでいて強いなと思った。

 案外彼女を守っているつもりで守られていたのは僕たちの方かもしれない。

「あらリナ姫、三人のナイトを従えて、ラスボスとの対決ってとこかしら」

 ヨーコは笑いながら彼女の肩を叩く。

 僕たちは一つのチームとなって戦うのだ。

 最終決戦の前。

 束の間の休息をとることにした。


***


「お母さん、今日はどうしたの? 珍しく料理して」

「ううん。たまにはお母さんも家事くらいするわよ。甘えてばっかりだと思われたくないからね」

 そうやって焦げかけのカレーを用意する。

「お父さんも珍しく掃除に力入れて。今日はいいことでもあった? 」

「お父さんだってやるときはやるさ」

 トイレと風呂がピカピカになってまるでホテルのようだった。

「ハナもお菓子作りとか、好きな男子でもできた? 」

「お兄ちゃんには関係ないでしょっ」

 そう言いながらも余ったとクッキーを分けてくれた。

 本当みんなどうしたんだろう。

「さっきケンがいない間みんなで話したんだ。お父さんもお母さんも最近忙しくて寂しかったんじゃないかって」

 それでいなくなって家出でもしたんじゃないかと心配したようだ。

 本当はこの街を守るために仲間たちと戦っていたんだけれど。

「それにリナちゃんとオナキンくんが来てからお兄ちゃん張り切っていたでしょ」

 それを見ていたら自分たちだけ頑張らないのもいけないと思ったそうだ。

 ルークくんとオナキンとのやりとりを見たあとだから僕は少しだけ感動した。

 いつもは僕がいないとみんなダメだと思っていたけど。

 案外そうでもないらしい。

「お母さん、お父さん、ハナ。ありがとうね」

「こちらこそいつもありがとう」

 それをたまにでも口にしてくれたらよかったんだけど。

 でも言ってくれるから伝わるものもある。

 やっぱり僕はみんなが好きだなと思った。

「なあなあケン、なんかいいことあったか? 」

 いつもはうるさいとしか思わないオナキンに聞かれると僕は思わず笑った。

「うん。でもオナキンには内緒」

「ええ少しくらいいいだろう。ケチ」

 そのやり取りが不思議なくらいいつも通りでなんだかほっとした。

 面倒だと思っていたけどオナキンが来てから僕の生活は変わった。

 これから闇の勢力との戦いが終わっても僕たちは一緒だと信じていた。


***


 ミッドナイト・コーポレーションと名乗った男たちは大路ヌシさんの屋敷へと入っていった。

 彼らは名士である大路家に取引をしに来たようだ。

 もちろん狙っているのはこの街。

 高級マンションや大型複合施設を作って一山あてようという考えらしい。

「それで作戦は? 」

 オナキンとヨーコ、ルークくんとリナちゃん、僕たち五人で作戦を練る。

「この街の再開発をしても利益どころか損が出るって大路ヌシのジジイに理解させないといけない」

 でもそれって難しいよね。

「闇の勢力は金勘定が得意だからうまく言いくるまれそうわよね」

 師匠であるヨーコも珍しく心配している。

 彼女曰く金で動く人間は人の話より目先の利益で動くことが多いらしい。

 長年生きてきた人間の勘だからわかるのだという。

「レジスタンスの名を語る詐欺だと気付けばイイノダガ」

 ルークくんも自信なさげだ。自分がいた組織だからやり口は重々承知しているのだと続ける。

「ふがいないばかりダ」

 かつて仲間だったと思った人間と別れたばかりだからか少し不安げだ。

「パパ、ヨーコ、ルーク、ケン」

 リナちゃんが僕たちの名を呼ぶ。

「わたしたち、ボナミ。シンジテ、カテル」

 苦手な日本語で一生懸命言葉を紡ぐその姿にみんなの心が動く。

「そうだよな。弱気になったらできるものもできなくなるし」

「リナ姫の言うとおりね」

「信じることから始めないとナ」

 僕も頑張らないと。リナちゃんだってこんなに一生懸命考えているのだから。

 こういうところが好きで可愛いのだ。

 真面目で努力家で頭のいい彼女だから伝えられる気持ちなのだろう。

「よし、みんな行こうっ」

 僕たちは円陣を組んでいっせいのせで声をかける。

 これからが最終決戦だ。


***


「それでこの街の開発についてだがまずは共同入札して勝ってもらわないと困るのだ」

 大路ヌシの屋敷にはレジスタンス・コーポレーションを語る闇の勢力たちが集まっていた。

 普段とは違うメンツに違和感を抱いたのか老人は条件を突き付けていた。

「わしもあんたがたに再開発を任せたいと思っている。だが信用というのは大事でな」

 役所にも推薦しておくから計画を練ってくれと告げる。

「かしこまりました。この街のためですからそのくらいの準備はして当然です」

 真面目な顔で闇の勢力の男たちは資料を取り出す。

「事前に相談いただいた内容は検討しております。あとは大路さまの後押しがあれば我々も安心して入札できます」

 大路ヌシの出した条件は何だろうか。

「この街をただのベッドタウンにしておくのは惜しい。この街には可能性があるはずだ。世界に羽ばたくための、私たちが羽ばたくための」

 掲げる理想は立派だが闇の勢力たちが狙っているのはここの土地だ。

「フフ。ワシもあんたがたを信頼しておる。あくまで形だけのものだ。手続きさえ踏めばあとはワシらの思うようなことができる」

 お互い利益があるというわけだ。

「くそ。あいつらのいつものやりくちだ。金をちらつかせて人を買収するやり方でいくつもの案件をかっさらってきた」

 僕たちはオナキンの持っているトランシーバから中の会話を聞いていた。

 かつての仲間のうちで協力してくれる友人もいるそうだ。

 一歩間違えれば捕まるから気が気でなかったけど。

「聞いている限りつけいる余地はナサソウダ」

 ルークくんも彼らの手は知っているはずだが難しい顔をしている。

「僕たち子どもができることってあるのかな」

 ことがあまりにも大きくなっていて、今まさに宇宙人が狙っていると大路ヌシに伝えても信じてもらえないだろう。

 なにせ金に目がくらんでいるのだから。

「やっぱりここは正攻法で突撃か」

 オナキンそれはやめておけ。

 みんながそう思い引き留めた。

「おいそこのお前何をしている」

 トランシーバから男たちがもめだすのが聞こえた。

 そして数十秒後。

 屋敷から一人の男が追い出される。

 まずい。僕たちの作戦がばれた。

 トランシーバからは音が消え、ばらばらになった鉄くずが捨てられる。

「裏切り者には死を、だ」

 闇の勢力を騙すのは無理があったということか。

「オナキン、お前が裏切るのは知っていた。だから内通者を泳がせていた」

 その中でも黒い装束に身を包んだ男が語る。

 どうやらこいつがラスボスのようだ。

「うるさい。俺にだって守りたいものがあるんだよ」

「一度は捨ててしまったものを取り戻そうと思うのはバカげたことだ」

 オナキンのことを全否定する。

 その姿に僕はむかついた。

「家族を捨て、信頼も失ったお前を拾ってやったのは誰だと思っている」

 男はオナキンのことを完全に見下している。

「それにお前に戻る場所など残っていない」

 もうどこにも行けないんだよと笑う。

「くそっ」

 オナキンは唇をかみしめ悔しそうにうつむく。

 何やっているんだよオナキン。

 いつものバカで空気を読まないところとか。意外と仲間思いのところとか。

 全部知っているのになんでここで躊躇するんだよ。

 情けない顔見せるなよと怒りたいのに言葉が出てこない。

「オナキン、信用のないお前が何を語ってもこの街の再開発は止められない。我々闇の勢力の土地として支配することになる」

 だったらここで反対するよりも一緒になったほうがいいだろうと男は笑う。

「あの大路ヌシも味方だ。案ずることは何もない」

 それはあんたが買収しようとしているからだろう。それは卑怯だ。

 言いたいことは山ほどあった。

 でも一番言いたいのは。

「オナキン、何動揺しているんだよ。お前らしくないよ」

 僕たち仲間だろう。だったら何を迷っているんだ。

 闇の勢力から逃れることはできないと怯えているのか。

 それとも、もう誰にも信用されないかもしれないと恐れているのか。

 そんなの考えなくたっていい。

 だって僕たち仲間だろう。

「オナキン、今のお前には信じてくれる人だっている。仲間だってここにいるんだ。闇の勢力に負けちゃだめだ」

 僕は必死になって語りかける。

「オナキン、君には息子のルークがいる。師匠のヨーコがいる。大切なリナちゃんだっている。守りたいものがある」

 だけど仲間だって守ってくれる。

 裏切り者だという人間だっている。

 だけど大切な人はオナキンを信じてくれる。

 だから。

「オナキンが自分を信じないでどうするんだ」

 いつだって自分を信じるのは難しい。人の言葉で揺らいで何をしたかったのかわからなくなるときだってある。

「ここに信じてくれる仲間がいるんだぞ」

 僕はいつになく真剣だった。

 だってここでオナキンが負けてしまったら。

 彼は自分の信じた道も失うことになる。

「ふん。ガキが小賢しい真似をしても無駄だ。オナキンがいようといまいとこの開発はすでに決定済みだ」

 プレゼンも終わり後は正式に通達を待つだけだと笑う。

「お前たちの持っている情報を信じる者はいない」

 もうダメかもしれない。

 僕たち子どもだけで太刀打ちできるものではなかったのかも。

 不安に思い始めたその時だった。

「ノン。ヴゲソンラシュ。ヌインソル、パモンペル」

 リナちゃんがすごい剣幕で怒り出す。

「ふん。子供が生意気だ。私たちが臆病者だと? 笑わせるな」

 男が手を上げようとするのがわかる。

「やめろ、リナちゃんに手を出すなっ」

 リナちゃんが僕たちを守ろうとしてくれることも、僕たちのために怒っていることもわかった。だから。そんな優しい彼女だから守らないといけない。

 ここでリナちゃんを守らないで誰が守る。

 僕は彼女を助けることに必死だった。

「小僧、生意気な口利いてタダで済むと思うなよ」

 そして今度は僕を狙って暴力の手を向けようとしたその瞬間だった。

「お兄ちゃんに手を出すなああ」

 水鉄砲で目を狙い撃ちにする妹のハナの姿があった。

「私たちの息子を傷つけたらタダじゃおかないわよ」

 お母さんが音声レコーダーを片手にスーツを着た新聞記者たちを引き連れる。

「あんたらの情報はマスコミも聞きつけているわ。金で買収しようとしている噂だけじゃなく、証拠まで突き付けられたら、この話は流れるわよ」

 お母さんの出版社は報道もやっているからねと笑う。

 いつもはわがままお姫様のお母さんの本気を見た。

「ふん。マスコミなど怖くはない。所詮は口だけの連中」

「それはどうかな」

 今度はお父さんの声がする。

「私たちデベロッパーからしてもあなたたちの行動は目に余る」

 利権の奪い合いをしていては本当の意味での開発はできない、そうお父さんは続けた。

「大路ヌシさん一人の意見が通るものではありません。私たちはほかの所有者に確認を取り、総意を得ることができました」

 お父さんが男に最後通牒を突き付ける。

「レジスタンス・コーポレーションの入札は断固拒否すると。それが皆さんの強い意志によるものだと」

 お父さんは一軒一軒回って、所有者のサインをもらって、男たちの不正を暴いたのだった。

「マスコミの報道であなたたちの所業が世に出たら、この街にはいられなくなるでしょうね」

 人を見下ろしていたのが裏目に出たのか男は無言だった。

「いつからだ。裏切り者は誰だ」

 誰も声を上げない。だがわかりきっているはずだ。裸の王様は誰だったのか。

「司法に頼らずともあなた方はこの街を利用しようとした。その罪は重い」

 もうここにはいられないでしょうねと告げられる。

「くそう。ガキが、こんな茶番が通じると思うなよ」

「私たちの息子を侮辱することも許しません」

 最後に男は僕を狙う。

 だけど。

 オナキンが僕を庇った。

「ありがとうな、ケン。みんなのおかげで助かった」

 子供たちを頼むと、まるで今生の別れとばかりに涙した。

「せっかく家族三人そろったのに、ここで最後か」

 その言葉にハッとする。

 そうかリナちゃんはオナキンの子供だったのか。

 それですべて合点がいった。

 リナちゃんをさらったのも。

 ルークくんを助け出そうとしたのも。

 全部大切な家族だったからだ。

 それを最後の最後まで黙っていたのは誰のためか。

「オナキン、最後なんて言うなよ。僕たち、友達だろう」

 信じろといった僕の言葉を信じてくれた。

 今までガキだと思ってごめん。

 オナキンは立派な父親だった。

 大切なものを守ろうとした。

「パパ、ノン」

 あんなに気丈に振舞っていたリナちゃんも目に涙を浮かべている。

「ありがとうな、リナ、ルーク。いいお父さんじゃなくてごめん。だけど二人は俺の自慢の子どもたちだ」

 最後の力を振り絞って自分の思いを伝えようとする。

「リナ、言葉もわからない場所に来て不安だったと思うけど、前向きな姿にいつも助けられていた。優しくて前向きなところはお母さんそっくりだ」

「パパ……」

 リナちゃんは父親の手を強く握る。

「ルーク、たくさん苦労をかけてすまなかった。ダメなところは俺に似ないでよかったと思っている。だけど寂しい思いをさせたのだけは後悔している。お母さんもお父さんもいなくて頑張っていたのはずっと前から知っていた」

「……バカ」

 ルークくんも必死に涙を堪えている。

「こんな形でも家族で一緒にいられたこと、感謝している。二人とも俺のもとに生まれてきてありがとう」

 最後の力を振り絞ってそう告げる。

 何も言い残したことがないように。

 真剣な顔で。

「最後に、ケン。お前のおかげで俺たちは立ち直ることができた。いつも怒られてばかりだったけどお前は俺の親友だ。ありがとう」

 いつもうるさくて、目立ちたがり屋で、子供っぽい彼に感謝される日が来るとは思わなかった。僕だってお前がいてくれたから変わることができた。

「お前がいてくれたから僕だって大切な人ができたんだよ。こちらこそありがとう」

 気が付けば僕だって泣いていた。

 親の前で涙を流すなんて恥ずかしくてできないと思っていたのに。

 泣くのは情けなくてみっともない。

 そう思っていた過去の自分を叱りたい。

 悲しいとき、人は泣いたっていいんだ。

「ケン、もう心配しなくて大丈夫だよ。救急車と警察を呼んだから」

 お父さんとお母さんが優しく言ってくれる。

 妹のハナも心配そうにこちらを見て鼻をすすっている。

「もう大丈夫だから帰ろう」

 僕たち家族がいる場所に。

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