第2話 男子大嫌いな橘穂乃花(たちばなほのか)さん

『♡ ホノハナさんが、良いね、をしました』

『ベルさん、とても面白かったです。また見に来ますねっ(^^♪』

「なっ!? なにぃー!?」


 朝日が眩しい自室にて。起床してから動画サイトを何気なくチェックしたらまさかの事態。大声を張り上げてしまったし、まだ夢の中と思って自分のほっぺをビンタしまくった。でも仕方ないだろ!? 校内一番の美少女と噂される橘穂乃花さんが、僕の実況動画を見に来てくれたのだから! しかも『♡ 良いね』と、コメント付き!? お、落ち着け! とりあえず学校に行こう!


 学校に着いても僕の浮足立った気持ちは収まらなかった。橘さんは、僕が『ベルさん』とは思ってもいないだろう。橘さんのことで頭が一杯。午前中の授業は全然身に入らなかった。

 昼休み、外の空気を吸おうと学校の中庭に出た。春の暖かい陽気に包まれたこの場所は、リア充達が寛ぐ聖域でもあり、僕みたいな下民には肩身が狭い。なので僕は、中庭の端、大きな木がぽつんとそびえる場所へ向かった。ここは日中でも大きな影が出来る物静かなところ。お昼の時間にここに来る人は滅多にいない。特別な事がないかぎりは。だからここで心を落ち着けようと思ったのだ。

 でもそれが裏目に出た。なぜなら1人の見知らぬイケメン男子がここに来たからだ。そして少ししてから橘さんも来て。僕は側にそびえる大きな木の陰に隠れていた。これはあれですよ、いわゆる――、


「橘さんの事が好きです! 付き合って下さい!!」


 き、きたっ!? なんで今日に限ってこんな大事件に遭遇する!? 


 すると、冷たい声音が聞こえた。


「私の、どこが好きなんですか?」


 告白したイケメン男子が戸惑う。僕も思わず息を飲む。橘さんが目の前の男子を冷淡に睨みつける。僕はハッと思い出した。橘さんが、男子嫌いでも有名だった事に。すると橘さんがはっきりと言った。


「私の顔と体型じゃないんですか?」

「え!?」

『え!?』


 告白した彼が驚きの声を上げるのと同時に、僕も心の中で同じように困惑した。彼はそれっきり声を出せずにいる。橘さんが男子嫌いという性格を如実に表した表情で、冷酷に告げた。


「そんな人と付き合えない」

「なっ!? い、いや、否定はしないけど、でも俺は、橘さんと付き合って内面のことも好きになりたいんだ!!」

「だったら、なんで私と会話して仲良くなる事を飛ばすんですか? ろくに話したことないですよね?」

「そ、それは、橘さん男子にすごい冷たいだろ! 付き合うでもしなきゃ、ろくに会話もできないと思ったから!」


 彼の熱のこもった声に、橘さんは冷たく言い放つ。


「私、全然しゃべりかけてこない人、たった数回あしらわれたくらいで諦めるような人を、好きにはなれないです」


 そして橘さんは端的に返事を告げた。


「そんな人と付き合えない」

「ぐっ! ああ、そうかよ! やっぱお前は噂通りの自意識過剰女なんだなッ!! そんな奴と付き合わなくて良かったわッ」


 フラれた男子が怒りながら言葉を投げつけ去っていく。うわあ……、えらい場面を見てしまった。内心冷や冷やしているなか、橘さんは彼の背中を冷淡に見つめながら呟いた。


「男子なんて、大嫌いっ」


 その言葉が僕の胸に強く突き刺さる。橘さんはゆっくりと歩きだし、そのまま校舎の方へ。僕は木の陰からじっと動けないままで。気づいたら昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴っていた。僕は慌てて校舎へ駆け出した。

 午後の授業は全然頭に入らなかった。学校から家に帰るまで、そして自室でもずっと、橘さんのことばかり考えていた。


 生まれ持った美貌のせいか、橘さんが多くの男子に告白されていることは知っていた。そして橘さんは、良く知らない人とはお付き合いする気はないらしく、いつも端的に断っている事も噂で聞いていた。そして冷たくフラれた男子達が、腹いせに陰で悪口を言っているのも知っていた。


「それが高校一年生から積み重なっていけば、男子の事を嫌いにもなるかぁ……。もしかしたら、僕の知らない中学生のときから続いているのかも……」

そう思うと僕の心の中が変に重くなる。でも大きな疑問が僕の心を捕えてやまなかった。

 じゃあなんで、男子嫌いの橘穂乃花さんは――、

 男子である僕のホラーゲーム実況を楽しく見てくれるんだろう?

 そんな疑問を胸に締まっておく事ができなかった。だから僕は、ホノハナさんと会話しようと決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る