第11話 松本先生の思惑(その2)
「ねぇ、一ノ瀬さんならこのテストの答えわかるんでしょ。なら教えてよ」
「教えるわけないでしょ。自力で解きなさい」
「でも先生、わからなかったら委員長に聞けって言ってたし」
「あなた、自分でいってることおかしいって気がつかないわけ?」
何がおかしいというのだ。テストのわからないところがあったら聞けって言われたから聞いているだけだ。
いや、待て。
「テスト……?きく……?」
「あなたはテスト中にわからないところがあったらどうするの?」
答案用紙の問一には空欄がいくつかある。それはつまり答えがわからなかったところだ。
「じゃああの先生、答え見ながらこのテストを受けていいって言ってるの?」
「まあ、そのまま受けとれば、そう言うことね」
「あーもう全然意味がわからない」
ならばなぜわざわざテストと言ったのか。適当もいい加減にしてほしいものだ。
「じゃあ辞書でも取ってこよ」
「スマホ持ってるのでしょ?調べるならそっちの方が手っ取り早いのじゃない?」
「何となく図書室にいるから辞書使おうかなって」
立ち上がり本棚へ移動し、お目当てのものを取り、また着席する。
国語辞典をペラペラとめくり、空欄を次々に埋めていく。
「意外と素直に取り組むのね」
「そりゃあ、もとはといえば私が休まなければよかったって話だからね」
そこでふと気がついた。
「一ノ瀬さんは何も勉強しないの?」
「あなたのテストの手伝いでもしようかなってね」
「そう、学年首席は余裕ですね。でも貴方より頼りになって正確な仲間が私にはいるの」
ドヤ顔で辞書を見せびらかし、プリントの半分を完成させた。
しかし、そこで手が止まる。
「その仲間とやらは作者の気持ちを教えてくれるのかしら」
正解と不正解がはっきりとした問題なら頼りになるそれも、答えにある程度の幅があるものになると、無駄に重いだけの本に成り下がる。
その重さの分、私の軽やかだったシャープペンシルも動きが鈍くなり、とうとう音を鳴らさなくなった。
それを見かねて、一ノ瀬さんはとうとう助け舟を出してくれた。
「だいたい線部のすぐ前か後ろに答えがあるものよ。あと、それとか、これとかの指事語がどの部分を指しているかを、しっかりと把握できるように練習しておけば解くスピードが上がるわよ」
そのアドバイスの通り進めると、スラスラと内容が頭に入りいつもより確かに問題を解いたという実感が持てた。
「やっぱりお前すごいやつだったんだな」
「入学試験主席だもの。私のことをなんだと思っていたのよ」
そう言われふと考えてみる。
一ノ瀬さんは他の人に対しては、愛想がよく頼りになる典型的な委員長像のイメージがある。しかし、私の前では飄々としており、本心がまるで見えないさながらピエロだ。
赤い鼻と三角帽子とアフロヘアー。そんな一ノ瀬さんを想像し思わず笑ってしまう。
「なに?急に笑いだして」
「手伝ってくれてありがとう。お礼に今度風船でも上げるよ。きっと似合うよ」
「本当に何なのよ。まああなたからプレゼントしてくれるというのなら、ありがたく受け取っておくわ」
「やっぱりやめた」
「言うと思ったわ。とっとと提出してきなさい。待っててあげるから」
「しれっと一緒に帰ろうとするな」
図書室を出て、再び職員室へ入り、近くの先生に要件を伝へて待っていると、しばらくしてから松本先生はやってきた。
「おー、意外に早かったじゃないか。ほい、これ答えね」
それだけ言ってまた戻ろうとする先生を私は慌てて引き止めた。
「いや待った。これ一ノ瀬さんに聞いたら案の定私しかやってないじゃないですか。しかもテストのくせにこの適当さは何なのですか」
「なんでもいいじゃない。それ丸付けしてよく復習しときなさいよ。じゃあ、私は定時だからこれで」
それだけ言ってさっさと帰ってしまう。
午後五時を知らせるチャイムが鳴り響き、仕方なく私も校門へと足を向けることにした。
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