第11話 暗い思い

「……ここ、は……」


 差し込むオレンジの光が、景之かげゆきの覚醒を促した。

 目を開けると、映るのは見覚えのない部屋の天井と━━


「目が覚めましたか~?八岐やまたくん」


 景之の横たわるベッドから少し離れた机、そこで何やら書類を片手にしている堀江ほりえの姿だった。


「ここは……ッ!模擬戦は!?……痛っ」


「あら~、急に動くと危ないわよ~?重症じゃなかったけれど~、それなりに身体へダメージはあるんだから~」


 あらあら、というような声が聞こえてきそうな口調と表情で堀江が告げる。


「そんな事はどうでもいいんです!堀江先生、模擬戦の結果は!どうなったんですか?!」


 力が抜けそうになる景之だったが、すぐに気を取り直すと声を荒げる。

 覚えている最後の記憶、それが本当である筈がないという思いと共に。

 あり得るわけがない。

 Sランクである自分が、Fランクであるゴミに負けることなど━━


「……八岐くんの負けよ~」


 告げられた結果に、目の前が真っ黒になる。

 次いで沸き上がったのは、憤怒の赤だった。


「あのFランク……『心機しんき』に細工をしただけじゃなく、薬か何かを使って『心力しんりょく』を増大させたな!堀江先生、すぐにあのFランクを調べて下さい!禁止薬物か何かを使っている筈です!そうでなければ、俺が……」


 『心力しんりょく』を増大させる薬、心力増強剤というのは実際に存在するし、極一部に関しては都市防衛軍で使用されることもある。

 一種の興奮剤であり、初陣の心装兵しんそうへい心喰獣ナイトメアと戦うための助けとなっている。

 そのような効果がある一方で、デメリットももちろん存在する。

 薬の力で『心力しんりょく』を増大させるため、使用後に無気力になってしまう可能性があるのだ。

 それは効果の強さに比例して高くなり、使用や生産は厳しく管理されている。

 加えて言えば、都市防衛軍が使用している物以外は禁止薬物に指定されており、使用が発覚すれば罪に問われることになる。


「ん~、八岐くんの言いたい事は分かるわ~。私もあの場にいたけど~、最後の須佐すさくんが発した心力しんりょくはFランクとは思えないほどだったものね~」


「なら!」


「で~も~」


 同意を得られたと喜び勇んだ景之に、堀江のゆったりした声が待ったを掛ける。

 そして立ち上がると、手にしていた紙を景之の目の前に掲げた。


「検査の結果は~、薬物反応な~し。使える検査薬は全部使ったけど~、全てに反応が無かったわ~」


 紙に書かれていたのは、純一じゅんいちの血液検査結果だった。

 景之が目を覚ますまでの間に、深愛みあが純一の治療に使用した器具、それに残された血から検査を行っていたのだ。

 結果はシロ。

 純一は心力増強薬を使用していないとの結果が出た。


「し、しかし!もしかしたら、検査薬が作られていない心力増強薬がどこかで作られて━━。そ、そうだ!アイツは“外”から戻ってきたって深愛が言っていました。それだったら……」


「……いい加減に、してね~」


「ッ!!」


 堀江の冷たい声に、景之の勢いが止められる。

 表情は変わらず笑顔、間延びした話し方はそのままに暖かか味のあった声だけが、氷点下のように冷たいものになっていた。


「八岐くんは~、『心力しんりょく』ランクがSで優秀なのかもしれないけど~、私達から言わせれば所詮それだけ・・・・なのよ~?」


 背骨に氷柱を突っ込まれたかのような寒気が、景之を襲う。


「八岐くんが戦った須佐くんは~、『心力しんりょく』ランクこそFだったかもしれないけど~、そこまで馬鹿にするような男の子じゃなかったわよ~」


「そ、そうだったとしても、Fランクなのです!心の弱いゴミ……奴らは、犯罪者予備軍なんですよ?!そんな奴が深愛の傍に居るなんて……俺は納得できません!」


 その叫びを聞いて、堀江は景之をこのまま諭すさとすことを諦めた。


「八岐くんがそう言っても~、模擬戦の結果は変わらないわよ~。グループは正式に受理されたわ~」


「……」


 無駄だと分かっていても事実を伝えたが、景之の表情は変わらなかった。

 そんな姿にため息をつくと、強張らせていた雰囲気を緩めた。


「もう少し様子を見ようかと思っていたけど~、そこまで元気なら必要なさそうね~。帰っていいわよ~」


 緩んだ空気に安心したのか、微かに震える右手を左手で押さえつけながらベッドから立ち上がる。


「ありがとう、ございました……」


「どう致しまして~……。最後に、一つだけ~。八岐くんが思っている事だけが、正しい事じゃない時もあるからね~」


 堀江のその言葉に、何も言わずお辞儀をするだけで答えた景之は、暗い表情のまま医務室を後にした。


「……最後まで納得してくれなかったわね~。やっぱり、一筋縄ではいかないものね~。先が思いやられるわ~」


 呟きながら机に戻ると、景之に示した紙とは別の物を引っ張り出す。

 そこには、純一が景之を気絶させた時に計測された『心力しんりょく』の結果が記されていた。


「Sランク……こっちも、一筋縄でいかないようね~」






 スラム街、それは都市が大きくなればどうしても出来てしまう場所だ。

 限られた土地しかない大和にも、小さな規模ではあるがソレは存在していた。

 “外”に近い外周区、そこにスラムは存在していた。

 スラムに住んでいるのは、基本的に決まりきった人間だった。

 人間のゴミ、クズと呼ばれる最底辺の存在、Fランクの人間たちだった。

 

 夜の帳に包まれたそんなスラム街の一角で、重い殴打音が響いていた。


「ひ、ひぃ……やめてくれ~、オデが何をしたって……」


「黙れ黙れっ!Fランクのゴミが!言葉をしゃべるな!」


 そんな声に殴打音が続く。

 血が辺りに吹き飛び、流れていく。


「くそっ、くそっ、くそっ!!あいつは此処にいる奴らと同じゴミなんだ……」


 夜に溶け込む黒いフードを被った人影の目には、狂気が宿っていた。

 感情の昂ぶりを表すように、、フードの隙間から『心力しんりょく』の青い光が漏れ出ている。


「あれは何かの間違いなんだ。何か、ズルをしているに決まっている」


 呟きながらも、殴打はやめない。

 もはや目の前にあるのは、人の形をしていた肉塊であった。


「は、ははは……待っていろよ、深愛。俺が必ず、アイツから助け出してやるからな」


 暗く笑い肩を震わせると、目の前の存在を忘れたかのようにその場を後にした。


翌日。

スラム街で酷い暴行を受けた死体が発見されたが、碌な捜査もされず“よくある喧嘩”の行き過ぎた結果として処理された。

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