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 俺は布団からゆっくりと出てベッドから降りると、タンスの前まで移動した。

 パジャマを脱ぎすてると、それを開けてワイシャツを出すとそれに袖を通し、ネクタイを締め、まだ折り目がきれいに入っているスラックスをはいた。


 この制服を本格的に着るのは今日で二回目であり、まだ着心地は固く体になじんではいない。

 俺の部屋は二階にある。玲惟羅の部屋は隣だ。

 部屋を出て一階に降り、風呂の脱衣所にある洗面台で顔を洗い、軽く髪を整えてからダイニングにいくと、母が片手を腰に当て渋い顔をして俺を出迎えた。


「旭、いつまで春休み気分でいるつもりなの。嵐川高校は進学校だから昨日入学式で、今日から平常授業でしょ。気を引き締めていかないと、置いてけぼりを食らうわよ」


 母は文句をいいながら炊飯器を開け、ご飯を茶碗によそいそれをテーブルの上に置いた。


「玲惟羅ちゃんなんて昨日の入学式、新入生代表のご挨拶を努めてたぐらいでしょう。玲惟羅ちゃん、旭を見捨てないでね」


 新入生代表に選ばれたのは、入試成績がトップだったからということらしい。


「人間、学校の成績が全てじゃないよ」


 そう言って、俺は母がお茶碗を置いた場所の前、定位置である玲惟羅の隣の席に座った。彼女は俺が来るのを待っていたようで、食事に手をつけていない。


「うむ、心配めさるな母上。旭一人養うのはなんでもない、任せておくがよい」

「やったー、ヒモ生活ゲットだぜ!」


 俺は右手の拳を高々と挙げた。


「馬鹿なこと言ってないで早く食べなさい!」


 母の雷が落ちたところで右手を下ろし、それでテーブルの上の箸を取った。

 今朝は鮭の塩焼きと卵焼き、そしてサラダと豆腐のお味噌汁、我が家の標準的な朝食である。


 いただきますを言って二人同時に食べ始める。まだ彼女は髪を頭の後ろで縛ったままだ。食事をする動きに合わせて、金色の髪が揺れて淡い光を振りまいている。


 我が家の今の家族構成は、母と俺と玲惟羅の三人。父は単身赴任で九州に行っていて今はいない。月に一度、仕事の都合が空けば、飛行機を使って帰ってくる。父と母は俺の実の親だが、玲惟羅の両親ではない。つまり同居をしているが俺と玲惟羅は実の兄妹ではない。


「旭、妹が欲しくないか?」


 玲惟羅が我が家へやってきたときのことは、今でもはっきり覚えている。

 まだ幼稚園の年長組だった頃、ある日両親が俺にそう言った。

 当時一人っ子で常々兄弟が欲しいと両親にねだっていた俺は、それに「うん」と元気よく答えたのを覚えている。弟だと尚良かったんだが。

 そして、小学校に上がる直前、彼女は父の運転する車にのってやってきた。


「さぁ、どうぞ今日からここが君の家だよ」 


 玄関の前で父は彼女を手招きして、うちに入るように促した。俺と母は玄関の中で彼女が入ってくるのを待っていたが、彼女は父の背中に隠れ、こちらを伺っているだけで動こうとはしない。


「大丈夫なにも怖いことはないよ」


 父は彼女の後ろに回った。彼女の全身の姿を見た俺は「うわ~」と声に出してしまった。白いワンピースに映える金色の髪、雲一つない晴天のような青い瞳、向こう側が透き通って見えるような白い肌を持つ彼女は、母のタンスの上に飾られている、きれいなフランス人形そのものだったからだ。


 俺の驚きの声に彼女はびくりとしてさらに体を硬直させた。母はなにも言わず、俺の背中をやさしく押した。それを合図のように俺は彼女に目の前まで近づき、言った。


「こんにちは、僕の名前は羽生旭」


 彼女はスカートを両手でつかみ、もじもじしながら答えた。


「玲惟羅・・・・・・荒木玲惟羅」

「おいでよ、玲惟羅ちゃん」


 俺は彼女の手をつかみ、うちの中へと連れて行った。

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