第7話 曇天

 それから、一ノ瀬さんはもともとなかった遠慮をさらになくし、わたしとの距離を埋めようとしてきた。今まではおもしろ半分だったが、割と本気で友達になりたいらしい。だが、わたしにとってはたちの悪い冗談だ。

 クラスの中でもその影響は出てきている。誰にも分け隔てなく接し、頭がよくて優しい委員長が、どうやらクラスのはみ出し者にご執心らしいということが面白くないという輩もいるようだ。

 敵視の目線、好奇の視線、ひそひそ話をしながら嘲笑する目を向けられ、無関心でいられるほど私は強くない。当然だ。私は別に芸能人でも有名人でもない。ましてやどこかの令嬢なんかでもない。

 だから、教室で過ごす時間が日に日に減っていくことは、ある意味自然の流れと言えた。

 最初は昼食を気持ちよく食べれないからという理由で。それが続くと意外と、教室から出ることが億劫でないことに気がつき、休み時間のたびに外に出るようになった。

 そして、今日も今日とて教室を逃げ出し、屋上でのんびりと過ごしていた。曇った空と全く景色の良くない町並みと、それを区切るかのようにそびえ立つ山々。ロケーションは最悪だが、そもそも私は澄んだ空と、絶景に感動するような感性は持ち合わせていないから関係ないのかもしれない。

 ただ、硬いコンクリートに寝転びながら、風の音と、グラウンドからかすかに聞こえる昼練習に励む野球部の声を聞き、無駄にだだっ広い空を眺めていると、どこか遠くに意識が飛んでいって、現実を忘れられるかのようで、意外と悪くない気分だった。

 勉強、人間関係、将来、ルールなどの拘束。嫌なものは山のようにあるのに、いいことは何一つない。そんな箱庭の中で笑顔でいられる人たちが理解できず、ただただ羨ましい。近づきたいけど、近づいたところで私には届かないことを自覚させられる。だから手は伸ばさない。差し伸べられても掴まない。それでも未練はあるから突っぱねられない。

 我ながらなんとも情けないことだと思う。きっとそうやってダラダラと過ごしてきた結果が今なのだ。

 一ノ瀬さんが歩み寄ってきたものに対し、一定の距離感を保ち続け、離れないように、遠ざからないように。

 そうやって前と後ろを気にするばかりで、足元が疎かになっていた。そして気がつけば沼の上で、身動きが取れないところまで来てしまった。

 ふと、一ノ瀬さんのあの日の最後の言葉が耳をよぎった。

 (だって、あなたと私は似ているからよ)

 どこをどう切り取れば似ているというのだろうか。私には光と影のように同時に存在し得ないような正反対のように思える。でもだからこそ、理解し得ないからこそ、彼女には私の何もかもがお見通しに思えて、油断ならない存在だと思わせる。

 彼女は他人を馬鹿にしている自身を認めた。彼女の目には、私もそう写っているのだろうか。

 答えが見つからない思考を続けていると、いつの間にそんな時間が過ぎたのか、予鈴がなった。一時の安らぎが終わり、また地獄へと戻る。

 億劫な気持ちを押さえ込み、見つからないようにいそいそと階段を降り始めると、屋上に続く階段の前に他の生徒が陣どっていた。

 早く帰れと急ぐ気持ちを鎮めながら、身を潜めて待つ。

 「てかさ、あいつほんとキモいわ。何なの、ヘラヘラしてこっちの話に相槌うつばっかでさ」

 「霧島ね。マジダルいよね。こないだカラオケ行ったときも、何その選曲みたいな。歌もうまくないし、ノリもいまいちだし」

 「ほんとそれな」

 誰かが誰かを嫌いで、そんな話題で盛り上がることができる。私が一番理解できないことだ。心底、腸が煮えくり返る。イライラが収まらない。とめどなく溢れ出て来る負の感情。これ以上聞くのも嫌になり、私は来た道を引き返し初めて授業をサボった。

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