第5話 譲れないモノ

多くの心装兵しんそうへいを輩出した八岐やまたの武術、それを学んだ景之かげゆきの拳は普通に暮らしてきた人間が避けられるようなものではなかった。


 普通に暮らしてきた、ならだ。


(はっ、素人が!)


怒りを込めた全力の拳に何の反応を見せない純一じゅんいちに景之は、自身が深愛みあに群がる“ゴミ”を殴り飛ばす未来を夢想していた。

しかし、その拳は景之の予想とは裏腹に、空を切るだけだった。


「なにッ?!」


 紙一重で、避けられていた。

 一歩、たったそれだけ踏み出しただけで、景之の拳は純一のすぐ横を通り過ぎていっていた。


「やっぱり、見掛け倒しだったね」


 そう言って更に踏み出した純一は、拳を空ぶって体勢を崩した景之の足を払う。

 もちろん、足払いと同時に景之の身体を押して深愛たちの方向へ倒れないようにもする。


「うわっ!」


 後ろに立っていた2人の男子を巻き込んで倒れ込む景之。

 教室からは、驚きの声と悲鳴が上がった。


「このッ!覚悟は出来ているんだろうな!」


「何の?それよりもさ、分かってる?これが“外”だったら君━━死んでるよ?」


「調子に、のるなッ!」


 一緒に倒れた男子を払い退け立ち上がった景之の身体には、怒りに呼応した『心力しんりょく』の青い光が纏わりついていた。

 『心力しんりょく』は『心機しんき』で使うだけでなく、自分の身体に纏わせることで身体能力を向上させることができる。

 そして、纏わせる『心力しんりょく』の量が多いほど、身体能力の向上幅は大きくなる。

 可視化できるほどの『心力しんりょく』と言うと、それで殴られれば人間なんて一溜まりもない程だ。


「か、景之くん!そんな事したら、じゅんくんが死んじゃう!」


「深愛、危ないっ!」


 景之の前に飛び出そうとした深愛を、雫が腕を掴んで止める。


「『心力しんりょく』だけでSランクってのも、伊達じゃなかったんだね」


「なんだ、今さら怖気づいたか。これで分かっただろう、お前と俺の実力の差は。今なら、深愛を俺のチームに入れれば許してやる。異論は、ないな?」


 『心力しんりょく』が揺らめく拳を構えながら、そう宣言する。

 そんな景之の姿に純一は━━━━


「はぁ……まさか、それだけで実力があると思っているなんて。ほんと、おめでたいよね」


 呆れた声を返すだけだった。


「な、に……?」


「君の言いたいことは分かったけど……結局のところ、君にチームを決める最終決定権は無いよね?どうなんですか、氷室教官?」


「まあ、そうだな。チームは基本的に本人たちの自主性に任せている。申請され、それに不備がないのであれば認証される。例えそれが、SランクとFランクの混合チーム・・・・・・・・・・・・・・・だったとしてもな」


 純一の問いかけに、氷室教官は何でもないことのようにそう答えた。


「氷室教官?!しかし、Sランク同士がチームを組めば……」


「もちろん、同ランク同士でチームを組む事は推奨されているが、それは実力が同じくらいだからという理由だ。入学したばかりのお前たちのランクは、所詮『心力しんりょく』のランクでしかないからな、誰が誰と組もうが一向に構わない」


「な、そんな……」


 拠り所であったランクを否定され、言葉を失う景之。


「だ、だが!俺は深愛の幼馴染だ。幼馴染が同じチームの方が、深愛も安心だろう!」


 言葉を失ったのも束の間、すぐに気を取り直すとそんな事を言い始める。

 それを純一は、苦笑しながら見ていた。


「何が可笑しい!」


「いや、あいちゃんは言ってなかったのかな?」


「だ、だって……じゅんくんが“外”に行った後、咲ちゃんと雫ちゃん以外はみんな、じゅんくんは死んだだろうって言うから……」


「なるほどね」


「何を話している!」


 自分を蚊帳の外に置いて深愛と話していた純一に、苛立ちの込められた声が投げられる。


「じゃあ、ちゃんと挨拶しないとね。初めまして、あいちゃんの幼馴染・・・須佐すさ純一じゅんいちです」


「なん、だと……幼馴染は、俺だけじゃなかったのか?」


「そうみたいだね」


 よほど衝撃だったのか、驚愕の表情のまま固まる景之。

 自分だけ、というのが強みだっただけにその牙城を崩された事実は、景之の心を揺さぶるに足るものだった。


「……それでも、お前を認められるか!」


 そう叫んだ景之に答えたのは、パンッ!と打ち付けられた氷室教官の両の手の音だった。


「そこまでだ、二人とも。そろそろ放置できないレベルになってきている」


「しかし、教官!」


「まあ待て、話を聞け。何もこのまま手打ちにしろとは言わない。それでは納得の出来ない者もいるからな」


 静かに告げられた氷室教官の言葉に、深く頷く景之。

 純一としては、深愛と同じチームになれれば何も言う事はなかった。


「そこでだ、これから二人で模擬戦をしろ。勝った方が櫛名くしなとチームを組める。櫛名を賞品のような扱いにしてしまうが、これならば異論は出ないだろう?」


 騒ぎを見ていた氷室が解決策を提示する。

 内容は簡単なものだった。

 互いに譲れないものがあるのなら正々堂々戦い、勝った方が意を通す、単純明快なもの。


 その提案に景之は笑みを浮かべ、深愛たちは動揺していた。


「そんな!じゅんくんはFランクで、景之くんはSランク……」


「やります」


「じゅんくん?!」


 抗議の声を上げた深愛を遮るように、純一が賛成の声を上げた。


「ふん、ちょうどいい。今度こそ、その身体に身の程を叩き込んでやる」


 景之ももちろん賛成。

 こうして、氷室教官の手引きで純一と景之の模擬戦が行われることとなった。


「……少し期待していたが、ここまでとはな。見せてもらうぞ、ヤタガラス教導傭兵団推薦の力を」


 ソッと呟かれた氷室の言葉は、気付かれることなく教室の空気に溶けた。

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