第12話 人気者?

 まだ肌寒い四月の早朝。

 一人の少年が都市を一望出来る高台に佇んでいた。

 眼下に広がる大和の街並みは朝日に照らされ、キラキラと輝いている。


「10年経っても、ここは変わらないなぁ……」


 そう呟くと、水筒に詰めていたスポーツドリンクを口に含むジャージ姿の純一じゅんいち

 ジャージの胸の部分には、学園の紋章である月下美人の花が刺繍されていた。

 “外”の世界から戻って以来、体力維持のために純一は毎朝20キロメートルほどのランニングを行っていた。


「さて、そろそろ戻るか」


 水筒を斜め掛けのカバンに仕舞うと、元来た道を走り出す。

 そのスピードは軽いジョギングと言ったものではなく、本気の全力疾走だった。

 活動を始めた街中を猛スピードで走り抜けた純一は、1時間とかからずに自分が住んでいるマンションに到着した。

 サッとシャワーを浴びて朝食を摂ると、登校するには丁度いい時間だ。

 ランニングのとは別の通学用カバンを手に取り、家を出る。


 しばらく歩いていくと、見覚えのある後ろ姿が三つ並んでいた。


「あいちゃん!おはよう」


「あ、じゅんくん!おはようございます!」


 前を歩いていたのは深愛みあたちだった。

 振り返った深愛は純一の姿を見つけると、花が咲くような笑顔を浮かべた。


「あれ~?みゃーちゃんだけで私達には一言も無しなのかな?」


「まさか、おはようさきしずく


「ん、おはよう」


「うん、おはよう!」


 ニヤニヤとからかうような視線と声を向けてくる咲。

 仲が良い3人は毎朝待ち合わせをして、一緒に登校しているそうだ。


「そうだ!明日からじゅんくんも一緒に待ち合わせしませんか?」


 期待に満ちた視線が純一に向けられる。


「うん、むしろ喜んで」


「やったぁっ!」


「ほんと、純一の事になるとみゃーちゃんは可愛いなぁ!」


「ちょっと、咲ちゃん!」


 咲に抱きしめられた深愛は、くすぐったそうにしているが笑顔だ。


(ほんと、良い友達に恵まれたんだなぁ)


「純一は、混ざらないの?」


 二人の様子を純一が眺めていると、雫が声をかけてきた。


「ははは、流石にそれはセクハラになるよ」


「深愛は気にしなさそうだけど」


「それでもだよ」


 そんな他愛もない会話をしながら、純一たちは学園の門をくぐった。






 その日、学園内はある一つの話題で持ちきりだった。

 Fランクの新入生がSランクを倒した。

 景之かげゆきと純一の模擬戦の話は、1日経った学園で知らない者はいないほどに広がっていた。

 絶対的な指標ではないものの、FランクとSランクという大きな差でFランクが勝利するという結果は、学園の話題を独占するには十分だった。

 となれば、その話題の主が気になるのは人間の性だ。


「すっごい視線を感じるね!」


「ちょっと、怖いですね……」


「人気者?」


「あははは……」


 三者三様の反応に、苦笑するしかない純一。

 4人が学園に入ってからというもの、初めのうちは深愛に視線が向けられることが多かったが、すぐに並んで歩く純一へ視線が集中した。

 その視線に籠められた感情は興味深いものを見るものから、美少女たちの輪の中にいるせいか嫉妬に濡れたものまで様々だ。

 それは教室に入ってからも変わらず、一部からは親の仇を見るかのような視線が向けられていた。


「おおう、めっちゃ睨んできてるよ。どうするの?」


 茶化すように咲が純一を見る。

 その質問に対する答えは決まっていた。


「何もしないよ。勝負はもうついてる」


「大人な対応」


 純一にとって周りの視線も、景之の視線も同じものでしかなく、更に言えば深愛に関わらないことであれば興味がなかった・・・・・・・

 幸いなことに視線を向けてきた主、景之は純一たちに何かをしてくることもなく、氷室教官が教室に入ってきた。

 さっきまでとは打って変わって静かになった教室で、授業が進められる。


「ああそうだ。須佐すさ、授業のあと私のところに来い」


 授業が終わる直前、思い出したかのように告げる氷室。

 その声と同時に午前の授業終了を知らせるチャイムが鳴った。

 緊張が解け、ざわざわと騒がしくなる教室を余所に純一は教卓へ向かう。


「合わせたい人がいる。少し時間を貰えるか?」


「えっと━━」


 一瞬振り返り深愛たちを見る。

 その視線に気づいた3人は、気にするなと手を振っていた。


「大丈夫です」


「よし、ではついて来い」


 そのまま氷室教官についていくと、学園の最上階に着いた。

 目の前にある部屋の上には大きな文字で、『学園長室』と書かれていた。


「学園長!須佐をお連れしました」


「入ってくれ」


 部屋に入ると、一人の男性に出迎えられた。


「氷室くん、ご苦労様。ここまででいいよ」


「はっ!」


 男性の言葉に短くそれだけ答えると、純一を置いて部屋を出る。

 それを見届けた男性は純一に近づくと、その顔をマジマジと見つめた。


「あの……?」


「大きくなったな、純一くん。アイツの若い頃にそっくりだ」


 そう言って懐かしそうに目を細める男性。


「えっと、もしかして爺ちゃんの知り合いですか?」


「そうだよ。純一くんとは……生まれた頃に会ったきりだったからね。覚えてないのも無理はない」


 そのまましばらく純一を眺めた男性は、満足したのか部屋の中央に設置されたソファに座った。


「急に済まなかったね。さ、座ってくれ」


 純一がソファに座ると、


「私はこの都立士官学園アカデミーで学園長をしている、大国おおくにみことという。よろしくね」


「よろしくお願いします。それで、僕を呼び出したのは……?」


「うむ、それなんだがね」


 雰囲気が変わった大国の様子に、純一が姿勢を正す。


「ヤタガラス教導傭兵団の任務についてだ」

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