第9話 温かいものと冷たいものと
家に帰りもらった紙を改めて見ると、そのときは気が付かなかった細かい努力が目に入った。
先生が力を入れて話していたところ、そこから類推される、テストで出題されそうなところの予想。間違えやすいところの注意点や応用方法などなど。普段背中しか見えない彼女の授業風景が思い浮かぶようだ。
いつもはやる気を出さずに、適当に時間がすぎるのを待っている私でも背筋が伸び、今回ばかりは丁寧に時間をかけてノートに書き写した。完成したものは、誰が見ても私のものではないとわかる出来で、ペラペラとページをめくると、そこだけ異質感がある。
普段感じることのできない達成感に浸りながら、鞄にノートを直し明日を夢想する。
何かお礼をしよう。なんて言葉を返そう。
思えば家族以外の誰かに、何かをしようと思ったのも久しぶりだ。
自分の心境に驚いているとドアが開いた。
「あら珍しい、勉強してたのね」
「まあたまにわね」
「ご飯できたけどどうする?」
「もう終わったとこだからすぐ行くよ」
部屋を出た母を追いかける形でリビングに向かう。なんとなく浮かれた気分でいると、「何かいいことあった?」と母が聞いてくるので、「何も」と何もなかったかのように努めて返した。
それだけで母には伝わるものがあったようで、「そう、良かったじゃない」なんて返してくる。
食卓には四人分の夕食が並んでおり、すでに父と兄は席についていた。
我が家は父と兄がそれぞれ仕事とアルバイトに出ていることが多く、全員揃って団欒することは少ない。だが、揃ったときほど会話は少なくどこかぎこちない。
以前はそうでもなかったが、兄の大学卒業を機に家族の形が大きく変わってしまった。
この互いに気を使っているようで、距離感を図っているような感覚が嫌いだ。晴れ渡った空もやがて曇り、雨が降る様に、私の爽快だった気分はジメジメと沈んでいった。
「調子はどうだ?」
「まぁぼちぼちだよ」
父と兄の会話は中身がなく、ひどく空虚に感じられる。
こういったやり取りを見るたびに、私は自分自身の気持ちがわからなくなる。
怒っているのか、悲しんでいるのか。それはおおよそネガティブな感情ということだけはわかるが、それは兄に向けたものなのか、父に向けたものなのか、それとも家族という概念に向けたものなのか。あるいは自分自身に苛立っているのかもしれない。
うまく表現できず、ただただ募るばかりの激情のようなものをどこにぶつけたらいいのだろうか。
わからないから今日も、おかずを平らげ残ったご飯に味噌汁をぶっかけ、ごちゃまぜにして全部一気に飲み込み、逃げるように自分の部屋へと戻った。
家族、それはきっとかけがえのないもので、こんな無愛想なものではないはずだ。理想までとは言わずともどこか違うといった現状に、歯がゆいものを感じる。
友人関係だけでなく、人との繋がりはやはりうまくいかないもので私には向いてない。
それでも私は今がいいとは思えない。
変えたいものと、変わりたくない私。
今の自分のままではいられない日が来るのなら、私はそれを受け入れられるだろうか。
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