第10話 特性

「じゅんくんっ!」


 勝敗が決してすぐ、気絶している景之かげゆきが医務室へ運び出されるのと入れ替わりに、純一じゅんいちのもとへ駆け寄る存在がいた。

 深愛みあたち3人だった。


「もう、心配したんですから!こんなに傷だらけになって……」


「ん?ああ……最後に彼の『心機しんき』を破壊しちゃったからね。その時の破片で切れちゃったんだね」


 そう言う純一の身体には、細かい切り傷が数多くできていた。

 特に、太刀を握っていた右腕の傷が深い。

 その傷の深さを証明するように、ダラダラと出血していた。


「け、結構ザックリいってるけど……痛くないの?」


「この程度、“外”の世界だと日常茶飯事だよ」


「うへぇ……やっぱり、“外”の世界って過酷なんだね」


 普段あまり見ることがないレベルの傷に、顔をしかめながらさきが呟く。


「はっ!そ、それよりも!早く治療しないと……ああ、止血もしないと……とにかく、医務室へ行きましょう!」


「おわっ?!だ、大丈夫だってあいちゃん!これぐらい放っておけば、すぐに止ま、る、から…………」


 純一の声がしぼんでいく。

 その視線の先では深愛が頬を膨らませ、“怒っています!”とアピールしていた。


「わ、分かったよ。医務室に行くから、怒らないで」


「分かってくれて嬉しいです。さ、行きましょう!」


 観念した純一であったが、それでも深愛は怪我の少ない左腕をガッチリと抱えると医務室へと歩き始めた。

 それに大人しく着いていく純一だったが、その顔には赤みが差し慌てたような表情が浮かんでいた。


「わお。深愛ったら大胆」


 しずくが興奮気味に呟く。


「だね。まあ、みゃーちゃんは気付いてないみたいだけど」


 雫の言葉に咲も苦笑しながら頷く。

 深愛は相当な美少女だ。

 そして、その身長に見合わない巨大な“モノ”を持っている。

 ガッチリと抱えられた純一の左腕、それが巨大な“モノ”の間に挟まれていた。


 純一を治療することで頭が一杯の深愛はそのことに気付いておらず、純一を逃がさないためかより一層力を込めていた。






 医務室へ連れていかれる間、純一は落ち着けずにいた。

 理由はもちろん、左腕に感じる女性的な柔らかさが気になっていたからだ。

 傷の痛みはあるものの、“外”の世界では怪我をしてもすぐに治療が出来ないことも多かったので耐性が出来ていた。

 気になるならば振り切ればいいだけだが、純一にとって深愛の行動を拒絶することは有り得ない・・・・・ことだった。


「ね、ねぇ……あいちゃん。逃げたりしないから、そろそろ離してもらえたりって……」


「ダメです!“外”での生活がどれだけ大変だったか分かりませんが、今はすぐに治療出来る環境なんですから、大人しくついて来てください」


「…………はい」


 そんなやり取りで純一を沈黙させた深愛は医務室に到着すると、ノックをしたが返事も聞かないうちに中に入る。

 先に運ばれていた筈の景之たちの姿はなく、医務室の中には誰もいなかった。

 恐らくダメージが大きかったことから、より専門的な治療が出来る場所に運ばれているのだろう。

 心装兵しんそうへいという“兵士”を育てるという学園の特性上、そういった施設がある事も純一たちは知っていた。


「ちょ、ちょっとあいちゃん。勝手に入るのは流石に……」


「大丈夫ですよ。先生から勝手に部屋を使っていいと言われていますから」


 そう言って近くにあった椅子へ純一を座らせると、慣れた手つきで戸棚から薬品と道具を取り出す。


「医務室を勝手に使っていいなんて、あいちゃんは何をしたの?」


「別に、可笑しなことはしていませんよ?ただ、私の特性もあって」


 消毒薬を浸した綿球で傷口を消毒しながら、深愛は答える。


「特性?もしかして……」


「はい、私の『心力しんりょく』特性は回復です」


 『心力しんりょく』は、3つの特性に分けられている。

 身体強化や『心機しんき』の強化などをより高める攻撃特性。

心装兵の服である装衣そういや『心力しんりょく』によるシールドを作れる防御特性。

 そして、傷ついた仲間を『心力しんりょく』で癒す回復特性。


 攻撃特性が最も多く、防御特性、回復特性と続くが、その比率はとても偏った物となっている。

 それは、人口20万と言われる大和の中で回復特性を持つものが深愛を含めて10人しかいない、という事実が証明している。

 そしてそれこそが、チーム組みで深愛を取り合う原因となっていた。

 数少ない回復特性に加えて、『心力しんりょく』ランクがSといった逸材は、都市防衛軍からすぐに声が掛かってもおかしくない程だ。

 それでも学園に通えているのは、年齢と本人の希望が尊重されたからだった。


「そうだったのか。だから、彼はあんなに……」


「それもあるみたいですね。さ、治療をしましょう」


 薬と道具を横に置いてそう言うと、深愛は純一の右手をとり、目を瞑る。

 すると、『心力しんりょく』を示す青い輝きが深愛の全身から放たれ、右手を通って純一の身体に流れ始めた。


「これは……」


「あまり動かないで下さいね、あと私もまだ慣れているわけじゃないので……」


「大丈夫、分かってるよ。僕があいちゃんを拒絶する訳がない」


 深愛がこれから行おうとしていたのは、『心力治療しんりょくちりょう』と呼ばれるものだった。

 『心力治療』とは、『心力しんりょく』を他人の身体に流すことで身体活性を促し、傷を癒す治療法のことだ。


 だが『心力治療』を行うには、治療を行う側の『心力しんりょく』を受け入れてもらわなければならない。

 『心力しんりょく』を受け入れるという事は、相手の心を受け入れることに等しい。

 人は自我を持つが故に、他人の心を受け入れることが難しい。

 回復特性を持つ心装兵が希少である理由は、そこにあった。

 また、同じ理由で治療を受ける側が相手の『心力しんりょく』を拒絶してしまえば、治療を行うことは出来ない。

 『心力治療』は相互の理解があって初めて、可能となる治療法なのだ。


 その点、深愛は相手を深く思いやる優しい心を持っている。

 加えて言えば、恵まれた容姿というのも受け入れられやすい一因ともなっていた。

 事実、回復特性を持つ心装兵は容姿端麗な女性ばかりだった。


「ッ……あ、ありがとうございます」


 純一の言葉通り、深愛の『心力しんりょく』の輝きは滞ることなく純一の全身に広がると、全身に出来ていた傷を治療していく。

 それは驚くほどのスピードで、血が止まったかと思うとあっという間に傷口が塞がってしまった。


「……ビックリしました。こんなに早く治療出来たの、初めてです」


「まあ……さっきも言ったけど、僕があいちゃんを拒絶することは絶対に・・・有り得ないからね」


「も、もう…………キャッ!」


 にやけそうになる顔を見せないようにするためか、急に立ち上がった反動で深愛が足をもつれさせる。


「お……っと」


 それを察知した純一が、すぐに肩と腰を抱き寄せる。


「じ、じゅんくん?!」


 トンッ、という軽い音を立てて倒れかけた深愛を、純一が後ろから抱きしめる形になった。

 不意の抱擁に後ろから見える深愛の横顔と耳が、みるみる内に赤くなっていく。


「大丈夫、あいちゃん?」


 そんな声が耳に入らない程、深愛の心臓は早鐘のように鼓動を繰り返していた。


「え、ええ?!あ、あのあの、だ、大丈夫、ですよ!?」


「いやいや……落ち着いてよ、あいちゃん」


「そ、そんなこと言われても…………いきなりはズルいです」


 最後だけを小声で呟きながら、うるさく胸を打つ心臓を宥めるように深呼吸を繰り返す。


「も、もう落ち着きましたよ?」


「……うん」


 お互い、不思議とすぐに離れようとは思わなかった。

 誰もいない場所で二人だけ、再会してから本当に二人っきりの状況にお互い口にしなくても、もう少しだけこの時間が続けばいいと思っていた。


「ん、おほん」


「ひゃわっ?!」


 突如、室内に響いた声に慌てて離れる深愛。

 対して純一は、人が近づいていた事に気付いていたかのように、落ち着いていた。


「ほ、堀江ほりえ先生!い、いつからそこに!?」


「ついさっきよ~。治療がひと段落して戻ってきたら~、何だか特別親密そうな二人がいるじゃない~?私個人としてはそのまま立ち去りたいところだったんだけど~、そうもいかない事情があってね~。仕方なく声を掛けさせてもらったのよ~」


 堀江ほりえゆき

 この医務室の主であり、学園の治療部門のトップ。

 そして、数少ない回復特性持ちの一人。

 低い身長と特徴的な語尾が印象深い、小動物のような女性だった。


「そ、そうだったんですね」


「そうなのよ~。それでね~、別の所で治療していた子が此処に運ばれてくるから~、先に戻ってきたのよ~」


「あ……それって」


 詳しく聞かなくても、純一には誰が運ばれてくるのか予想が出来た。


「景之くん……」


 同じように予想がした深愛が、暗い表情でその名を呟く。


「そうよ~。そう言えば~、そこにいる彼は八岐くんの対戦相手よね~?」


 深愛と話していた堀江の視線が純一に向かった。


「はい、須佐すさ純一じゅんいちです」


「堀江よ~、よろしくね~…………そしたら~、早めに出た方がいいかしら~?流石に~、戦ってすぐの人と会うのは気まずいだろうし~」


「それは……」


 堀江の言う事も確かだった。

 純一自身は気にしないが、深愛の表情を見る限り彼女の方が気にしそうだった。

 そう思い至れば、純一の行動は早かった。


「分かりました。教えて頂き、ありがとうございます。行こうか、あいちゃん」


「あ、待って!」


「いいえ~。あ~、薬とかはそのままでいいわよ~」


「すみません、堀江先生」


 深愛と二人で頭を下げると、純一たちは足早に医務室を後にした。


「ほんと~、あの二人なら応援してあげたくなるわ~」


 部屋から出た二人を見送った堀江はそう呟くと、これから運ばれてくる景之を受け入れるための準備を始めた。

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