第9話 本気の条件

 景之かげゆきの攻撃を捌きながら、純一じゅんいちは予想以上に自分の力に耐える『心機しんき』に驚いていた。


(普通の『心機しんき』を使ったのは久しぶりだけど、こんなに凄いものを作れる人がこの学園にはいるんだな……)


 使う心装兵専用に調整された『心機しんき』ならまだしも、未調整の、しかも学生が作った『心機しんき』が純一の『心力しんりょく』に耐えられているのは驚愕の事実だった。

 とある事情から、普通の検査ではFランクとしか評価されない純一の『心力しんりょく』だったが、ある条件さえクリアできればその評価はSランクを軽く越すほどになる。

 今はそこまでの出力が無いにしても、卓越した技術で制御された『心力しんりょく』は、濃密に太刀の『心機しんき』と純一自身を覆っていた。

 

(でも、どんなに頑張ってもあと数合かな……)


 強みである濃密な『心力しんりょく』は、普通の『心機しんき』にとって諸刃の剣だった。

 強力な『心機しんき』と打ち合っただけでは説明できない傷が、目に見えて増えている。

 その中身と言えば、更にボロボロだった。


 やがて、ピシリと明確な音を立てて限界が訪れた。


「ふ、ふふふ……ははは。やっと限界が来たか!」


「……」


「Fランク。お前、刀に『心力しんりょく』を纏わせられても、刀の扱いまでは知らなかったようだな」


 さっきまでの怒りや焦りの表情の代わりに、景之の顔に浮かんでいたのは愉快そうな笑みだった。


「本来、刀は打ち合うことを想定した武器じゃない。Fランクの貧弱な『心力しんりょく』で強化したところで、無茶な使い方をすればすぐ折れるのは当然の結果だったな!」


 景之は、純一が刀本来の使い方をしなかったために『心機しんき』が限界を迎えたと考えた。

 刀は、剣のように打ち合い叩き切ることよりも、受け流し斬り裂くことを目的とした武器だ。

 そもそもの構造上、真正面から打ち合えば折れてしまう可能性は高かった。

 今回に限って言えばそれは的外れな指摘だったが、扱いが難しいとされている刀型の『心機しんき』をFランク如きが使いこなせるわけがないという、先入観が景之の中での答えとなった。


 今までの攻防で自分は劣勢ではなかった。

 純一の持つ『心機しんき』を破壊するのに、必要な手順だったのだと自分の中で自然に結論づける。

 傍から見たら、どんな超理論だと言われそうな考えでも、景之の中ではこれが唯一の“正しい”ものだった。


「そらそら!避けなければ『心機しんき』が壊れるぞ!」


 勢いを取り戻した景之は、『心力しんりょく』の青い光を更に輝かせながら純一へ剣を振るう。

 交わされる剣戟に、ついにその時がきた。

 一際激しい金属音が演習場に響いたかと思うと、純一の持つ太刀の刀身半分が折れていた。


「っ!じゅんくん!!」


「これで終わりだ!Fランクッ!!」


 純一に迫る青い斬撃。

 審判役の氷室ひむろは、動かない。


「やだ……だめ、景之くんっ!やめてえぇぇッ!!」


 演習場に響き渡る深愛みあの絶叫。

 歓喜の笑みを浮かべた景之の一閃は、無防備な純一を脳天から両断する━━筈だった。


「勝機に逸るから、好機を逃すんだよ」


「ッ!?」


 景之の刃は純一に届かなかった。


(何故だ!?)


 武器を破壊されて迎撃の手段がないはずの相手。

 ズルの原因である『心機しんき』はもう無いはず。

 なのに何故!?

 その疑問の答えは、━━柄だった。

 太刀であるが故に、通常の刀より長い握りの部分。

 右手と左手の間にある僅かな隙間を使って、景之の一撃は防がれていた。


「そ、そんな馬鹿な……あり、えない」


 勝った。

 そう思っていただけに攻撃を防がれたという事実は、景之の心に深く突き刺さった。


「さっきから色々言ってたけどさ、結局のところ君は何がしたいの?」


 柄で受けていた剣を弾くと、静かに問い掛ける。


「……何が言いたい」


「君はさっきから自分が正しい、自分の考えは間違っていないって叫び、思い通りにならなければ駄々を捏ねる。あいちゃんのチーム分けの時もそうだ。自分の考えを押し付け、あいちゃんの気持ちを考えようともしない」


「はっ!それがどうした。Sランクの深愛が低ランクの奴らとチームを組んだとして、危険な目に合うだけじゃないか。だったら、Sランクで実力のある俺とチームを組む方が深愛の為だろう?」


「僕に勝てもしない君が、実力があるって言うの?」


 そう言う純一が、何故だか大きく見えた。

 そんな事はありえない筈なのに、そう見えてしまった・・・・・・・

 それが、景之の巨大な自尊心を傷つけた。


「ッ!戯言を言うのも大概にしろ!深愛にお前は相応しくないっ!」


 そもそも景之は面白くなかった。

 自分の・・・幼馴染である深愛と親しげに話す、突然現れた男。

 学園に入学しながらもFランクの『心力しんりょく』しか持たないという、人間のゴミ。

 そんな男とどうしてチームを組もうとするのか。

 それ以上に、自分よりもその男の方が大事だと言わんばかりの言動が、気に食わなかった。


 彼女に相応しいのは、Fランクのゴミじゃない。

 彼女に相応しいのは同じSランクの、自分自身を置いて他にいない!


「深愛は俺とチームを組むべきだ!深愛は━━━━俺の物だッ!!」


 演習場にいる人間全員に聞こえるほど、高らかに宣言する景之。

 言葉にして改めて確信した。

 やはり深愛は自分の“もの”だと。


「…………」


「なんだ、あまりの惨めさに声もでないか」


「………………ゴミめ」


「は?」


 ポツリと、呟かれた言葉は決して大きな声ではなかったが、声に乗せられた圧がざわつき始めていた場内を静まり返らせた。

 同時に、うっすらとしか見えていなかった純一の『心力しんりょく』が、景之以上にハッキリと濃く放出される。


「あいちゃんは、モノじゃない。ましてや、お前の所有物なんかじゃ、絶対ないッ!もし、あいちゃんをモノ扱いし続けるんだったら━━━━」


 青の爆発と共に、純一の姿が消える。

 同時に響いたのは、金属が砕ける重い音だった。


「絶対に許さない」


「うぉッ━━━━」


 剣を砕き景之の鳩尾に突き刺さったのは、またしても柄。

 しかし今度は、先ほどよりも強固に強化された状態での攻撃だった。

 吹き飛ばされた景之は、勢いよく戦闘エリアを囲う壁に激突。

 激突音と共に観客の悲鳴が木霊した。

 破壊された演習場が粉塵を舞い上げ、景之やその周りの観客を覆った。


「……須佐、加減は?」


 景之の状態を一瞥し、短く氷室が問う。


「しました」


 そんな氷室と同じように、純一は短く返した。

 それに頷いた氷室は景之のもとへ歩き出し、壁に埋まった彼の容態を診る。

 鳩尾を突かれた衝撃で血を吐いてはいるものの、それ以外は壁に激突した時の影響で出来た擦り傷くらいしかなかった。

 流石に意識は失っていたが、それでも重症ですらない。


「決まりだな。八岐景之の戦闘続行不可能により、須佐純一の勝利ッ!」


 氷室が純一の勝利を告げるなか、その場にいた全ての人間が予想外の結果に言葉を失っていた。

 深愛たちは安堵に胸を撫でおろし、それ以外は静かに佇む純一の姿を見つめていた。

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