第8話 弱さ
悪いことをしている。だが、それよりも大きなモヤモヤが心を埋め尽くし、罪悪感はほとんど感じなかった。
しかし、何もせずに床に寝そべり空を眺めるだけの時間は、とても長く感じられ憂鬱な気分が晴れない。これならまだ授業を受けて、ノートを取る機械になっていたほうが気が紛れたかもしれない。
あまりにも不便な心という存在。授業に出れば嫌になり、それをやめても気になってしまう。客観的に見ればどうにもおかしな心境だ。
なんとなく立ち上がり、グラウンドで行われている、何年何組かも知らない男子達の体育の授業を眺めてみる。
少し見つかってしまわないか躊躇ったが、屋上を見る人なんていないだろうと開き直り柵に近づいた。
種目はソフトボール。今は試合の途中のようだ。
互いのチームの応援がここまで聞こえて来ることから、相当盛り上がっていることがわかる。スコアボードがないからわからないが、それなりに良い勝負になっているのだろう。
ふと視線をずらすと、少し離れたところに一人ぼっちで座っている男子がいた。怪我か、ただの見学か。それとも、和の中に交じることができずにいるのだろうか。
私も一ノ瀬さんがいなければそうなっていたのだろうか。
打球音が響きボールがゆっくり校舎側に近づいてきたので、慌ててしゃがんで隠れる。いろんなことを考えているうちに、心の霧が薄まり、それと変わるように罪悪感がようやく競り上がってきた。
「なぜ私はこんなところにいるのだろうか」
その場に座り込み膝を抱え独り言つ。
きっと私は少し憧れていたのだろう。
授業を抜け出し、他の人達が眠気と必死に戦いながら勉強をしているなか、悠々とサボることの優越感や黄昏に似たものに。
そこに都合よく、理由が転がり込んできたから、自分を肯定化したのだろう。
しかし、それも改めて経験してみれば何ら大したことのない暇でしかなく、今頃教室にいる私が嫌った人達の方が偉いのだろう。
そしてこのままでは、私はそれ以下に成り下がってしまうのだろう。
六時間目はせめて出席しようと心を改め、チャイムがなるのを待った。
私がいなくても世界は回るとはよく言ったもので、授業は何の問題もなく進み、誰も何も言うことなく五時間目は終了したらしい。休み時間になり、雑多な動きを見せる生徒たちに紛れるように教室に入った。
案の定誰にも気にされることはなかったが、一人だけ感づくものはいる。もちろん奴だ。
「どこに行ってたの?」
「ちょっと保健室にね」
予め考えておいた言い訳をそのまま言う。
「そう。はいこれ、授業の内容、簡単にまとめておいたから、目を通しておきなさい」
そういってルーズリーフ一枚に、重要なところ、テストに出そうなところなど、さらに律儀にコメント付きで作成された、授業レポートを渡される。
あまりの完成度の高さに、しばらく呆けてしまったが我にかえり、申し訳無さがこみ上げてきた。
「えっ、悪いわよ。こんなの受け取れないわ」
「そう、せっかく頑張って作ったのにな。あーあ勿体無いけどじゃあ捨てちゃうか」
「なんでよ。捨てなくてもいいでしょ」
「だってあなたが受け取らなかったら、いったい誰が使うのかしら」
「うっ・・・・・・、ありがたく、頂戴します」
「それでいい」
言えない。ただイライラしてサボっていただけとは。
誰かの好意。なんとなく嬉しくても素直に受け取れないのは、私がまだ子どもだからか、それとも私自身の問題だろうか。
どちらにしても、もっと相手も渡してよかったと思える空気を作り出せたらと思ってしまう。
自分の弱さ、理想と離れた性格。そういったものをこれからも自覚して、その度少し落ち込んで。それでも自分を変えようとは思えないのは、逃げなのだろうか。
私の中で変わることは、自分のこれまでを否定するような気がして、肯定的に受け取ることができない。
それでも、変化を恐れている私でも、他人を馬鹿にするような人間になり果てるつもりはない。
だからせめてもの抵抗として、恥ずかしくても少し強くなりたいと思った。
そのための一歩としてこれだけは言おう。
「・・・・・・ありがとう」
きっと不細工で、顔を見て言えなくて、耳も真っ赤だろう。
それでもきっと、言わなくて後悔するよりも私の心は満足している。
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