第18話 襲撃

『こちら大和本部。バード1、定時報告をせよ』


 大和から遠く離れた場所、周囲から隠れるように偽装した装甲車の中で男はその通信を聞いていた。

 男が覗く双眼鏡の先には、無数の黒い物体たちが静かに佇んでいた。


「こちらバード1、観測対象の心喰獣ナイトメアに動きは……」


 視線を外さずにそこまで言った時だった。

 動きの無かった心喰獣ナイトメアの集団が、突然動き始めた。

 真っすぐに、迷いなく進むその方向は━━


「こちらバード1!奴らが動き始めました!進路は、大和・・!真っすぐ進んでいきます!」


『な、なに?!り、了解した。すぐに迎撃隊を組織する!バード1はそのまま、心喰獣ナイトメアの動きを報告しろ』


「了解っ!」


 慌ただしく通信を切るとバード1と呼ばれた男は、心喰獣ナイトメアに捕捉されない距離を保ちながら装甲車を動かし始めた。






ウウゥゥゥゥゥウウウウウウゥゥゥゥゥゥウウゥウゥッッッ!!


 朝焼けの大和に、警戒を伝えるサイレンの音が響いていた。

 起き始めていた街が混乱の渦に飲み込まれるなかで、都市防衛軍の基地では都市上層部と学園長である大国おおくにを集めて緊急会議が開かれていた。

 その間にも、軍に所属する心装兵しんそうへいたちは出撃に備えた準備を進めていた。


「では、全員が揃いましたので、皆様に現状を報告させて頂きます」


 サイレンの理由は、心喰獣ナイトメアに動きがあったことによるもの。

 張り付かせていた斥候の心装兵しんそうへいの報告では、種類は最下級である伝奇級だけでなく伝承級や伝説級らしき存在も確認されていた。

 もともと都市周辺哨戒と都市間行商人キャラバンから報告のあった心喰獣ナイトメア集団だったが、それが大和に向けて移動を開始していた。


「現在は斥候に出ていた心装兵しんそうへいが継続して監視を続けている。目立った動きはないが、伝説級らしき存在が確認されていることから、早急な対応が求められている。そのため、即応可能な部隊から順次出撃し、この大和に近づく前に撃破する」


 真剣な声音で都市防衛軍司令官が告げると、都市上層部も重々しく頷く。

 それを認めると、司令官は大国の方へ向き直った。


「それに伴って、低下する都市の防衛を都市士官学園アカデミーの学生にも協力して頂きたい」


「ああ、分かっている。メンバーを選抜して司令官殿へお伝えしよう」


「ありがとうございます……それと、彼なのですが」


 それまでのキビキビした物言いとは一転して、遠慮がちな問いが司令官から発せられる。

 それに対して大国は、大きく頷くことで答えて見せた。


「そちらも問題ありません。既に話は通してあります。例え伝説級が来たとしても、この都市を護ってくれるでしょう」


「有難い」


 大国の言葉に安堵の表情を浮かべたあと、改めて表情を引き締めた司令官は会議室を後にした。

 それが合図になったかのように都市上層部の人々も部屋を後にすると、大国だけが残っていた。


心喰獣ナイトメアにしては急すぎる動き……もしかすると、だな」


 それだけを呟くと、大国も司令官に提出するリストをまとめるため、部屋を後にした。






 都市上層部の会議が終わってから少し後。

 都立士官学園アカデミーは慌ただしい雰囲気に包まれ、戦闘服である装衣そういを来た上級生が何処かへと走っていった。

 登校してきた純一じゅんいちたちには、教室での待機が命じられていた。

 もちろん、こんな状況で静かに待つことなど出来る筈もなく、教室内も学園の喧騒そのままに騒がしかった。


「いや~、騒がしいね!氷室ひむろ教官がいたら一喝されてるね」


「仕方ない。最近、心喰獣ナイトメアの襲撃は無かったから」


 そう言うさきしずくたちだったが、周りの学生達からも不安や興奮の声が漏れ聞こえてきていた。


「じゅんくん……難しい顔をしていますね。心配ですか?」


 そんな中で深愛みあは、他の事が気になっている様子の純一を心配していた。


「うん……まあ、都市防衛軍が動いているから大丈夫だとは思うけど」


 そう深愛に答えながらも純一は、学園長でありヤタガラス教導傭兵団の一員である大国おおくにの情報にあった伝説級心喰獣ナイトメアの事が気になっていた。


「過去にも何回か心喰獣ナイトメアの襲撃はあったけど、どれも都市防衛軍の心装兵しんそうへいが倒してたから」


 雫の言葉が、教室内が騒がしいながらも悲壮感に満ちていない理由であった。

 今まで大丈夫だったから、今回も大丈夫だろう。

 しかし、伝奇級や伝承級だけならまだしも、伝説級ともなれば一都市で対応するには荷が重い。


「……そうだね、きっと大丈夫だよ。ちょっとお手洗いに行ってくるね」


「いってらっしゃい」


 適当な理由で会話を中断して教室を出る。

 もちろん向かうのはトイレではない。

 行き交う教官たちに見つからないよう注意しながら、校舎の階段を昇っていく。

 そのまま進んでいった純一は、屋上へ繋がる扉を開けるとそのまま外へと出た。


「えっと、発見の報告があった方角は……」


 呟きながら心力しんりょくで視力を強化する。

 身体全体を強化する身体強化は心装兵しんそうへいにとって一般技能だが、部分的な強化はより精緻な心力制御が求められる為、高等技術とされている。

 強化された視力が映し出した先では、先行して出発した都市防衛軍の部隊と心喰獣ナイトメアの集団が会敵するところだった。

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