第15話 突然の

 チームリーダーが決まり、訓練施設の利用時間も近づいていたため、帰る用意をしていたところで突然、施設の扉が乱暴に開かれた。


須佐すさ純一じゅんいちはいるかっ!!」


 大きな声でそう言いながら入ってきたのは、水色の短い髪の小柄な少女だった。

 その表情は鬼気迫る、といった表現がぴったりのものだった。


「……純一、何かした?」


「いや、身に覚えがないなぁ」


 そんな会話を近くにいたしずくと交わしていると、件の少女はズンズンと近づいてくる。

 その視線は、完全に純一へと向けられていた。


「あちゃ~、完全にロックオンされてるね」


「ちょっと楽しんでない?」


「あ、ばれた?」


 ケラケラと笑うさきにため息をつきながら、その横でオロオロしている深愛みあの肩に手を置いて落ち着かせ、前に進み出る。


「僕が須佐純一です」


「お前が……」


 純一の目の前に立った少女は、値定めするように視線を上下させた。


「それで、貴女はどちら様ですか?」


「ウチは心機工学科4年の村正むらまさ鈴香すずかや。ウチの名前、聞き覚えがあるやろ」


 鋭い視線をそのままに名乗る少女。

 村正、確かにその名前は純一の記憶に新しいもので、すぐに思い出すことが出来た。


「僕が借りている『心機しんき』の制作者、でしたね」


「そや。アンタ、ウチの作った『心機しんき』使って模擬戦やったやろ」


 その言葉で、村正先輩が何を言いたいのかを察した。


「謝罪に伺うのが遅れてしまい申し訳ありません、村正先輩」


 謝罪の言葉を口にし、姿勢を正して純一は頭を下げる。

 あの『心機しんき』を作った本人ということなら、それを壊されれば怒鳴り込んでくるの当たり前。

 加えて謝罪にも来ないとなれば、その怒りは相当なもの━━


「はぁ?なに言うとるんや。適当に扱って壊したんなら別やけど、アンタのはちゃうやろ」


 違うようだった。

 下げていた頭を上げると、村正は訝し気に純一を見つめている。


「くだらんことで時間を使わせんといて!ウチがわざわざアンタに会いに来たのは、ウチの作った『心機しんき』についてや」


 そう言って差し出してきたのは、昨日の模擬戦後に返却した太刀型『心機しんき』だった。

 刀身の半ばから折れた姿は、痛々しさを感じさせた。

 そんな太刀を示しながら、村正は話し始める。


「そもそもや、太刀型に限らず刀型の『心機しんき』っちゅうのは、その使い辛もあってあんまり使われへんのや。だから、この烏丸も保管庫に入れてから一回も貸し出されへんかった」


 愛おし気に刀身を撫でるその姿は、自身の作り出した『心機しんき』を我が子のように思っている様だった。


「そやのに、初めて使われたかと思えば折れた言うやないか。んなアホな話があるか!思たわ」


 折れた太刀を見せられた村正は、憤るのと同時にどうして折れたのかを徹底的に調べた。

 その過程で、信じられない事に気付いたという。


「烏丸の刀身な、隅から隅を調べたんやけど刃毀れはこぼれ一つ、してへんかったんや」


「え、でも初めて使われたんでしょ?それだったら刃毀れしなかった可能性も……」


「あの模擬戦内容でそれはあらへん。むしろ、下手な奴が使つこうとったら、ボロボロにされとるわ」


 咲の疑問を一蹴した村正は、改めて純一にその鋭い視線を向ける。


「そうなったら考えられるのは、ちゃんと刀身に『心力しんりょく』を纏わせられる奴が使つこうたって事になるけど、それでも納得いかんことがあった」


 刀身に『心力しんりょく』を纏わせて強化しているのなら、刃毀れしなかった理由は一先ずクリアされる。

 しかし、それでも刀身は折れてしまっている。

 何か別の原因がある筈だった。


「ほんで、ウチは烏丸に残った戦闘データを見たんや」


 『心機しんき』は、それぞれに戦闘データを記録する機能がある。

 戦闘データと言っても周囲の状況を把握出来るわけではないが、『心機しんき』に掛かった負荷や纏われた『心力しんりょく』の状況を記録している。


「大方、刀身に纏わせた『心力しんりょく』にむらがあって、そのせいで刀身の一部分に負荷が掛ったんやろうと思うてたが、見当違いやった」


 戦闘データに残されていたのは、高密度な『心力しんりょく』を制御して均等に万遍なく刀身に纏わせていた記録だけだった。


「もうそこからはヤケやった。関係有るか無いかやなくて、色んな検査をしたんや」


 そして村正は見つけたのだ。


「原因は、ウチの腕やった」


 それは、刀身の密度を検査した時だった。

 密度が均一になるように作っていた筈が、折れた部分だけ僅かに低かった。


「えっと、つまり?」


「その密度が低くなってたところが、アンタの纏わせた『心力しんりょく』に耐え切れずに、八岐やまたとの撃ち合いもあって折れたっちゅう話や」


 そこまで言うと、村正は音を立てながら勢いよく頭を下げた。


「半端なもんを作ってすまんかった!下手したら、ウチの作った『心機しんき』の所為で大事な模擬戦に負けるかもしれへんかった」


 頭を下げたままでも分かるほど、村正の声は申し訳なさでいっぱいだった。


「……村正先輩。顔を上げて下さい」


「許してくれるんか?」


 顔を上げた村正は、鋭い視線のまま純一を見つめる。

 初めは睨まれているのかと思っていた視線だったが、改めて正面から村正の顔を見て目つきが悪いだけだと純一は気付いた。

 それと同時に、目の前にいる先輩がとても誠実な職人である事にも気付いた。


「そもそも、僕は村正先輩に怒っていたりしませんし、むしろお借りしていた太刀を折ってしまい申し訳なく思っているくらいなんですよ」


「ほうか?そりゃ……よかったわぁ~」


 心底ホッとしたような声を上げる村正に、何もしていないにも関わらず更に申し訳なくなる純一。


「とりあえず、話は終わった……って事でいいんですか?」


 蚊帳の外だった咲たちも、話が終わったことで声を掛けてくる。


「あんさんらも急にすまんかったな。堪忍や」


 と、村正はまた純一へ視線を向ける。


「ほうや、もう一個話があったんや」


「なんですか、村正先輩?」


「ウチをな、須佐の専属心機技師にして欲しいんや」

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