第1話 果たされる約束

 城郭都市・大和。


 人口およそ20万人。

 心喰獣ナイトメアから人々を護る巨大で長大な防壁に囲まれた都市。

 空には綺麗な青空が広がっているが、時たま薄い虹色の光が揺らめいている。

 これは都市の各所から放たれるエネルギーバリアで、飛行型の心喰獣ナイトメアの侵入を防いでいる。


 人の生活に必要なものは全てこの都市内の地上・地下に作られ、農業・工業などが区画ごとに行われている。

 その区画の一つ、学区の中にとある学園があった。

 都立士官学園アカデミー、対心喰獣用の兵士である『心装兵しんそうへい』を育成する戦闘学科と、『心機しんき』の技術を学ぶ心機工学科で構成されている。

 この都立士官学園アカデミーは4年制で、15歳から入学が許可される。






 4月も中旬、入学式も終わり新入生が都立士官学園アカデミーでの生活に慣れ始めていた頃。

 そんな学園の一角に、一人の少女の姿があった。

 胸元の赤いタイが、少女が新入生である事を示していた。

 桃色の長い髪に整った顔立ちをした少女は、年齢に不釣り合いに育った胸部を揺らし、何かから逃げるように走っていた。


「はぁ……はぁ……なんでこんな事に……」


 辺りに追っ手が居ない事を確認すると、立ち止まった荒れた息を整える。

 しばらく走っていたからか、吹き出す汗で真新しい制服が肌に張り付く。

 ポケットから取り出したハンカチで流れる汗を拭きながら少女、櫛名くしな深愛みあは空を見上げた。


 戦闘学科に所属している深愛は、同じ学科に所属している学園生に追われていた。

 そもそも、戦闘学科は心喰獣ナイトメアを倒すための知識と技術を学び、心装兵を目指す学科だ。

 そして、心装兵は基本的に4人1組で行動する。

 故に、同じクラス内で4人1組のチームを作り、中間・期末考査などの試験に挑む、という仕組みになっている。

 その仕組みが原因で、深愛はクラスメイトから追い回されることとなっていた。


「いたぞぉッ!」


櫛名くしなさん! オレと、オレたちとチームを組んで下さいっ!」


「いや、私達と!」


「むしろ、オレをチームに入れて下さい!!」


「ああ、もう見つかっちゃった……」


 深愛を見つけた一人が声を上げると、途端に集まってくるクラスメイト達。

 深愛がここまで粘着質に狙われる理由は簡単、深愛の容姿が整っているから…………ではなく、その能力故だった。

 もちろん追いかけてくるクラスメイト、特に男子学園生の中には容姿目当てもいるのだろうが。


 深愛は様々な種類がある『心機しんき』の中でも、特殊なタイプを使う。

 新入生の中でそのタイプを使うのは愛だけであり、同じチームになればそれだけで同世代から頭一つ飛び抜けられるくらいのものだ。


 だからこそ、深愛の争奪戦が始まっていた。

 他のクラスと違い、深愛と同じクラスになれている分だけクラスメイトの必死さは鬼気迫るものがある。

 だから、逃げる。

 深愛自身、友達とチームを組んでいるがその数は深愛を含めて3人。

 規定の数に達していないため、チームとして認められない。

 クラスメイトが必死になるのもこの所為だ。

 だったら、早くあと1人を決めればいいだけの話だが、それには深愛自身の事情があり難しいものとなっていた。


「ご、ごめんなさい……でも、あともう少しだけわたしは……」


 クラスメイト達には届かない断りの声を呟きながら、その足を止めず校舎の角を曲がる。

 そのまま走り抜けようとした深愛だったが、その先にもクラスメイトが先回りしている事に気付いた。


「ど、どうしよう……」


 捕まれば間違いなくもみくちゃにされ、誰かのチームに入るまで離してはくれないだろう。


「どこか、他に逃げる場所は……」


 焦り、周囲を見回した時だった。

 深愛の後ろへ、誰かが音を立てずに降り立った。


「やっと見つけた。ちょっとごめんね」


 誰かはそれだけ言うと、深愛の膝と脇の間に手を差し込み抱き上げ大地を一蹴りした。


「ひゃうっ?! な、なに!?」


 景色が急激に下へ流れ、あっという間に校舎を飛び越えたかと思うと一瞬の浮遊感の後に、落下していく。


「ひ、ひゃああああっ?!?」


 必死にスカートの端だけを押さえながら、悲鳴を上げる深愛。

 近づいてくる校舎の屋上に激突する! そんな深愛の予想とは裏腹に、着地は静かなものだった。

 5階建ての校舎の屋上、そこへ深愛は降ろされた。


「大丈夫だった? いきなりでごめんね。急いでたみたいだったから……」


 振り返ると、深愛をここまで連れてきた人物が立っていた。

 学年を示すタイは愛と同じ赤色。

 しかし、物覚えがいい愛でも記憶にない男子学園生だった。

 155㎝の深愛が見上げるスラリとした長身だが、特筆して整った顔立ちとは言えない。

 唯一、目を引くのはその短く整えられた白髪だった。

 あとはどこか落ち着いた、それこそ都市防衛軍にいる深愛の父親のような穏やかで落ち着いた雰囲気を纏っていた。


「あの……ありがとう、ございます……」


「どういたしまして」


 見知らぬ相手に警戒の色を残しながらも、助けてもらった事にお礼の言う深愛。

 そんな深愛の姿を、少年は苦笑しながら眺めている。


(あれ? なんだか、懐かしい感じがする……)


「えっと……どうしたのかな?」


「はっ!」


 少年を見つめる形になった深愛は、ハッとすると恥ずかし気に頬を染めた。

 その姿は深愛の容姿も相まってとても可愛らしいものであり、周囲に人の目があればそれを一身に集めていたであろう。

 少年もその姿を見ていたが、どちらかと言えば懐かしく微笑ましいものを見るような視線を向けていた。


「そろそろ僕は行くね」


「あ、でも屋上って鍵が掛かってたはず……」


「大丈夫、外しておいたから。それじゃあ、また後で・・・・


「え?」


 深愛が疑問の声を出すより先に、少年は屋上から身を投げ出していた。


「ええぇっ!?」


 慌てて屋上の端に向かうと、少年が校舎を蹴りながら降りていく姿が見えた。


「な、なんて無茶苦茶な……」

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