第17話 仮面の商人
街の一角、キャラバンが店を開く広場は活気に溢れていた。
都市間を移動する関係で、店先に並ぶのは大和では見ることのない、異国情緒に溢れた物ばかりだ。
長い時間をかけて移動しているため、一部の保存が効くものを除けば、その殆どが装飾品などの期限が無いものだった。
「うわ~!やっぱりキャラバンが来ると、色々なものがありますね!」
|深愛≪みあ≫が瞳をキラキラさせながら歓声をあげる。
「みゃーちゃんってホント、キャラバンが好きだよね」
「だって!見た事のない物が沢山あるんですよ?凄いじゃないですか!」
「私も同感。でも、深愛がキャラバンを好きなのはそれだけじゃなかったはず」
「へぇ~、どうしてなの?」
「あっ、|雫≪しずく≫?!」
「はーい、みゃーちゃんは少し大人しくしててね~」
何かを察したのか慌てる深愛を|咲≪さき≫が羽交い締めにし、ついでに何も言えないように口も塞ぐ。
「深愛はね、キャラバンが運ぶ手紙が届くのを楽しみにしてたんだよ」
「健気だよね~」
「むぅぅ~~~ッ!!」
|純一≪じゅんいち≫の知らなかった一面を暴露され、深愛が羞恥の声を上げながら頬を真っ赤にする。
“外”に出てから純一は、キャラバンとのタイミングが合えばだったが、深愛に対して手紙を書いていた。
純一が同じ場所に居なかったため一方的で、10年間でもほんの数通だけだったが、それでも深愛にとっては大事な純一との繋がりだった。
「そうだったんだね。喜んでいてくれて、僕も嬉しいよ」
「うう……私も、嬉しかったよ」
そんな2人の光景を、深愛から手を離した咲と雫がニマニマしながら眺めている。
「も、もう!2人とも!」
「ごめん!ごめんって!」
「悪かったかもしれないと思ってる。でも後悔はしていない」
「余計にタチが悪いですっ!」
恥ずかしさに耐えられなくなった深愛がポカポカと二人を叩くが、本気じゃないせいか二人とも笑顔のままだ。
「もうっ!二人とも知りません!じゅんくん、行きましょう!」
頬を膨らませてプイッ、と顔をそむけた深愛は純一の手を取ると、二人を置いてズンズンと進み始めた。
そんな深愛たちを、二人は顔を見合わせて笑い合いながら追いかけるのだった。
夜になっても明るく賑やかなキャラバンの広場から一つ路地を入ると、打って変わって暗く静かな細い道が続いていた。
人通りの少ないその道は、そのまま外周へ向かっていくとスラム街へと繋がるものだった。
普段であれば通る人の居ない道だったが、今はフードを目深に被った人影が急ぎ足で通り抜けていた。
スラムがある方向から来たその人物は、急ぎ足にしては弾んだ息を整えようともせず、誰もいない道を急ぐ。
いつもであれば誰とも出会うことなく通り抜けられる筈だったが、今晩だけはそうもいかなかった。
「もし、そこのお方。よろしければ、
夜の帳から抜け出したかのように暗がりからヌッと現れた男は、そう言いながらフードの男の目の前に立った。
「……なんの用だ?」
若い男の声だった。
道を塞がれた不機嫌さを隠そうともせず、苛立ち混じりの声をあげる。
「おお!話を聞いて頂けるとは……
商人と言った男の顔には顔の上半分を隠すように仮面が着けられ、身体全体をローブが包んでいた。
商人と言う割には商品と思わしき品も見えず、客相手というには慇懃無礼な態度が言い知れない怪しさを醸し出していた。
「キャラバンの商人か……悪いが俺は急いでいる。商売なら余所で━━」
「いえいえ!
「なに……?」
仮面に覆われていない口元に笑みを浮かべながら、仮面の商人は懐から一つの小瓶を取り出した。
「こちらの品。とある都市で作られたものなのですが、なんと『
その言葉に、フードの男の雰囲気が変わる。
「つまりは、御禁制品という訳か。売る相手を見誤ったな。俺がこのまま都市防衛軍に貴様を突き出せば、一貫の終わりだぞ?」
「ええ、ええ、そうでしょうとも。しかし、こちらの品。新しく作られたものですから、検査薬などで見つけることが出来ない、となればどうでしょう?」
「検査薬に、反応しない……?」
商人の言葉は、フードの男の心に深く突き刺さった。
(やっぱり。堀江先生の検査で検出されなかったのは、そういうカラクリがあったのか)
男の脳裏に浮かぶのは、ある少年の姿。
突然現れ、自身の横にいるべき少女を奪っていったばかりか、衆人環視の中で自分の恥をかかせた憎い奴。
「それで、いかがでしょうか?」
その時の事を思い出し、怒りに視界が赤くなり始めたフードの男の思考を、商人の声が現実に引き戻す。
「ふん。それを買ったとして、俺が罪人になるだけでメリットはないな」
本音を言えばすぐにでも飛びつきたところだったが、もし万が一この場を見られたりでもしたら、自分が犯罪者になる。
そんな思いが、男の最後の一歩を阻んでいた。
「そう、ですか……そう言われるのでしたら仕方ありません。私は都市防衛軍へ向かうとしましょう」
「なんだ、自首でもするのか」
「いえいえ、ただ一言━━
「ッ……!!」
「とても強い、血の臭いがしますよ?」
そう言った商人は悪魔のような笑みを浮かべ、仮面越しに見える目を弓なりに細めていた。
(こいつ、はじめから!)
フードの男の警戒心が急激に膨れ上がる。
同時に、右手が腰に差した剣にのびた。
(殺すしか……)
「殺すしか、そう考えられますよね」
商人の言葉に、男の背筋が凍った。
「あ、
あくまでそう宣う商人。
男の殺気は感じている筈だが、そんなものは気にしないと言わんばかりだ。
「…………そこまでして、貴様は何を企んでいる」
「ふふふ。お恥ずかしい話、こちらの品ですが出来たばかりでして……」
「なるほど、俺は被験者か」
「そういった側面もあるのは、否定致しません」
出来たばかりでデータの少ない心力増強薬。
その被験者を探して、こんな人の来ない裏路地にいたと考えれば納得できない話ではなかった。
「……良いだろう。その薬、買わせてもらおう」
「ありがとうございます」
予想より安い提示された金額を手持ちから払い、フードの男は薬を受け取る。
「それと、分かっているだろうが俺が此処にいたことは」
「ええ、ええ。
「……それでいい」
それだけ呟くと男は薬を懐に仕舞い、その場を足早に立ち去った。
「……全く、面倒臭い男ですね。欲しいなら素直に受け取ればいいものを」
呆れたように独り言ちる商人だったが、すぐに笑みを浮かべる。
「まあ、とりあえず仕込みはこれでいいですね。あとは、彼が期待通りであるか見届けましょうか」
そう呟くと、現れた時と同じように夜の暗い闇に溶けていった。
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