二章 平凡な高校生活
1
一年の教室は五階にある。
俺たちはピッチピチの15歳、若いといってもそこまで上るのは一苦労である。
「なぜ建て替えたときにエレベーターをつけなかったのかな、この学校」
「全くだ」
永一郎の不満に俺は全面的に同意した。
五階までの長い階段を上り終え、一息ついた俺の方に向かって女の子が走ってくる。
体が反射的によけようとしたが、俺は全身を使って彼女を受け止めた。
彼女は顔を伏せていて前を見ていない。
俺がよけたらそのまま階段へとダイビングしただろう。
「おっと危ない」
文句を言ったのではない。彼女の突進を上手く受け止められて安堵の声がでたのだ。
強い衝撃は全く感じなかった。それどころかあたたかくてやわらかい。
彼女の背は俺の胸までしかなく、ふわふわの髪からはいいにおいがする。
「ぐす・・・・・・ひっく・・・・・・」
彼女は何かを訴えるように俺に体を預け、小刻みに震えて泣いている。
俺はやさしく彼女の両肩に手を置き、小さな背に合わせて少し前屈みになる。自分なりに精一杯の笑顔を作り、彼女の顔をのぞき込んだ。
「どうしたんだい? 祐乃、泣いたりして」
俺はズボンのポケットからハンカチを取りだし、それで彼女の涙を拭いた。彼女はされるがまま拭かれている。
「私、ひとりぼっちになっちゃってさびしい。なぜあきちゃんと愛ちゃんは私を見捨てるの~」
また彼女の目から大粒の涙がぽろりと落ちる。
「見捨てたわけじゃないよ。俺も広瀬も祐乃と同じクラスになれなかったのは寂しいと思ってる。でもこればっかりはしょうが無いんだ、大丈夫きっと来年は同じクラスになれるさ」
「祐乃一年も待てない・・・・・・、そんなに待たされたら寂しすぎて死んじゃうの」
「クラスが違うと言っても、学校は同じなんだ。会いたいと思えば休み時間ならすぐ会えるさ」
「それだけじゃないの、あきちゃん目を離すとすぐ浮気するし~。祐乃がいないところでほかの女の子に色目を使われて、鼻の下を伸ばしてるに違いないの」
「そんなことはないって。俺は祐乃が思っているほどモテやしないよ」
「だってあきちゃん今だって、私なんかより美人な子と一緒にいるじゃない」
祐乃は涙が一杯溜まった目で玲惟羅を見た。
「うむ、そういえば先ほど旭の下駄箱にラブレターが入っていた様だの」
玲惟羅が腕を組んで祐乃をあおる。祐乃の目から涙が滝のようにあふれた出た。
「あきちゃんは私との結婚の約束を忘れて新しい恋に生きるんだ~」
「ラブレターなんかもらってないって!」
だが祐乃は全然聞く耳持たない。俺は幼稚園、小学校、中学校、高校と全て地元を選んで進学した。他にも同じコースを選んだ人も少なからずいる。彼女、熊谷祐乃もそのうちの一人である。結婚の約束とは幼稚園時代にしたことで若気の至りというやつである。
「大丈夫だよ、同じクラスの僕がほかの女の子といちゃつかないよう見張っていてあげるから」
長くなりそうなので永一郎が話をまとめようとする。
「ぐすっ、本当?」
「ほんと、ほんと」
祐乃はようやく泣き止んだ。
「ありがとうございます。見ず知らずの方に頼むのは気が引けますが、あきちゃんをよろしくお願いします」
祐乃が永一郎に向かってぺこりとお辞儀をする。
「ちょっと待って、見ず知らずって冗談だよね。僕は新郷永一郎、君と同じ中学校出身の!」
慌てる永一郎。祐乃はあごに人指し指を置き、首をかしげて考えている。冗談抜きで本当に記憶が無いようだ。
「この見ず知らずの人のことはともかく、一人で寂しいなんてことは無いよ。同じクラスにもきっと祐乃の友達になってくれる人がいるさ」
後ろで永一郎がなにやら抗議を続けているが無視。
「祐乃、怖いの。またいじめられたらいやなの」
「大丈夫。この高校生には祐乃をいじめる人なんていない」
「わかったの、あきちゃんを信じるの。だから祐乃勇気が欲しいの、お願いぎゅっとして」
上目遣いで祐乃は哀願する。俺は右手で持っていた鞄を床に置き、両手を開いて彼女を迎える。祐乃は俺の胸に顔を埋め、両手を背中に回した。俺も応えるように左手を祐乃の背中に回し、右手を彼女の頭に置いた。
「大丈夫大丈夫、きっと高校生活はすばらしいものになるよ」
そう耳元でささやき、柔らかいふわふわの髪を優しくなでると彼女は俺の顔を見上げた。その顔には目を潤ませて、見るものをとろけさせる笑顔を浮かべていた。
祐乃は背は低いがなかなかの美人だ、それに人当たりもいい。すぐに同じクラスに友人ができるだろう。
それにこの笑顔を見ればたいていの男は放っておかないだろう。
「うん、ゆうの頑張るの」
俺の体からはなれた祐乃は、手を振りながら教室に入る。俺も手を振って見送った。
背中に視線を感じて振り返ると、玲惟羅と永一郎が冷たい目で俺を見ていた。
「いやいや、公衆の面前での天然ジゴロぶり、勉強になりますなぁ」
「永一郎、さきほど俺はモテない、と言ったものがいたと思ったが予の聞き違いかのう」
「聞き違いではございませぬ玲惟羅様。その証拠に私めも同じセリフを聞いたからです」
「その、来るものは拒まぬという態度はどうにかならんかの」
玲惟羅は大きくため息を吐いた。
「心中察します玲惟羅様」
「いやいや、泣いている祐乃をあやしただけだよ。別に他意は無い」
さすがに幼稚園時代の結婚の約束など真に受けていない。
「いつか女関係で身を滅ぼすと思うがのぅ」
「というか身を滅ぼせ、リア充爆発しろ」
玲惟羅はかぶりを振り、永一郎は俺に呪いの言葉を放った。
「さて、朝からしょうも無い寸劇を見せられて無駄に時間を消費してしまったな。永一郎にこれを授けよう。受け取るが良い」
永一郎から自分の荷物を受け取った玲惟羅が、そのリュックサックから紺色の巾着袋をとりだし彼に渡した。
「こ、これはひょっとして・・・・・・」
受け取った永一郎は中を確かめると、全身をわなわなと震わせる。
「おぬしの昼餉じゃ、予が作った。口に合えばよいが」
「滅相もない! 陛下の作られたものなら、たとえ泥団子といえども味わわせていただきます」
弁当の入った巾着袋を両手で掲げ、永一郎は感謝の言葉を漏らす。
「うむ、泥団子よりはましな味がするであろう。これで栄養を補給し、よりいっそう予のために働くのじゃ」
「ははっ」
永一郎は両手のひらの上に巾着袋を掲げ、腰を90度に曲げてお辞儀をした。
「うむ、では皆勉学に励むが良い」
そう言って玲惟羅は一組の教室へ向かった。
俺達も彼女が自分の教室へ入るのを見届けたあと自分の教室、二組に入った。
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