第4話 困惑

 次の日の朝。私はなぜか一ノ瀬さんとお話をしていた。もちろん、座席が前後だからということはわかる。しかし、なぜ他の子ではなく私なのか。現に昨日挨拶だけかわした霧島さんなんかは、話し出すきっかけを探してウズウズしていたのにだ。

 「今日から授業が始まるわね。しっかりと教科書は準備してきたの?」

 「そ、そうですね。ちゃんと持ってきましたよ?」

 「どうして疑問形なの?それに敬語なんて使わなくていいのよ、同学年なのだから」

 あまりの唐突な出来事に気が動転しているが、とりあえず思いを素直に告げることにする。

 「なんでもいいけど、どうして私に話しかける?」

 「座席が前後なのだから別におかしなことじゃないでしょ?」

 「そういう問題じゃなくてね・・・」

 「あら、じゃあ私に話しかけられるのが不満なの?」

 「ああそうですね」

 「それは残念でしたね。私はあなたとお話したいから諦めてね」

 外に逃げ出そうにもすぐにホームルームが始まる時間だ。諦めて適当に話を聞き流し、担任が来るのを待った。


 授業が始まれば優等生の一ノ瀬さんは動けない。

 つかの間の平和が授業中というのがやや不満だが、内容はまだ難しくなく、ノートを取っているだけでいいのでまだ気楽だ。

 しかしそれが終わって休み時間になれば、奴はこちらの肩を叩く。幸いなのはお手洗いにまでついてくるようなことはしないことだ。最初の頃は逃げ込んでいたが、なぜ私がこんなところで時間を潰さなければいけないのだ、と我にかえり結局教室に居座ることにした。

 それから毎日必ず数回は話しかけてきて、提出物の回収や確認、掃除当番のときなど、ことあるごとに関わりを持とうとしてきた。

 それでも適当にいなしてきていたが、ある日の英語の授業で、二人一組で自己紹介を行うことになったときには、これまで友人を作る努力もせず、他の人と会話らしい会話をほとんどしてこなかった私は、なし崩し的に一ノ瀬さんとペアになった。

 「I'm Yua Ichinose. My friend is Jun Izumi.」

 「のーのー、のーふれんどです」

 「My family is my father,mother and me. What about you?」

 「えーと、兄がいるであってるのか?」

 「ちゃんと英語で返しなさいよ。なるほどなるほど、妹ちゃんなのね」

 「キモいからやめろ」

 「お兄さんは高校生?それとも大学生?」

 「なんだっていいだろ別に、それよりもういいだろ。ほら戻れ」

 「えー、あなたのことを聞き出すチャンスなのに・・・」

 名残惜しそうに座席に戻る一ノ瀬さん。しかし、これを機に一ノ瀬さんはグループワークのたびにペアを組むことを要求してきた。

 国語の朗読、公民のディスカッションなどの教室で行われる座学では、席が近いことを理由に。それ以外の体育などでも執拗につきまとってきていた。

 そして私も私で、他に人を探す面倒を甘んじて受け入れるかを天秤にかけ、結局のところ折れることを選んでしまっていた。

 彼女が私の中に入ってくることを許せば、きっと私の学園生活には色がつき、クラスの人からも慕われる彼女の影響で友達なんかもできて、それなり以上の青春を綴ることができるのだろう。

 でも、私はそれを受け入れられるのだろうか。

 万人が見て良いと思える変化を享受し、そして構築された世界で、私は万人足り得ることができるのだろうか。

 そこに私の望む幸せは存在しているのだろうか。

 この状況を心では拒みつつも、ぬるま湯から抜け出すための一歩を見つけられないままでいた。

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