6

 俺たちを含む生徒達は、広い校門をくぐり割と長い道を通り普通棟のエントランスに向かう。


「おはようございます」

「おはようございます」


 校門では教師と生徒による登校指導が行われていて、そこを通る生徒一人一人に挨拶をしていた。生徒達の方も挨拶を返す。


「おはようございます荒木さん」

「おはようございます山田先生」


 玲惟羅も一歩出て、すっかり顔見知りになったベテラン男性教師と率先して挨拶を交わす。新入生代表を務めた玲惟羅は当然先生達に顔と名前を覚えられている。


「おはよう羽生くん」

「おはようございます。山田先生」


 玲惟羅は入学式での打ち合わせのために春休みに何度も学校に呼び出されている。それに毎回付き沿っていた俺も彼らに顔と名前を覚えられていた。


「おはよう、魔王陛下とその騎士くん」


 山田先生の隣にいた若い男性教師が、薄いニヤニヤ笑いをオレ達に向けた。「前世は魔王」を自称する玲惟羅の言動は、学校側では問題にはなっていないようだ。成績優秀で問題さえ起こさなければ気にしない、というか思いっきりスルーされている。

だからそこに触れてくるこの新人教師を、俺は思いっきり訝しむ。


「おはようございます。麻生先生」

「チース・・・・・・」

「おはようございます」


 だが玲惟羅の方がスルーしたので、俺と永一郎も簡単に挨拶しただけでそこを通り抜けた。


 エントランスには上履きに履き替えるための、学年クラス別の下駄箱がある。俺たちはここで一旦別れた。玲惟羅は一年一組、俺と永一郎は一年二組。

 上履きに履き替えるため自分の下駄箱の扉を開けると、それの上に四つ折りにされた紙が置いてあった。

 用心して紙を取り、それを開くとこう書いてあった。


『荒木玲惟羅から離れろ。おまえは彼女と共にいるのはふさわしくない』

「・・・・・・はぁ~」


 この朝から憂鬱にさせてくれる行為に、俺は腹の底からため息を吐いた。そのため息を聞きつけ永一郎がそばにくる。


「どうした? 朝からため息吐いて。またラブレターでも入ってたのか?」

「またって言われるほどラブレターなんかもらってねえよ。そもそもラブレターだったらため息吐くかよ」


 今下駄箱に入っていた紙を渡した。


「ふむふむ・・・・・・なんだ脅迫状か。これだってよくもらってるじゃないか。それにしてもむき出しの紙に書いてくるとは色気のないやつだ。ピンクの便せんに入れて、あて名はかわいらしく丸文字で書いてラブレターか、と思わせておいて封を開けるとしこんで置いたカミソリですっぱり、というくらい芸があっても良さそうなのに」  


 俺に同情する様子はみじんも見せない彼からその紙を奪い取り、びりびりに破いてエントランスの隅に置いてあるゴミ箱に放り込んだ。


「何を騒いでおる」


 上履きを履き替え終わった玲惟羅が、隣のクラスの下駄箱から様子を見にやってきた。


「何でも無いよ、玲惟羅」

「そうです玲惟羅様、こやつの下駄箱にラブレターが入っていただけです」

「またか、入学早々」


 玲惟羅は軽く首を振った。ごまかすなら言い方を考えろ永一郎。


「だからまたか、と言われるほどラブレターなんてもらったことはないぞ、二人の中でどう思われてるのか知らないが、俺はまったくもてないよ」


 彼女とは十年近く同居していて、一緒のことが多く、そのことで俺はねたまれやすい。だがたいていはこのように手紙を送られるくらいで実力を行使されることはない。せいぜい犬のう○ちを下駄箱に忍ばせてくるくらいである。 

 なので革靴から上履きに履き替えた頃には、脅迫状の事なんてすっかり頭から離れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る