第4話

「なあケン、どうした悩んでいるのか」

 珍しく空気を呼んだオナキンが声をかけてくる。

 今日はデミグラスソースを使ったシチューだ。

 手の込んだ料理を作ることで今後の不安を解消しようという僕の知恵だ。

 難しいことを考えるのは性に合わない。

「なあ、ルークくんを見ていると本当にレジスタンスがリナちゃんのことを狙っているのかわからなくなってきた」

「あいつは不器用だからな」

「へ? 」

 あんなに頭が切れて、スポーツもできて、女子にモテモテなルークくんが不器用だって? オナキンってたまによくわからないことを言うよな。

「一応俺も二人の子供の親だからな」

「オナキン、ガキじゃん」

 人の話は聞かないし、自分の都合を押し付けるし、騒ぐの好きだし、ルークくんより子供に見える。

「あのな、ケン。俺だってたまには考えるんだよ」

「何を? 」

 今日の献立だって僕が考えたし、家事の順序だって人に聞かないとあたふたしてしまうオナキンの思考回路はわからない。

「……。俺ってもしかして信用ないか? 」

「まあ」

 ちょっとだけ可哀そうになってきた。お父さんほどじゃないけどオナキンもあまり役に立ってくれないからね。

「とにかくレジスタンスは卑怯な手に出てくるはずだ。それを守れるのは俺とお前だけだ」

 そしてガシッと手を握ってくる。

「男と男の約束だからな」

 オナキンとはそこまで友情があるわけではないがそういわれるとうなずいてしまう。

 僕って意外と流されやすいのかもと考えていると妹のハナが声をかけてくる。

「何二人で内緒話しているの? 下ネタだったら引くな」

「ハナ、そんなわけないだろう。男には隠し事をしないといけないときだってある」

「それってお父さんが隠れて本物のビール買っているときとか? 」

「ギクッ」

 なぜか被害がお父さんにまで飛び火している。

「あらお父さん、お母さんに黙ってノンアルやめたのかしら」

「そ、そんなわけないよ。これは麦のジュースを発酵したもので」

「それをアルコールって言うんです」

 その後お父さんはコテンパンにやられていた。

 僕も隠れて何かするのはやめよう。そう心に固く誓った。


***


「ケン、今日の料理オイシカッタ。セボン。メルシイ」

 久しぶりにリナちゃんと話ができた。彼女はハナと行動を共にしているからなかなか一緒になることができない。

 妹曰く彼女の部屋は男子禁制の秘密の花園らしい。

 リナちゃんは言葉が通じないながらもハナと一緒におしゃれをしたり、外国語の本を読んだりしている。

 おそらく僕よりもかなり頭がよくて、何回も人の心の機微に触れてきたのだろう。

「僕もリナちゃんが喜んでくれて嬉しいよ。困ったことがあったら言ってね」

 ハナがいたら口説いていると怒られそうだが、僕だって好きな人には優しくしたい。

「ケンは優しいオニイチャン」

 そういわれると嬉しい。ハナは意地っ張りで強気な妹だからなかなか褒めてくれない。

「私にもオニイチャンがイタ。今は会エナイ。だけど優シカッタ」

 そうかリナちゃんもホームシックということか。

「確かに故郷を離れていると寂しくなることも恋しくなることもあると思う。僕たちは一緒にいることはできるけど、大事な人を思う気持ちは変わらないよね」

 彼女が寂しくなるということはそれだけ大切なお兄ちゃんだったということか。

「僕はリナちゃんのお兄ちゃんにはなれないけど、寂しい気持ちはわかる気がする」

 ハナが生まれる前は僕は一人だった。お母さんは仕事で忙しいから保育園では一人きり。でも僕にはお父さんがいた。今ではすっかり雑に扱われているが、お父さんの言葉は心に残っている。

 ケン、寂しくないか?

 そういう時は夜空を見るといい。

 この空はどこまでも広く、同じ場所でつながっているから。

 そう告げると彼女も空を見上げる。

「キレイ……」

 外の空気は澄んでいて星がいくつも輝きを放っていた。

「ジュテーム」

「……? 」

 リナちゃんは顔を赤くしながらそうつぶやく。

 僕に向けてなのか恥ずかしそうにうつむくとハナの元へと戻ってしまった。

「おいケン、片づけ手伝ってくれ。お父さんが悲しみのあまり酔いつぶれてしまった」

「ええ。あれだけ注意したのに」

 ソファでお父さんは缶チューハイ片手にいじけていた。

「ううぐすん。お父さんだって酔いたいときがあるんだよ。わかってくれるかケン」

「……」

 ちょっとだけお父さんのかっこいいところを思い出したのに現実はなんというか残念だ。

「お父さんいじけるのはいいけど明日資源ごみの日だから、缶まとめるの忘れないでね」

「うう。そう言ってくれるのはケンだけだよ」

 注意されたのは忘れているのかもう一杯開ける。

 大人ってどうしてしっかりしているように見えてこうもダメダメなんだろう。

 僕は立派になろう。

 そしてリナちゃんと結婚するんだ。

 彼女の気持ちはわからないが、宇宙からの刺客からも守って、二人で幸せに暮らすんだ。

 その時僕はレジスタンスたちの思惑に気づいていなかった。

***


「戦いはすぐそこまで来ている」

 オナキンは放課後の校庭で勢力図を書き始める。

「これが俺たち闇の勢力、そして旧政府軍、レジスタンスだ」

 いわゆる三つ巴ということだ。

 今までリナ姫を狙っていたのはレジスタンス。だけど旧政府軍も黙っていない。

「彼らは滅びゆく種族だ。だから闇の勢力の中にも一族出身のものもいる」

 オナキンはわかりやすく説明しているつもりなんだろうが、僕には難しくて理解できない。

「簡単に言うと、闇の勢力バーサス、レジスタンス。追加で旧政府軍の連中も」

「なあにそのおまけ扱い」

 振り返ると小学生くらいの少女がいた。彼女は不服そうな顔でこちらを睨む。

「ってヨーコ。どうしてここに」

「あら師匠に向かって何その口の利き方」

 全身モスグリーンの衣装に身を包んでオナキンの首根っこを引っ掴んでいる。

「紹介くらいしなさいよ。私、旧政府軍で今は闇の勢力の一員のヨーコよ。オナキンには昔稽古をつけてあげたのよ」

 それはそれは可愛くて弱かったのよと付け足す。なんだかオナキン立つ瀬なしだ。

「そ、それは大昔の話だ」

「今だってレジスタンスに負けそうじゃない」

 だから援護に来たわよと告げられる。

「なんだオナキンにも仲間がいたんだな」

「同列に扱われるのは不満だけど、あなたいい子そうだから許すわ」

 頭を撫でられる。なんだか子ども扱いで複雑だ。

「子ども扱いはやめて下さい」

「だって子供じゃない」

 悪びれもせずヨーコは言い返す。ぐぬぬ。オナキンじゃないけど彼女とは気が合わない。

「でもリナ姫もとんだ連中に気に入られたものよね」

 かつての王妃の娘だからねと付け足す。

「父親は誰かは知られていないけど、元は高貴な身の上だからね。みんな彼女を欲しがるのよ」

 なんだその理由。リナちゃんはいつも寂しそうにしているけど何故だかわかった気がする。

「人をもの扱いするやつらは好きになれない」

「あらオナキンより男気あるのね」

 ヨーコは何か面白いものを見つけたような顔をする。

「気に入ったわ。ちょっと付き合いなさい」

「僕にはリナちゃんという心に決めた人が」

 そういう意味じゃないわよとどつかれる。

「稽古、つけてあげる」

 ルークに負けられないでしょと彼女は笑った。


***


 言っておくが僕に武術の心得はない。

 僕が得意なのは平和的な解決であって力で力をねじ伏せるような能力は持ち合わせていない。

 それなのに。

「ほら素振り百回」

 竹刀を持たされそれはそれは過酷な訓練を強いられる。

「あなた見込みあるわよ。オナキンは闇の力に頼り切りだけれど、あなたならその肉体でレジスタンスを葬ることができるわよ」

「何か彼らに恨みでも」

「あるわよ」

 元はレジスタンスに国を滅ぼされたのだからと衝撃の事実を教えられる。

 彼らは力で祖国を奪った。だけど残ったのは荒れ放題の土地だけ。

 だから地球を狙っているのだ。

「すっかり悪者ダナ」

「ルークくん」

 放課後はいつもすぐに消えてしまう彼が僕たちの稽古の間に入ってくる。

「あらレジスタンスのトップのルーク・ウォームじゃないの。あんたにも稽古をつけた記憶があるけど、結局袂を分かつことになったわね」

「闇の勢力に落ちるわけにはイカナイ」

 ヨーコは特に気にした風もなく僕を扱く。なにこの関係。ルークくんはかつての師匠に対して思うところがあるようだし、ヨーコも恨んでいるのだろうか。

「あんたの場合、踊らされているんじゃないの。だってあなたは……」

「それ以上言うとこちらも黙ってイナイ」

 彼は怪しげな剣を取り出すと彼女に斬りかかる。

 だが。

 ヨーコは華麗な舞ですべてをよけきる。

 さすがは元師匠。

「二人とも争うのはやめてっ」

「あら、私のために争わないでって。かわいいわね」

 僕が仲裁に入ろうとしても素早すぎて止められない。

「ルークくんもっ。喧嘩はよくないって」

「これは喧嘩デハナイ」

 真剣勝負だと告げられる。

 喧嘩と勝負の違いだって?

 全然わからない。

 ただわかるのは二人が争いを続ければいつかどちらかが傷つくということだけだ。僕は平和主義者だからそんなこと許すわけにはいかない。

 だけどどうする。

 ヨーコはオナキンと彼の息子であるルークの師匠だ。

 力でかなうはずがない。

 だったら頭を使え。

 僕は可能な限り脳みそを動かす。普段動かさないせいかアドレナリンが溢れて、集中できた気がする。

「オナキン、出番だ」

「は? 」

 すっかり蚊帳の外だった彼に声をかける。

 ぼーっと腑抜けた顔をしているから想定外だったのだろう。

「二人を止められるのはオナキンしかいない。闇の力を使うんだ」

 僕が真剣な顔で頼むと彼はうなずいた。

「一の呼吸。屁の河童っ」

 なんだそのパクリくさい技はと突っ込みたくなるがそこはなんとか堪えて。

 ブフウ。

 周囲には茶色い煙が立ち込めて視界は最悪だ。

「クサッ」

「オナキンやってくれたわね」

 ルークくんとヨーコは顔を押さえながら犯人であるオナキンを探す。

「やっぱり闇の力って……」

 臭いんだよなと僕は一人呟く。

 オナキンの力は強大だが味方をも苦しめる諸刃の剣だ。

「ケン、頼まれたからやったけど、どうだ? 」

 少し得意げに胸をそらすあたりオナキンはオナキンだった。

「あ、ありがとう……」

 苦笑いを浮かべながら感謝すると彼は浮かれ始める。

「ふふん。俺の闇の力が必要になるときが来るとはな。俺のことはオナキンさまと呼んでくれたっていいぜ」

「いやそこまで尊敬はしてないから」

 さすがに有頂天のオナキンに突っ込みを入れることになる。

「オナキン、あんたやってくれたわね」

「いくら父親と言えど許セナイ」

 そして二人の恨みを買うことになり。

「ケン、オナキン。素振り追加で二百回」

 かつての師匠から二人揃って扱かれることになる。

 それを一緒に鬼の形相で観察するルークくんに恐れ入った。

「なんか旧政府軍ってレジスタンスと実は仲がいいんじゃないの? 二人の息がぴったりだよ」

「それ聞かれたら素振りの回数増えるから静かにしような」

 オナキンと僕はこそこそと話し出す。

 あれ? 僕は隠し事はしないって過去に自分に誓ったような気がしたけど。

 言っていることとやっていることが違うことってあるよね?

「あら何か聞こえたような気がするわ」

「ケン、何か言ったカ」

 二人して都合の悪いことだけはよく聞こえるようだった。

 こういうのって地獄耳って言うんだよね?

 レジスタンスと旧政府軍との戦いはこれからだというのに僕らはすでにヘトヘトだった。

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