第5話

「ただいま」

「あらお兄ちゃん、どうしたのめちゃくちゃ臭いよ」

 ハナが鼻をつまんで家から追い出そうとする。妹といえど容赦がない。

 ヨーコとルークくんとの仲裁のためとはいえオナキンに頼った僕の考えは浅はかだった。

 案の定リナちゃんも笑顔は浮かべているが少し苦しそうだ。

「お兄ちゃん臭いからさっさと風呂入って」

 事実とはいえ臭いといわれると人は傷つく。

 多感なお年頃なのだから仕方がない。

 地球の平和を守ることがこんなに大変だなんて思わなかった。

 しかもこれからもっと危険がやってくるのだと思えば。

 途方に暮れるのだった。

「回覧板でーす」

 そして風呂上がりにアイスをかじりながらテレビを見ているとご近所さんから回覧板が回ってくる。最近頻度が多いな。

「今度この街で再開発がされるそうで立ち退きがあるそうだから気を付けて」

 なんだか物騒な話だった。

「地元の名士や地主さんたちが乗り気で困ったものだわ」

 そこにはレジスタンス・コーポレーションという名前があった。

「……」

 戦争というスケールの大きさで来るのだからまずは金と権力でこの街を支配しようとしているのが目に浮かぶ。

「なんでも高級マンションを何件も立てて、ここをリゾート施設にするそうよ」

 地主さんたちは乗り気だけど、こんなベッドタウンを観光地にしてもね、とご近所さんは続ける。

「今まではそんな話聞いたこともなかったからみんな怪しんでいるのよ」

 お母さんたちにも伝えておいてねと付け足される。

 もしかしなくても。

 これはレジスタンスたちの地球を乗っ取る作戦の一つじゃないか。

 だとしたらリナちゃんが危ない。

「ハナ、リナちゃんはどこ? 」

「今日はお買い物に行っているみたい」

 まずい。今彼女は一人ということだ。

 つまり敵勢力に狙われているリナちゃんのことを考えると急がないといけない状態なのだ。

「何お兄ちゃん考え事? 」

「ちょっとリナちゃんを迎えに行く」

 急いで外に行く準備をした。

 だけど僕一人では心配だ。オナキンも連れていくつもりとはいえ味方は多い方がいい。

 だったら。

「ルークくん、一緒に来てくれ」

 引っ越したばかりの新築の家を探す。噂になるくらいだから目立つ家だろう。

 見当をつけピンポンとチャイムを鳴らす。

「おいおい子供の悪戯かい? ダメだよそんなことしちゃ」

 初老の仕立てのいいスーツを着た男に注意される。

「すみません。急いでるんです」

「最近子供の悪戯が多くてね。いくら子供でも分別くらいはあると信じたいんだが」

 高級車を駐車場の中に入れる途中らしい。

「大路ヌシさん、早くしてくださいよ。商談の最中でしょう」

 やたらと風になびく衣装を着た変な大人が文句をつけていた。

「ああすいませんね。早くいきましょうか」

 不自然に思ったが僕は焦っていて何も考えていなかった。そのまま大人たちは屋敷の中に入っていった。

「ケン、行くゾ」

 振り返るとルークくんが隣にいた。

「なんだ。探したんだよ」

「シッ」

 口元に指をあて静かにするよう注意された。

「リナ姫を探すんだろう。急ゴウ」

 どうして突然現れたのかとか、さっきの連中の話を聞きたかったがルークくんは頑なに口を利こうとしない。

「そうよ。彼女を一人にしては危ないわよ」

 師匠のヨーコも来ていた。

 全身緑色のコーディネートは木を隠すなら森の中という言葉を思い出すものだった。

「俺も行くぜ」

 そしていつも通りうるさいオナキンもいた。

「じゃあ、作戦を立てるからみんな聞いてくれ」

 僕たちがリナちゃんを守るんだ。

 だって戦争がとか、争いがとか、そんな理由もあったけど。

 彼女が僕たちの大切な人だから。

 だから戦うのだと心に決めた。

 一人ひとり能力の違いはあるけれど力を合わせれば百人力だ。

 こういう時仲間がいると心強い。

「リナ姫は買い物に行っていたのよね。だったらレジスタンスたちは目をつけているはず」

「人目のないところが危険ダ」

 近所のスーパーまでの道で人気がないのは。

 夕暮れ時の公園だ。

 あそこは街灯も少なく不審者が多く出るという。

「急ごう。レジスタンスたちが狙ってくるはずだ」

 ルークくんもうなずく。

「司令官たちはリナ姫を取り戻そうと躍起にナッテイル。卑怯な手に出るカモシレナイ」

 彼の情報も頼りになる。

 かつては対立したとはいえ今は友達のはずだ。

 そう信じようと思った。

「なあケン、俺は俺は? 」

 やっぱりオナキン、うるさいよなと思いつつ、協力してくれるのはありがたい。

「リナちゃんを助けよう」

 みんなで顔を合わせ公園へと向かう。

 敵も焦っているはずだ。だから彼女を守ることができれば。

 戦争は防げる。

 確信に近いものがあった。


***


「リナ姫、オナキンに騙されているのは知っています。だから早くここから逃げてください」

「ノン」

 レジスタンスたちが彼女を囲んでいた。

 リナちゃんの片手には今日のスーパーで安売りだった食材の入ったエコバッグがある。

 彼女を一人にしたのがまずかった。

 いつも通り平和な日常が送れるのだとと信じていた僕が間抜けだった。

 オナキンが言った通り、レジスタンスはリナちゃんとこの街を狙っているのだった。

「オナキン、この裏切り者めが。闇の勢力に落ちた人間に私たちを責める資格はない」

 ひらひら衣装を身に纏うレジスタンスの中でもさらに高級そうな生地の衣装の男がにらみつけてくる。

「アイツは司令ダ」

 そっとルークくんが耳打ちする。

「そこのガキはなんだ。お前は呼んでいない」

 横柄な態度の男はリナちゃんの腕をつかんで車に引きずり込もうとする。

「卑怯なのは相変わらずね。力で誰もついてこないのがわかって、権力にすり寄ろうとする態度には辟易していたのよ」

 さすがにその言い草にカチンときたのかヨーコが喧嘩腰になり腰に携えていた剣を引き抜く。

「ふん。消えたはずの武術の天才ヨーコが裏切っているとはな。旧政府軍はすべて吸収したと思ったんだがな」

 そしてレジスタンスたちとの戦いの火ぶたが切られた。

「ヨーコを倒せばあとはすぐにつぶせる」

「こんな弱っちい連中に私が負けるとでも? 」

 小柄なヨーコが宙を舞い、右に左によけていく姿は見事だった。

 一人一人に対して的確に狙っていき脳天を突く技に僕は感嘆した。

「いけえヨーコ」

「あんたも戦うんだって」

 そして剣を投げ渡される。リナちゃんを守るためだ。あんなに厳しい稽古を乗り越えたのだから僕だって戦えるはずだ。

「オナキン、ルークくん、行こう」

 僕が声をかけると二人はうなずいて駆け出す。

「リナちゃん、必ず守るから待っててね」

 大声で宣言すると司令は低く笑う。

「裏切り者はお前たちの方だ。自分たちの愚かさ、弱さを呪うといい」

 その言葉にルークくんのこめかみがひくつく。

「ルーク、お前は私たちを裏切れないはずだ。だって父親であるオナキンを恨んでいるんだろう」

「どういう意味ダ」

「見せてやろう。大切なリナ姫だけでなく、お前の母親を殺したオナキンの姿を」

 そして光る球体を取り出し、僕たちはオナキンの過去を知ることになる。

 彼は確かにルークの父親だったのだ。


***


 それは遠い昔の話。

 オナキンが闇に落ちる前だった。

 彼は英雄だった。

 惑星を救い、闇の勢力から民を守り、為政者としてふさわしい人物として崇め奉られていた。

 そんな彼が恋したのは惑星の王女である女性だった。

 彼女は玉のように美しい双子を生み亡くなった。

 それが表向きの話だ。

 だが本当は。

 闇に堕ちたオナキンを庇って死んだのだ。

「オナキン、そなたは我々闇の勢力と手を結ぶべきだ。病床に臥せっている王女さまを助けられるのは我々だけだ」

 その甘言を信じてレジスタンスを裏切った。

 オナキンはバカで考えなしで、臆病だった。

 だから病気の妻を救うという言葉を信じてすべてを捨てた。

 愛する人のために。

「オナキン、お前は私たちの敵だ。そう簡単に許されると思うな」

「やめて彼を殺さないで」

 王女の必死に懇願もむなしくレジスタンスは彼に刃を向けた。

 そしてすべてを覚悟した彼女はオナキンを庇って亡くなった。

 当然、その息子であるルークは父親を恨んだ。

 自分の母親を殺した男。

 自分たちを見捨てた親。

 師匠の言葉も聞かずに闇の勢力を信じようとしたこと。

 ルークはすべてを憎んでいた。

 だからレジスタンスとして父を倒す日を待っていた。

 そうすべてを失っても、何も持っていないルークには関係なかった。


***


「思い出しただろう。あの男はお前の大切なものを奪う人間だ。ルーク、お前は許せるのか」

 司令はルークくんを煽る。

 彼の中にある葛藤が痛いほど伝わってくる。大切な存在を奪われた憎しみ、自分を守ってくれなかった悲しみ。

 それをすべてオナキンにぶつけていく。

「ルーク、言い訳はしない。俺はお前も、お前の母親も助けられなかった最低な男だ。だけど一つだけ言いたいことがある」

「何も聞きたくナイ」

 無表情で父親に斬りかかる姿は阿修羅のように悲しみを堪えているようにも見えた。

「お前は父親ナンカジャナイ」

 そして苦しそうに吐き捨てた。

「何を思われても仕方のないことをしたと思っている。だから言うんだ」

 オナキンは真剣な声で告げる。

「もう苦しむのはやめろ。母さんも俺も望んでいない。お前は真面目で責任感がある強い男だ。だから人に利用される道を歩まなくたっていい」

「それは無責任なお前だから言える言葉ダ」

 ずっと恨んできたんだ。彼の憎しみは消えることはない。

 そしてルークくんは続ける。

「お前を倒さないと何も変わらない。リナ姫は救われないし、世界の平和も守れナイ」

 そう信じていないとやっていられないような口ぶりだった。

 そしてオナキンの胸めがけて剣を突き刺そうとする。

「やめろっ」

 その瞬間僕は叫んでいた。

「ルークくん、君はこれ以上したら絶対後悔する」

「そんなコトナイ」

 僕にはわかる。彼は自分の言葉に責任をもつ人間だ。少なくとも父であるオナキンと違って真面目で優しくて、一本筋が通っている。

「親子だから分かり合えるとかそういうことじゃないんだ」

 僕だって自分の親に言いたいことがないわけではない。

 例えばお母さん。

 いつだってわがままなお姫様のままで生きてきた人で僕に頼りきりだ。

 稼いでいるからって何をしたって許されるわけではない。

 例えばお父さん。

 苦手なことから逃げてばかりで、いつも怒られてばかり。

 いい加減にもほどがある。

 妹のハナだって昔は僕に引っ付いてきたのに今では小生意気になって、僕がいないと困ることだってあるのにいつだって強気だ。

「ルークくん、言いたいことがあるなら言葉にしないと伝わらない。君が苦しんだことも、欲しかったものもすべて」

 オナキンは確かに子供だ。

 自分のことが一番だし、目立ちたがり屋だし、結構適当だ。

 そして何より思い込みが激しい。

「オナキンの言葉だけですべてが許されるわけじゃないけど」

 君だって言いたいことは山ほどあるんだろう。

 だって僕たちはまだ小学生なのだから。

「うるさい」

 そういうルークくんの顔は幼く、いつもの理知的で大人ぶっている姿はなかった。

 これが彼の持つ弱い部分なのだろう。

「ずっとこいつのことは嫌いダッタ。変な名前をつけられて初対面の人にはいつも笑われるし、裏切り者の息子と噂サレテ、友達もイナカッタ。全部全部こいつのセイナンダ」

 自分が苦しいのも、寂しいのも全部オナキンのせい。

 そう思っていないとやっていられなかったのだろう。

「母親もいなくて父親は何もシテクレナクテ、どれだけ嫌な目にあったと思ウ? 」

 オナキンは何も言い返さない。いや、言い返せない。

「大事なリナ姫まで奪っておいて、これ以上何をスルツモリダ」

 そのままルークくんは膝から崩れ落ち嗚咽を漏らす。

「頼む。もう何もトラナイデクレ」

 自分の子供に泣かれて平気でいられるオナキンではなかった。

「全部俺が悪かった。ごめんなルーク」

「謝罪されてもウレシクナイ」

 それが彼の本音なのだろう。ようやくルークくんの心から声を聞いた気がした。

「ふん。親子の感動の和解など見せられても興ざめだ。ばかばかしい」

 ルークくんの気持ちも知らずに司令は吐き捨てる。

「私がどれだけお前に投資したと思っているんだ。この十年、どれほどの金と時間を使ったと思っているんだ」

 その言葉で目が覚めたらしい。

「そうだな。無駄にした時間は返ってコナイ」

 ルークくんは静かにうなずく。

「だったらこの先好きにさせてモラウ」

 それは彼なりの決意だったのかもしれない。

 宇宙を巻き込んだレジスタンスたちの戦いに対して彼だって思うところがなかったわけではない。

「リナ姫を利用するのも、人を使うだけ使うのも。全部終ワラセル」

 そしてかつては従っていた司令相手に斬りかかる。

「ひっやめてくれ。リナ姫がどうなってもいいのか」

 卑怯にも司令はリナちゃんを盾にする。

 そうなればみんな黙っていない。

「司令どういうおつもりですか」

「リナ姫を取り戻す約束では」

 レジスタンスたちも司令の行動に疑問を持ち始めたようだ。

「私たちは宇宙の平和のために闇の勢力と戦う覚悟できました。だけど」

 もう信じられないと彼らはつぶやく。

「あなたが地球を征服するのも我らの土地を取り戻すためだというからここまで来ました」

 でも私たちは間違えていたのかもしれないと皆が疑いを隠さない。

「ああ。全部お前たちが信じるから私だってここまでやってきた。みんなそうだろう。安住の地が欲しい。闇の勢力が憎い。自分の持っていないものを何もせず手にしている人間が妬ましい。そんな気持ちが満たされない相手を使って何が悪い。被害者ぶっているがお前らだって同罪だよ」

 司令は一気にそういうとリナちゃんの喉元にナイフを突き立てる。

「ほらお前らだって加害者になりたくないだけでやっていることは同じだ。覚悟がないやつらほど言い訳を言いたがる」

 怖がるリナちゃんのことなど無視して男は大声を上げる。

「雑魚ほど何かを信じたがる。私はお前たちの望みをかなえようとしただけだ。現実も見れない馬鹿どもをな」

「おいそれ以上言ったら許さない」

 人をコケにしておいて逃げるのは許さないとばかりにオナキンが駆け出す。

 子供を傷つけ、利用し、あまつさえ馬鹿にしたことは彼の正義に反するらしい。

 あんなに子供っぽいオナキンが本気で怒っているそう感じた。

「ケン、オナキンは覚悟を決めたようね」

 師匠であるヨーコも何かを悟ったようだった。彼は一世一代の大勝負に出るつもりだ。

 彼だって一人の大人なのだと実感した。

 いつもは飄々としてバカなことばかりしているのに。

 大切なものを守ろうとしているのだ。

「ふん。オナキンごときに何ができる。闇に堕ちた臆病者が」

 司令は強気に言い返すが身体は心なしか震えている。

「ああ俺は弱かった。だから闇に堕ちた。だけどな。負けられないときだってあるんだよ」

 そして一気に駆け出すと司令の身体を滅多打ちにする。

「命までは取らない。だがリナ姫は返してもらう」

「ノン、パパ」

 リナちゃんは瞳に涙を浮かべ、止めようとする。

「ふん。だからお前は甘いんだよ」

 彼女の喉元に突き付けられていたナイフがオナキンの方へと向けられ。

「死ぬのはお前だ」

 その瞬間だった。

「ヤメロ」

 ルークくんとヨーコが後ろから男を羽交い絞めにして身動きをとれなくしていた。

「オナキン、あんたに死なれたら師匠として目覚めが悪いわよ」

「十年分の文句、聞いてもらう予定ダカラナ」

 そして周囲にパトカーがやってくる。

 司令は警察官に囲まれて連れていかれた。

 めでたしめでたし。

 その時はそう思っていた。

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