第5話 放課後
授業が終わり、放課後となれば徐々に生徒が外へと飛び出し、あるものは部活動へ、またあるものは帰宅し、教室は見慣れた姿とは真逆の静寂が満ちた空間となっていた。
掃除当番であとは完了報告をするだけというところで、姿を消した松本先生を探すことに手間取り、荷物を取りに戻ったときには、教室はもぬけの殻となっていた。
誰もいない薄暗い教室で、特にやることもないが、なんとなく席に座り周りを見渡してみた。
いつもは狭く感じる教室も一人きりならこんなにも広い。授業中とは違う空気感に、まるでこの世界に私しかいないかのような感覚に浮遊感を覚え、この小さな世界を独り占めして、支配していると錯覚してしまう。
五月に差し掛かり、高校生活初の長期休暇であるゴールデンウィークも過ぎ去った教室では、すでにグループ分けが完成しており、緊張感が抜けいくらか弛緩した日々が続いていた。
しかし、私にまつわる問題は一つとして解決へと進んではいなかった。
特に、一ノ瀬さんは一向に私から離れる素振りを見せない。私から強く拒否を見せるべきか、それともきっかけを待つか。
いづれにせよ彼女にとっても私にとっても、今後付き合いを続けていくことになんのメリットもないはずだ。
頭を抱え机に突っ伏し、静かな世界に浸っていると扉が開いた。
「あら、和泉さん。まだ帰っていなかったの?」
よりにもよって一番面倒な相手が教室に入ってきた。
「何していたの?」
「別になんだっていいだろ」
「大方掃除当番を終えて先生を探していたってところかしら」
まるですべてを見透かしているかのように、一ノ瀬さんは言い当ててみせる。
彼女はどこまでわかって行動しているのだろうか。別にいつも掃除当番のあと、松本先生が見つからないわけではない。偶然だろうと思いつつも、どこか必然を感じさせる行動をしてくる。
彼女は神かそれに準する何かだろうか。
いや、どちらかというと。
「あんたひょっとして悪魔か何か?」
「何を言っているのかさっぱりだわ。疲れて頭がおかしくなっているのかしら」
その通りである。何を私は言っているのだろうか。
「ところで和泉さん。あなた部活動には所属していないのかしら?」
「所属しているように見える?」
「そうね、少し失礼な質問だったかしら」
「だから放課後何も学校に用がない私は、これから下校するところです。ごきげんようでした、一ノ瀬さん」
「待って。一緒に帰りましょう」
「・・・はぁ、嫌だけど」
普通に考えてお断りだ。私はどこまでも一人がいいのだ。
「いいじゃない。方角も同じなんでしょう?」
「なんで知っているんだよ」
「登校中にたまたま猫とお話しているあなたを見かけたことがあるからよ」
「ば・・・・・・、くぅ・・・・・・見られてたのかよ」
さながらゆでダコのように熱く、赤く、縮こまる。そのまま炭でも吐き出して逃げたい気分だ。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない。小動物と接するときに性格がが変わるような人もいるけど、あなたはそんなこともなくただ撫で回していただけじゃない。・・・・・・ただ、猫と同じように、人にもあの笑顔をむければいいとは思うけどね」
「余計なお世話だ!」
妙な緊張感から逃げるように立ち上がり、教室の扉を力の限り開き脱兎の如く駆け出した。
「カバン忘れているわよ」
そんなことも忘れてしまうくらいには冷静ではなかった。だから、一緒に下校するということを避けることも、頭の中から抜け落ちていた。
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